０７９５「しずく７４～覚醒」

　大男(おおおとこ)は不気味(ぶきみ)に笑(わら)うと、手にした刀(かたな)を振(ふ)り上げた。水木涼(みずきりょう)は慌(あわ)てて逃(に)げようとして、何かにつまずいて倒(たお)れ込んだ。ちょうどそこには雑兵(ぞうひょう)の死体(したい)が転(ころ)がっていて、涼が目を開けると、目の前に血を流しているその雑兵の顔が迫(せま)っていた。涼は思わず悲鳴(ひめい)をあげた。
　彼女は完全(かんぜん)にパニックになって、あたふたと這(は)うことしかできなかった。大男はもてあそぶように彼女の後を追(お)い、彼女を蹴(け)り倒した。そして、仰向(あおむ)けになった彼女をまたいで仁王立(におうだ)ちになった。もう逃(に)げ場はどこにもない。
　大男は不敵(ふてき)な笑(え)みを浮(う)かべて、刀を突(つ)き刺(さ)そうと持ちかえた。その間、彼女がもがいていると、刀が転がっているのが目に入った。だが、とても手がとどく場所(ばしょ)ではない。それでも彼女は必死(ひっし)に手を伸(の)ばした。すると、落ちている刀がカタカタと動き出した。
　涼が正気(しょうき)に戻(もど)ったとき、彼女は屋上(おくじょう)に倒れていた。両手には竹刀(しない)が強く握(にぎ)られていて、それで何かを突き刺(さ)した感覚(かんかく)が手に残(のこ)っていた。あずみが涼の顔を覗(のぞ)き込んで言った。
「やればできるじゃない。その感覚を忘(わす)れないでね」
　涼はゆっくり身体(からだ)を起こすと、「今のは…、何なんだよ。私…、殺(ころ)したの？」
「幻覚(げんかく)よ。あなたを覚醒(かくせい)させるために、幻(まぼろし)を見せただけ。あなたは誰(だれ)も殺してないわ」
「そう…、そうなんだ。でも…、怖(こわ)かった…。もう…、死ぬかと…」
　涼の目から涙(なみだ)があふれてきた。彼女は子供(こども)のように泣(な)きじゃくった。
＜つぶやき＞誰しも、怖い思いはしたくはありませんよね。なるべく避(さ)けたいところです。
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