それを見ていた息子が、「そういえばウチの両親はケンカせえへんなぁ」と、ちょっと不思議そうに言った。
実は、息子がまだ小学校の2年生か3年生だった頃、何がきっかけかは忘れたが、私が妻と少々激しく言い合ったことがあって、そのあと息子と二人でお風呂に入った時、息子に「ボクの見ている前でケンカするのはやめて」と言われ、それ以降、ケンカをしなくなったのだった。
息子が小さい頃、私はホントにキツイ父親で、自分の方針に沿わないことがあったりすると、よく怒鳴っていた。息子は私が怖いので、ついつい言い訳がましくなったり、やましいことがなくても何か怒られるのではないかと不安になって口ごもったりし、それをまた私がとがめていっそう激しく怒鳴る、というようなことが何度もあった。
だから息子は、私のことをとても怖がった。息子にとったら、自分の分からない理由やタイミングで怒り出す、理解できない恐怖の的でさえあったと思う。
そんな私に話を切り出すのには、彼はずいぶん勇気を振り絞っただろう。
息子は、できるだけ平静を装ってはいるものの、まだ怒りが収まらないでいる私に、おずおずと切り出したのだった。
「お父さん、ボクな、お願いがあるねん」
彼はちらちらと私の目を見て、指で湯船の縁を小さく撫でるようにしていた。
「何や?」と問うと、彼はこう続けた。
「ボクな、お父さんとお母さんとケンカしてたら、ものすごく心配になるねん。だからな、ボクの前では、もうケンカせんといてほしいねん。」
息子はこう言ってまた私の目を見た。
私はハッとして、とても後悔した。そんな風に何も言わずに、自分の両親が離れていってしまうのではないかという不安に駆られていたなどとは、私は全然気づけなかったからだ。幼い息子が、そんな風に胸を痛めていたなどとは、想像すらできないダメな父親だったのだ。
私はすぐ、「わかった。もうお母さんとはケンカせえへん。すまんな。」と答えた。
その時息子は、ウンと頷いたが、やっぱり少し不安げに黙っていた。
私は今でもその時の彼の表情や声のトーンが忘れられない。
私はその時から、本当にダメな父親から変わらないといけないと思ったのだった。
夕食を食べながら、「実はな~、お父さんとお母さんがケンカしたあと、お風呂でお前にケンカせんといてって言われたから、それからケンカせんようになってんで」と話すと、息子は少しビックリして、照れくさそうな顔をした。そして、食べ終わるとそそくさと自分の部屋に行った。
息子がどう思ったかは分からない。
でも、ちゃんと言う機会がもらえてよかったと思う。
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