出口の見えないうつ病との闘い

うつ病と闘って約5年、闘病生活を綴ります

今現在の服薬量

2020-05-19 15:36:50 | 日記
今日の体調は絶不調も絶不調。

そんな中の通院日でした。無事に通院出来ました。

私は思うのですが、調子が悪いときに通院出来ることは、通院が出来るだけまだましなんだと。よっぽど今日は通院をキャンセルしようか迷いました。

しかし、あまりの調子の悪さと薬が足りなくなることを考えると行かざるを得ませんでした。

毎日午前0時入眠の午前3時起き。そこから薬の副作用からかボーーっとした状態が昼前まで続く感じです。

また、子どもに会えない淋しさや、もどかしさから涙がポロポロといつの間にやらこぼれる日々です。

病院に着いたときにはもぅ、フラフラのボロボロ。

主治医は妻の性格を変えようと思っても無理だろう、休まらないかもしれないが、実家でゆっくりしたらどうかと話されました。

そして薬は闘病生活が始まってからMAXの17錠に増えました。

私の備忘録のために、今飲んでいる薬を書き残したいと思います。

ブロチゾラム0.25㎎×
エビリファイ3㎎×1錠
メイラックス2㎎×1錠
ゾルビデム10㎎×1錠
クエチアピン100㎎×2錠
ソラナックス0.4㎎×3錠
クエチアピン25㎎×3錠
クラシエ桂枝加竜骨牡蛎湯エキス細粒6g×2錠
セルトラリン50㎎×1錠
ルネスタ2㎎×1錠
パロキセチン5㎎×1錠

合計1日の服薬量は17錠です。

少しずつ減らせるように努力します。

嫁さん側との話し合い、父親への怒り

2020-05-16 20:51:11 | 日記
『mistに会うとパニックになる』妻がそう言うので、私は5月2日以降、妻と2人いる子どもに一切会っていません。

昨日は受診および、私の父親、私の妻、妻の父親との3者で話し合いの場が持たれました。

私が自分の父親に伝えていたことは、

①いつまでも障害年金に頼らず、いずれは『労働の対価』としてのお金を手にしたいと考えてはいるが、まずは今の病気と真剣に向き合い、治療に専念する。

②2人の子どものことが心配だ、特に不登校気味だった長男の学校生活が心配だ。

③いままで支えてくれた妻には感謝の気持ちしかない。結婚するときに誓いあった病めるときも健やかなときも一緒に支え合いたいという想いは変わらない。

余計なことを言わずにこの3点だけを伝えて欲しいと念を押して伝えました。父親は了承し、あくまでも相手の出方を伺うだけだから余計なことは言わない、と。



私抜きの3者で話し合いが始まってから約2時間後、ようやく話し合いが終わりました。

父親を迎えに行き、当然どのような話し合いの内容だったのかを聞きます。

すると、なんと、「『うちの息子は今は病気だけど、1年半後には寛解して立派に正規職員として働き、そこそこの給料を獲てます』って伝えておいたから」とのこと。

寝耳に水とはこのことです。

私は父親に猛抗議しました。

①まず、なぜ私が父親に託してもいない言葉を吐いたのか。
②なぜ1年半という期限を区切ったのか
③なぜ正規職員でないとダメなのか
④私の闘病生活は6年以上である、それをなぜ1年半後には寛解していると言い切れるのか

私の父親の言い分はこうです。

『俺はmistが1年半後にはしっかりと正規職員として働いていると信じている。1年半というのは障害年金が切れる時期だから。そのくらいの覚悟を持たないと相手は納得しないと思ったから。』

私は帰りの車の中で号泣しながら父親に抗議しました。

この病気の恐ろしいのは外見からは判断が出来ず、誤解をされやすい病気である。常に自殺を考え、明日の自分が生きているか死んでいるかも分からないのに1年半後の自分を想像すら出来ない。この病気は『心の風邪』なんて言うほど甘くなく、『心の癌』であり、実際に自分自身が希死念慮に襲われ続け、それでも辛うじて何とかここまで生き延びることが出来た。障害年金は、生活保護のように車に乗ったり貯金額が制限されたりするものではなく、『病気で働けなくなったときに今まで掛けていた保険料から受け取ることが出来る公的な所得保証』である。それはいつかは更新しなければならないが、今時点で1年半しか受け取れないなどという時期制限はない。仮に調子が良くなっていれば等級が現在の2級から3級になっているかもしれない。ひょっとしたら父親の言うとおり正職員として働いていて年金を受け取っていないかもしれない。でも逆に、次回の更新の際に状態が悪化して年金等級が1級になっているかもしれない。この病気にかかり、転職、復職、休職を繰り返してきた。妻からの『働きなさい』というプレッシャーにも耐え続けてきた。なぜ思ってもいないことを妻と義父の前で口にしたのか!!

私は怒り狂いました。

父親は言いました。

『そのくらいの覚悟を相手に伝えないと今まで長年mistを支えてきた相手家族に申し訳が立たない』と。

私の怒りは更に増しました。

私に今言えることは、確かに正規職員としてそれなりの給料を貰えるに越したことはない。しかし、妻との離婚やマイホームの売却、子どもの親権問題も視野に入っている大切な話し合いの場で、私の気持ちと違うことを口走って約束されては困る。今の自分が妻や義父に確実に言えることは、まずは治療に専念し、妻からの『働きなさい』というプレッシャーから解放され、心身の休息をしてエネルギーを蓄えるために、決して背伸びせず等身大の自分のままヨチヨチ歩きでもいいから確実に寛解に向けて歩みを進めていく。それから初めて、内職かもしれないし、パートとしてコンビニ店員かもしれないし、うまくいけば正規職員かもしれない。明日の自分が生きているか死んでいるのかも分からない、ドン底の闘病生活真っ只中で1年半後に正規職員として働いている、などと私は口が裂けても出来ない約束ごとはしない!!

父親はまだ不満のようで、『1年半後というのは障害年金が切れる時期だ、1年半の猶予を貰えたのだから、決意表明として、1年半後には正規職員として働いていると宣言すべきだと』

私の怒りは更に更に増しました。

出来ない約束はすべきではないし、私の代弁者として私の妻、義父と話し合いをしているのだから、私の父親の発する言葉=私の言葉と受け取られる。私は1年半後に正規職員として必ずや働いているとは決意表明であったとしても言えない。この病気の恐ろしさを知らずに、ましてや相手に伝えて欲しいことを何度も念を押していたのにも関わらず勝手に出来るかどうかもわからない約束を取り付けてくるのは止めてくれ!!

泣きながら私の父親にそれを伝えました。

私の父親はようやく観念し、私に謝りました。

しかし、いくら私に謝られても、妻と義父は、私の父親の言葉を聞いて納得した以上、取り返しがつかないことになりかねません。

私は36歳、本来であれば父親や義父が話をすること自体が不自然なのです。

いい歳をして父親同士が話をすることに私は非常に違和感があるのです。

そもそもは離婚やマイホームの売却、子育ての方針も含めて、私と妻の問題なのです。そのことは十分にわかっています。

しかしながら、妻が『mistに会うのは怖い』と言って連絡が取れない以上、私の意思を伝えてもらうのはお互いの親同士でしかないのです。

こんな私のために2時間半かけて一緒に病院に付き添い、妻や義父との窓口になってくれている父親には感謝の気持ちでいっぱいです。

実は私の父親も鬱病で会社を休み、転職した経験があるのです。

だからこそ、この病気の辛さや周囲の理解の得にくさをわかってもらえてるものだとばかり思っていました。ましてや、相手に何を伝えるのか何度もシュミレーションした上での話し合いの場であったのです。

それゆえ、私が思ってもいないこと、決して口には出来ないことを約束してきた私の父親に怒りが沸くのです。

頭を冷やそうと思ってもなかなか冷やせません。もっと冷静にならなければ!!

もっと大きく報道すべき

2020-05-16 06:38:59 | 日記
舐められっぱなしの日本、日本人。

我が国固有の領土を侵略しようと32日連続で挑発を続けるシナに対して、日本はどのような対応を取っているのか。これから取るべきなのか、もっともっと報道を大きくして、議論していく必要があると思います。

マスゴミはこんな大切な情報でさえ、写真の通りのほんの僅かな僅かな記事での報道。それも産経新聞でですよ!!

到底許せるわけがない。

もっと世論を喚起し、我が国固有の領土である証拠を突き付け、2度と挑発を繰り返させないように徹底交戦すべきだと考えます。

実家へ避難

2020-05-13 09:33:14 | 日記
妻は相変わらず5月2日から帰ってきません。連絡も返信はありません。

私はいま、車で2時間半ほど離れた自分の実家にいます。

先日、両家の父親同士が直接会って話をしてきたようです。

障害年金が入ってくることで安穏と生活をするのが嫌なこと、働かないのが嫌なこと、子どもが転校を嫌がったので今まで私たち家族4人で暮らしていた家から私だけが出ていってほしいこと、住んでいた妻は9月から仕事復帰(現在育児休業中)をする上で、保育園に入るために私との離婚を考えていることなどが、妻側の父親から私の父親に伝えられたようです。あげくの果てに、通院の際に家に寄るのも止めてくれとのことでした。

ちなみに障害年金が振り込まれる通帳も銀行印もキャッシュカードも全て妻が持っています。私は1枚もキャッシュカードや通帳、印鑑の類いは持っていません。

自分の実家にいても全く心が休まらず、1日の薬の量は今までで最高の15錠になりました。おかげで少しは眠れますが、、、。

この病気にさえならなければ、元気に働いて妻と子どもを養っていけたのに、と考えるとこの病気が憎くて憎くて仕方がありません。


子どもを連れて嫁が出ていった

2020-05-04 19:14:50 | 日記
先日に書いた記事の通り医師への不信感から絶不調が続いています。

しかし、私にとって嬉しいニュースもありました。

それは『障害厚生年金2級』の支給決定が下りました。俗に言う1階部分の基礎年金部分が今月の15日に、2階の厚生年金部分が6月15日に支給される予定だと確認が取れました。

私の心情としては、無給&休職生活からの解放が出来て安心して療養出来る。そう心から思っていました。

しかし、私の妻は違いました。

将来一生貰えるとも限らない年金だけで生活していくのは不安で不安で堪らない。働いて安心させてくれ、と言うのです。

私も働きたい気持ちは山々だ、でも今は主治医からもストップがかかっているし、何よりも体調に波がありすぎると何度も伝えました。年金額は1月約16万円。確かに金額としては安いかもしれないけど、私の年金と妻の収入でなんとか当面はやっていけるのではないかと。

妻は納得しません。

将来はどうするの!?子どもに大学まで行かせたくないの??年金はいつまでもらえるのかわからないのにもっと将来のことを考えて!!

これが妻の言い分です。

もちろん妻の言い分もよくわかります。将来が不安か不安じゃないかと聞かれれば妻の言う通り不安です。

しかし、今の私には『たちまち当面は生きられる』その安心感が先に来るのです。

将来の不安にさいなまれ続けるよりも、明日には死ぬかもしれない今の命を大切にしよう、私は妻に何度もそう、説得しました。もちろん働けるようになれば働いて給料で生活していきたいという思いを持っていることも。

妻はそれでも納得せず、3日前から子どもを連れて妻の実家に帰っています。

ただでさえ調子を崩しているなか、妻と言い争い、妻と子どもは出ていき、私1人で家にいると、良いことは何も浮かびません。

大変失礼な言い方になるのですが、コロナで収入が途絶え生活に苦しむ人が大勢いる中、少なくとも2年は毎月16万円が非課税で入ってくる、感謝しかないと思っています。

私も妻も、大学までお互いの両親が奨学金も借りずに面倒を見てくれました。

妻の言い分は、自分達が親にしてもらってきたんだから、私たちのこども2人とも、奨学金を借りずに大学まで卒業させてやりたい、だから働いて!!それから退職金で家の住宅ローンを返済して、老後は子どもに世話にならないようにやっていきたいの!!

働けるようになったら働くからそれまで私の収入は年金に頼って生活したい、今は療養に専念したい、という私の思い。

今だけじゃなくて将来の生活のことまで見通しを立てるためにも、いつ治るのかわからない私の病気の不安に耐えきれない妻の思い。

意見は平行線のまま、折り合いがつきません。

朝起きたら妻は『しばらく実家に帰ります』とだけラインが入っていました。そのまま3日間。何の連絡もないままです。

私の心はぐちゃぐちゃのまま整理がつきません。

今日もまたオーバードラッグ決定だろうな。