【9】へ
手塚は完全に息を吹き返した。
球技運痴のレッテルを貼られ、自分は足引っ張りなのだとしょぼくれていた彼が、ようやくプライドを取り戻すことができた。
そのきっかけが、天井サーブ。
堂上が授けた作戦だった。
手塚の(コート内に入れば)強烈なサーブ力があるからこそ、高い高い天を突くような山なりのサーブが生きてくるんだ、彼はそう言った。
指揮官の作戦はずばり成功。天井サーブによって、白組は大きく揺さぶられた。
手塚のサーブで白組のレシーブが乱れる。レシーブが乱れると、強打ではなくチャンスボールで返さざるを得なくなったり、ひどいときには、セッターに球を入れられず一本で返球しなければならなくなる。
そこを前衛の進藤と緒形の上司コンビが見逃さず、ブロック。またはダイレクトスパイクで打ち込んでくる。
赤組は面白いように点数を重ねた。
「いやあ、やりますね、手塚選手。あの風貌で天井サーブとは不似合いなことこの上ないですが、効果は抜群!」
実況氷川が感嘆の声を漏らす。
解説も同調する。
「そうですね。なかなか打てるものではないんですがね。天井に少しでもかすったら、相手コートにサーブ権が移行しますので。精度の高さは狙撃手ならではなんですかね」
それを聞いて、ぎりぎりと歯噛みしたのは郁だった。
まともにレシーブできない自分も、ただ高いだけのサーブで点数を稼ぐ手塚も腹立たしい。
「くっそお~、手塚のくせに生意気な」
「手塚のくせにって、どういう意味だ!」
とんとんと、サーブラインでボールを衝きながら、手塚は噛み付いた。
そこに、堂上からアイコンタクトが来る。
手塚は指揮官の意図を察する。
心持ち顎を引いて、目顔で頷く。
「行くぞ! 受けてみろ、【愛のつるべ落とし】!」
そして構える。
「うわ、それ定着させる気か」
進藤が小声で呻く。
白組は、天井サーブに備えて浅めにレシーブ態勢に入る。
そのとき、手塚が高々とトスアップ。そして助走に入った。
「えっ?」
全員が、目を瞠る。
てっきり天井で来ると思い込ませた手塚が繰り出したのは、オールジャパンなどの試合でよく目にする、あのスパイクサーブだった!
「うそっ」
郁の悲鳴が、コートに散った。白組の選手が一歩も動けないまま、手塚の強烈なサーブが白組コートに突き刺さった。
やればできるじゃない。手塚。
実況ブースから試合の状況を眺めていた柴崎は、そっとほくそ笑む。
汗まみれでサーブを繰り出し続ける手塚の姿をじっと眺めていた。
「普段はクールな手塚選手ですが、今日は熱血そのもの、と言う感じです。堂上班☆オールスターズのユニフォームTシャツのレッドが、ひときわ映えます」
実況がまくしたてる。一時は鳴りを潜めていた手塚の施設応援団からも「ひ・か・る!ひ・か・る!」と光コールが湧き起こった。
柴崎は思う。
手塚はクールでもなんでもない、熱い男よ。
気持ちを外に表さないだけでね。それに、なんでもできると思われがちだけど、実は陰でしっかり努力してる。
仕事はもちろんだけど。こういう馬鹿げたお祭り大会みたいな時だって。苦手だ。俺はパス、とか言って逃げない。朝練だって必死でやってる。
そういうところ、――悪くないんじゃない。
本人としては、もっとスマートに行きたいと思ってるに違いないだろうけど。
あたしはいいと思うわよ。あんたのそういうところ。
……って、別に手塚本人に言うつもりはないけどね。
誰に聞かれている訳でもないのに、柴崎は自分の思考にそう突っ込みを入れた。
柴崎の視線を浴びながら、そちらに意識を向けている余裕は、今の手塚には全くなかった。
彼の頭にあるのは白球のみ。一本でも多く点数につなげたい。その一念のみだった。
「手塚、いいぞ!」
「波に乗れ!」
堂上やチームメイトから声がかかる。激励の代わりに、ダンディに親指を突き立てて見せる緒形。
俺はやるぞ。手塚は深呼吸をする。
俺を信じて使い続けてくれた監督の気持ちに応える為にも、チームの勝利のためにも、俺はやる。
行くぞ!
「さあ、次はどっちでくるのか手塚選手。天井か、はたまたスパイクサーブか」
「白組、レシーブはどっちか一本に絞ったほうがいいですよ。両方に備えていると、とても拾いきれませんから」
「玄田監督、どうします?」
白組に動揺が走る。玄田は一喝した。
「うろたえるな! 各自の判断に任せる」
「ええ!? そんなあ~」
「情けない声出すな。打つまで分かるか!わしだって!」
玄田の言うことも尤もだ。浅めに? それとも深く? どっちに照準を当てて守ろう。
迷う迷う。郁も小牧も、サーブライン上の手塚を注視する。
サーブ時間いっぱい使って、手塚はボールを目の上に高々と掲げた。
「手塚、いきまああす!」
すうっと一息吐いて、トスアップの態勢。
郁は反射的に声を上げていた。
「スパイクサーブよっ!」
その読みどおり、手塚が助走に入る。
あたしが拾う。拾ってやる!
このサーブを斬らないと、ワンサイドゲームになっちゃう!
郁は、本能でそれを悟っていた。
手塚のサーブの弾道を野生の勘で測定し、なんとかそのライン上に入る。
白いボールが、うなりを上げて郁に襲い掛かる。
数歩前に、落ちる。
郁の、人並みはずれた動体視力がそれを捉えた。
ダッシュで前に出る。それはもう、頭ではなく身体が反応したといってよかった。
サーブの球足が短い。
届くか!? 届け――!!
祈るように郁はレシーブに行った。
前につんのめるように。
そのとき。
ぴきっ。
痛みよりも、何か熱いものがふくらはぎを駆け抜けた。気がした。
「!?」
思わずつんのめる。がくっと膝をコートに着いた。
その郁のわきを、手塚のサーブが抉った。
ダアン! と地響きを立ててボールが弾む。わあっとギャラリーが立ち上がる。
赤組、追加点!
ホイッスル。でもその音が郁の耳に入ってこない。
あれ? あたし……。
立ち上がれず、突っ伏したままでいる郁。歓声を縫ってたった一人、男の声が、彼女の鼓膜を震わせた。
「笠原っ!!」
それは敵コートにいるはずの、堂上の声だった。
【11】へ
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『俺はやるぞ』とか『手塚(アムロ)いきまああす!』とかなんだか、懐かしくて頭ぐるぐる回ってしまいます。
今晩眠れるかな~??
熱血手塚と裏の手塚のギャップありすぎで楽しすぎる!!!
ただ、書き手の知るバレーイメージが古いのです。汗 それと、試合中あの両監督だったら、きっとこんな指示が出るのではないかという想像からですね。
裏表、ともにおんなじ手塚ですので、愉しんでいただければ…
いやしかし、別人かも!!!大笑)