彼は目を覚(さ)ますと、仰天(ぎょうてん)して辺(あた)りをキョロキョロと見回した。どうやら女性の部屋(へや)のようだ。部屋には誰(だれ)もいなかった。どうしてこんなところで寝(ね)てしまったのか…。彼は昨夜(ゆうべ)のことを思い出そうとした。確(たし)か、会社(かいしゃ)帰りに飲(の)み屋によって…。そこにいた人と一緒(いっしょ)に盛(も)り上がって…。それから……が…思い出せない。
彼は、自分(じぶん)の身体(からだ)に違和感(いわかん)を感じた。ふと、胸元(むなもと)を見ると膨(ふく)らみが――。彼は、自分の身体が女性になったことに気がついた。彼は、思わず叫(さけ)んだ。頭が動転(どうてん)して、しばらくは何も考(かんが)えることができなくなった。でも、いつまでもこうしてはいられない。とりあえず、会社へ行かなくては…。彼は着替(きが)えに手こずったが、何とか遅刻(ちこく)せずに会社に――。
当然(とうぜん)のことだが、社員証(しゃいんしょう)を持っていなかったので、入口(いりぐち)で警備員(けいびいん)に止(と)められてしまった。そこへ、同僚(どうりょう)の男がやって来た。彼(彼女)はその同僚を呼(よ)び止めた。同僚は、どういう訳(わけ)か、彼(彼女)のことを彼と付き合っている恋人(こいびと)と思い込んでしまった。同僚は、彼に連絡(れんらく)を取ってくれた。下に降(お)りてくるようにと――。しばらくすると、見覚(みおぼ)えのある顔が目に入った。まさか、自分と対面(たいめん)することになるなんて。彼(彼女)は言った。
「君(きみ)は誰なんだ? どうしてこんなことをするんだ。僕(ぼく)の身体を返(かえ)してくれ」
「イヤよ。あなた約束(やくそく)したじゃない。人生(じんせい)を取り替(か)えようって。今さらなに言ってるの」
<つぶやき>やっちゃいましたねぇ。酔(よ)っ払ってそんな約束をするなんて。ダメじゃない。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。
彼は、毎日(まいにち)を平穏(へいおん)に暮(く)らしていた。仕事(しごと)も目立(めだ)つようなポジションを避(さ)け、いつもサポートに徹(てっ)していた。彼は、控(ひか)え目な性格(せいかく)なのかもしれない。
ある日のこと。彼が出社(しゅっしゃ)すると、いつもと違(ちが)ってみんながざわついていた。彼の顔を見てひそひそと囁(ささや)きあったり、静かに手を叩(たた)く仕種(しぐさ)をする人もいた。彼は首を傾(かし)げた。いったい、何があったのか? 彼は席(せき)につくと、隣(となり)にいる同僚(どうりょう)に訊(き)いてみた。すると、部下(ぶか)たちに無理難題(むりなんだい)を押(お)しつけていた課長(かちょう)に、異動(いどう)の辞令(じれい)が出たと聞かされた。同僚は言った。
「君(きみ)が人事部(じんじぶ)に訴(うった)えるとは思わなかったよ。やるときはやるんだなぁ」
彼には何のことか分からない。そこへ女子社員(しゃいん)がやって来た。彼女は確(たし)か、今日の社内(しゃない)プレゼンの責任者(せきにんしゃ)だったはず。彼女は深々(ふかぶか)と頭を下げて、
「ありがとうございました。もし、先輩(せんぱい)がいなかったら、あたし……」
涙(なみだ)ぐんでいる彼女を見て、彼はますます分からなくなった。彼は、
「あの…。今日、プレゼンの日だよね。頑張(がんば)ってください」
彼女は、彼を見つめた。同僚が口を挟(はさ)んだ。「なに言ってんだ。プレゼンは昨日(きのう)だろ」
「昨日…? いや、そんなはずは…。だって、今日は水曜日(すいようび)で、プレゼンの…」
「今日は、木曜日(もくようび)だ。おい、大丈夫(だいじょうぶ)か? プレゼンで課長を怒鳴(どな)りつけたの忘(わす)れたのか?」
「怒鳴りつけた…? この、僕(ぼく)が…? ちょっと、待ってくれ。そんなはずは…。だって、昨日は火曜日(かようび)だったはずだ。それが、何で、今日、木曜日になるんだよ」
<つぶやき>空白(くうはく)の水曜日に何が起きたのか? 確かめておいた方がいいかもしれません。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。
「ロミオくん、何でこんなことになってるんだ?」先生(せんせい)は頭をかきむしった。
ロミオはため息(いき)をついて答(こた)える。「知りませんよ。ジュリエットが勝手(かって)に怒(おこ)ってるだけで…。僕(ぼく)はただ、知り合いの女の子とお茶(ちゃ)をしてただけなんです。それを変に勘(かん)ぐって…」
「君(きみ)も何でそんなことを…。もうちょっと配慮(はいりょ)があってもいいんじゃないのか?」
「ジュリエットが、あんなに嫉妬深(しっとぶか)くて、束縛(そくばく)する娘(こ)だとは思いませんでしたよ」
「それはね、君に一途(いちず)なんだよ。君だって分かってるはずじゃないか」
そこへ、ジュリエットがやって来た。ジュリエットは先生を見つけると駆(か)け寄ってきて、
「先生! 聞いて下さい。ロミオったらひどいんです。あたしのこと――」
先生はなだめるように、「まあまあ、落ち着きたまえ。ロミオは浮気(うわき)をするような男じゃない。君だって、知ってるじゃないか。ここは、よく話し合ってだね…」
「でもね、先生。これが初めてじゃないんです。あたしの女友達(ともだち)とも二人っきりで――」
「ロミオくん…!」先生はロミオを一瞥(いちべつ)した。先生は立ち上がると二人を座(すわ)らせて、
「いいかね、君たち。これから、君たちには大詰(おおづ)めの場面(ばめん)が控(ひか)えている。いま、こんなことで喧嘩(けんか)別れしてもらっちゃ困(こま)るんだよ。大勢(おおぜい)の人たちが、クライマックスに向けて頑張(がんば)ってきたのに、それをすべてぶち壊(こわ)すつもりなのか? 君たちは、あんなに愛(あい)し合っていたじゃないか。そのことを、もう一度、思い出してくれないか?」
<つぶやき>世紀(せいき)の恋人(こいびと)でも、永遠(えいえん)とはいかないのか…。先生ってシェークスピアなの?
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。
川相琴音(かわいことね)はベッドの上で目を覚(さ)ました。彼女は飛(と)び起きると、部屋(へや)を見回(みまわ)した。部屋の中は白(しろ)一色で、ベッド以外(いがい)は何も置かれていなかった。彼女はベッドから出ると、壁(かべ)づたいに出口(でぐち)を探(さぐ)った。壁は奇妙(きみょう)な弾力(だんりょく)があり、部屋の形(かたち)もよく分からなかった。
突然(とつぜん)、壁に扉(とびら)が現れた。扉が開くと初音(はつね)が姿(すがた)を見せた。
「琴音…。あなたに訊(き)きたいことがあるの。あの娘(こ)をどこへ連(つ)れて行ったの?」
「あの娘…。そんなの知らないわよ。わたしは、あなたみたいにはならないわよ」
琴音は飛ぼうとした。だが、どういう訳(わけ)か能力(ちから)が使えなくなっている。琴音は焦(あせ)り始めた。扉はいつの間(ま)にか消(き)えていた。琴音は、初音に向かっていく。二人は互角(ごかく)のように見えた。だが、一瞬(いっしゅん)の隙(すき)をついて琴音が、初音の動きを止めて首(くび)を締(し)め上げた。
「出口はどこよ。教えないと絞(し)め殺(ころ)すわよ」
琴音は、さらに締め上げた。初音は何とか逃(のが)れようとするが、苦(くる)しさに意識(いしき)が遠(とお)のき始めた。その時、壁に出口が現れた。琴音は、初音を突(つ)き飛ばすと部屋を飛び出して行った。
別の場所(ばしょ)に扉が現れた。今度は水木涼(みずきりょう)が顔を出した。倒(たお)れている初音に駆(か)け寄ると、
「大丈夫(だいじょうぶ)か? だから一緒(いっしょ)に行くって言ったのに。前にも危(あぶ)ない目に合ってるだろ」
「琴音は…あたしの妹(いもうと)なの。あたしが何とかしないと…」
<つぶやき>妹を助(たす)けたいんですね。でも、姉(あね)の言うことを聞いてくれるんでしょうか?
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。
人の中にそれは生まれた。それは何千年も前から存在(そんざい)していて、ことあるごとに表面(ひょうめん)に現(あらわ)れてくる。それは嫉妬(しっと)や妬(ねた)みを養分(ようぶん)にして、芽生(めば)え成長(せいちょう)していくのだ。
――女は見知(みし)らぬ男に声をかけられた。中年のその男は、まるで浮浪者(ふろうしゃ)のようなみすぼらしい恰好(かっこう)をしていた。男は、足を止めた女に言った。
「お前さん、気をつけなよ。鬼芽(おにめ)が出始(ではじ)めているぞ」
女は軽蔑(けいべつ)したように、「何なの? あたしに話しかけないで」
男はため息(いき)をついて、「そうかい…。なら、これだけは言っておく。一年後、お前さんはまるで別人(べつじん)になっているだろう。今の生き方を変えるんだ」
女は、男の言葉(ことば)など耳(みみ)に入らなかったようだ。そのまま行ってしまった。いつの間(ま)にか、男の隣(となり)に女の子が立っていた。彼女は男を見つめて言った。
「また、おせっかいをやいたの? もうやめなよ。何を言ったってムダだよ」
「そうだな…。なに、鬼芽が出てたんだよ。あれは、妬みだな…。そんなもん捨(す)ててしまえばいいのになぁ。あのままだと、鬼女(きじょ)になって地獄(じごく)行きだ」
「いいじゃない。さぁ、行きましょ。早く逃(に)げ出した鬼(おに)を見つけないと、閻魔様(えんまさま)に怒鳴(どな)られるわよ。あ~ぁ…。わたしたち、いつになったらお休(やす)みがもらえるのかしら」
「そうだな…。二、三百年はかかるかもなぁ」
<つぶやき>この人たちはいったい…。気をつけて。あなたにも鬼芽が生(は)えているかも?
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。