彼女は、会社(かいしゃ)のお局様(つぼねさま)に呼(よ)び出された。お局様は彼女に、
「あたし、あなたの秘密(ひみつ)を知ってるのよ。どうかしら…、あたしと仲良(なかよ)くしない?」
彼女は身構(みがま)えた。そして相手(あいて)を探(さぐ)るように、「私の何を知ってるっていうのよ」
「あら、すべてよ。あたし、何でも知ってるの。昨夜(ゆうべ)、佐々木部長(ささきぶちょう)と楽(たの)しんだんでしょ」
確(たし)かに、彼女はその部長と不倫(ふりん)をしていた。でも、そのことは誰(だれ)も知らないはずなのに…。彼女は、お局様に刃向(はむ)かうように言った。
「私だって、あなたのこと知ってるのよ。会社の製品(せいひん)を横流(よこなが)ししてるでしょ。私が、告発(こくはつ)したらどうなるかしら? 証拠(しょうこ)だってちゃんと手に入れてるんだから」
「あら、大変(たいへん)…。でも、それってみんな知ってることよ。何なら、社長(しゃちょう)に確かめてみる?」
どうやらお局様の方が一枚上手(うわて)のようだ。お局様は追(お)い打ちをかけるように、
「あなた、営業(えいぎょう)の浜田(はまだ)くんと付き合ってるんでしょ? 不倫のこと知ったら悲(かな)しむわよ」
「な、何なのよ。彼とのことは誰も知らないはずなのに…」
「だ・か・ら、あたしは何でも知ってるの。今からここに浜田くん呼んでもいいのよ。あっ、それとも佐々木部長にも来てもらう? きっと修羅場(しゅらば)になるかも…」
「やめてよ。そんなことされたら、私…。もう…、私にどうしろっていうのよ」
<つぶやき>お局様の情報力(じょうほうりょく)は半端(はんぱ)ないですね。でも悪事(あくじ)に手を染(そ)めちゃいけませんよ。
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彼女のところに謎(なぞ)のメールが届(とど)いた。そこには、〈将来(しょうらい)の夢(ゆめ)はかなったかな? もしそうなら、頼(たの)みたいことがあるの。連絡(れんらく)を待ってるわ〉
いったい誰(だれ)が送(おく)ってきたのか…。彼女にはまったく心当(こころあ)たりがない。もしかすると、小学校の同級生(どうきゅうせい)なのかもしれない。でも、あの頃(ころ)の友達(ともだち)で連絡を取り合ってる人はひとりもいない。どうやって連絡先(さき)を知ったのか?
彼女は、〈将来の夢〉について考えてみた。確(たし)か、卒業文集(そつぎょうぶんしゅう)にそんなのがあった気がする。でも、いくら考えても思い出せない。その頃の記憶(きおく)が、なぜかはっきりしないのだ。彼女はどうにも気になって、実家(じっか)へ帰って文集を探(さが)してみることにした。
実家の押(お)し入れの段(だん)ボール箱(ばこ)にそれはあった。亡(な)くなった母親が大事(だいじ)にとっておいてくれたのだ。彼女はページをめくって、自分の名前(なまえ)を見つけた。そこにあった〈将来の夢〉の欄(らん)には、「殺(ころ)し屋(や)になる」と書かれていた。
彼女は、あまりのことに言葉(ことば)も出なかった。なんで、私がこんなことを…。彼女にはまったく覚(おぼ)えがない。でも、そこに書かれた字は、確かに彼女の文字(もじ)だった。
「あのメールって…、私に殺人(さつじん)の依頼(いらい)をしたいってことなの? えっ、どうしよう…。私、どうしたらいいのよ」彼女に恐怖心(きょうふしん)がわき上がってきた。
彼女が文集を段ボール箱に戻(もど)そうとしたとき、いくつもあるノートのひとつに目を止(と)めた。取り出してみると、〈消(け)したい人〉と表紙(ひょうし)に書かれてあった。
<つぶやき>これはどういうことよ。まさか、あの頃の彼女からメールが届いたのかも…。
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彼は彼女の膝枕(ひざまくら)が大好きだった。彼女の部屋を訪(おとず)れるたびに、彼は膝枕をおねだりする。でも彼女の方は迷惑(めいわく)そうで、そう言われるたびに暗(くら)い気持(きも)ちになってしまう。
彼女としては、二人の関係(かんけい)をぎくしゃくさせないために無下(むげ)に断(ことわ)るわけにも――。
彼女は、自分の膝の上で気持ちよさそうに寝息(ねいき)をたてている彼に呟(つぶや)いた。
「君(きみ)はどう思ってるの? 頭ってけっこう重(おも)いんだよ。それに、足がしびれてきちゃった」
彼女は手をグッと伸(の)ばして近くにあるクッションを引き寄(よ)せた。そして、彼の頭をそっと持ち上げる。それでも彼は目を覚(さ)まさなかった。彼女は身体(からだ)を何とかずらして、クッションを頭の下へ持っていく。彼女は彼の寝顔(ねがお)を覗(のぞ)き込んで、
「ほんと子供(こども)みたいだわ。目を覚まさないなんて、よっぽど疲(つか)れてるのかしら?」
彼女は食事(しょくじ)の後片(あとかた)づけを始めた。彼を起こさないようになるべく静(しず)かに――。
片づけが終わると、彼女はほっとひと息ついた。ふと時計(とけい)を見る。彼女はハッとして、
「ねえ、起きてよ。終電(しゅうでん)がなくなっちゃうわ」
彼女は、彼を揺(ゆ)り起こした。彼は寝(ね)ぼけていたのか、寝言(ねごと)のように呟いた。
「ママ…。もう少し…寝かせてよ。あと…五分でいいから……」
この後、彼は叩(たた)き起こされた。そして、部屋から追(お)い出されたのは言うまでもない。
<つぶやき>ママの代(か)わりはしたくなかったんでしょうね。彼には自立(じりつ)を促(うなが)したいです。
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彼は冬眠(とうみん)から目覚(めざ)めた。カプセルの扉(とびら)が開くと、彼はゆっくりと起き上がった。――そこには誰(だれ)もいなかった。装置(そうち)のランプが点滅(てんめつ)し、機械(きかい)の作動音(さどうおん)が微(かす)かに響(ひび)いていた。
彼は立ち上がると装置に向かった。操作盤(そうさばん)には埃(ほこり)がたまっていて、もう何十年も触(ふ)れられていないようだ。時間表示(じかんひょうじ)は2137年になっていた。彼は100年以上眠(ねむ)っていたことになる。彼は録画(ろくが)装置を作動させてみた。埃まみれのモニターに懐(なつ)かしい顔が映(うつ)し出された。それは、同じ研究者(けんきゅうしゃ)の妻(つま)の姿(すがた)だ。妻は緊迫(きんぱく)した表情(ひょうじょう)で話し出した。
「あなたが眠りについた後、世界大戦(せかいたいせん)が始まってしまったの。この施設(しせつ)も閉鎖(へいさ)することにしたわ。電源(でんげん)は確保(かくほ)したから大丈夫(だいじょうぶ)よ。1年間の冬眠の予定(よてい)だったけど、50年に変えておいたわ。あたしも、これから眠りにつく。50年後に会いましょう。愛(あい)してるわ」
彼は驚いて、辺りを見回した。彼の入っていたカプセルの向こうに、もうひとつカプセルが置かれていた。彼はそのカプセルによろけながら駆(か)け寄った。中を覗(のぞ)いた彼は、呻(うめ)き声を上げてその場に崩(くず)れ落ちた。中に入っていたのは、ミイラになっている妻の姿だった。そのカプセルは急(きゅう)ごしらえで作られたので、不具合(ふぐあい)を起こして停止(ていし)してしまったようだ。
しばらく彼は、身動(みうご)きもできなかった。しかし、いつまでもこうしてはいられない。彼は、妻が用意(ようい)しておいた非常食(ひじょうしょく)を見つけて空腹(くうふく)を満(み)たした。そして、外の世界がどうなっているのか確認(かくにん)するために、不安(ふあん)な面持(おもも)ちで外へ向かった。
<つぶやき>外の世界はどうなってしまったのか? 人類(じんるい)は滅亡(めつぼう)しているかもしれません。
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黒岩(くろいわ)を前に、側近(そっきん)のひとりが何か報告(ほうこく)を伝(つた)えていた。黒岩は苦々(にがにが)しい顔つきで言った。
「なぜだ! なぜこのタイミングで総理(そうり)の警備(けいび)が強化(きょうか)されたんだ?」
「それは、分かりませんが…。総理の周りにはいつも護衛(ごえい)がついていて、特別(とくべつ)な装置(そうち)を身につけた者しか近づけなくなっていると。こうなっては、計画(けいかく)は延期(えんき)するしか…」
「今まで何の危機感(ききかん)も持っていなかった連中(れんちゅう)が、どうしてだ? なぜ警備を厳重(げんじゅう)にしたのか、送り込んでいる工作員(こうさくいん)に調(しら)べさせるんだ」
「分かりました。しかし、情報統制(じょうほうとうせい)がされているようで時間がかかるかもしれません」
「何を悠長(ゆうちょう)なことを。我々(われわれ)の計画が漏(も)れているかもしれないんだぞ!」
そこへ、女がやって来た。黒岩は女を見て言った。
「エリスか、ご苦労(くろう)だった。神崎(かんざき)の娘(むすめ)を手に入れることができなかったのは残念(ざんねん)だったが…。まあ、いい。さて、君(きみ)には総理になってもらうつもりだったが、しばらく延期することにした。どうやら、我々の中にネズミが入り込んでいるかもしれない。それを見つけるには、人の心を読(よ)むことができる能力者(のうりょくしゃ)がいればいいんだが…。そんな能力(ちから)を持つ者は我々の中にはいないようだ」
エリスは一瞬(いっしゅん)考えて、「たぶん…います。私に心当(こころあ)たりが…」
「ほう…」黒岩は興味(きょうみ)を示(しめ)して、「そいつを連れて来ることはできるかね?」
<つぶやき>これは、あまりのことでは…。今度は彼女が狙(ねら)われることになるのかなぁ?
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