ことば咀嚼日記

日々読んだ活字を自分の頭でムシャクシャ、時にはゴックン、時には、サクサク咀嚼する日記

沖縄

2009-11-22 | 日記
「日本社会は死者を悼んできたとはいうが、その死を痛んできただろうか」
                   沖縄戦跡をめぐる人々の記憶
               北村毅   『死者たちの戦後史』 御茶ノ水書房

 染色職人の話を読んだ。植物がその本来持っている最高の色を出すために、何回も試行して色を出すことが、その植物への弔いになるという。弔うために日々精進するという。
   弔い、悼む、痛む、このことばがずっと頭から離れない。
「日々の仕事が弔いである」という考えは、沖縄戦で家族や友人を失くした人にとっては、ごく自然のことだろう。日々の生活よりも、もっと重要なことかもしれない。沖縄には4回ほど行ったが、海はちょこっとだけ。後はグスク巡りと戦跡めぐりをした。今はもうできないかもしれない。感じることが多すぎてからだが疲れる。
沖縄で一番好きなところは、王朝時代の陵墓である玉ウドゥン。観光客も少なく、
そこで、ただずっと座っているだけで、疲れが取れていくのを感じた。今年の夏はまた沖縄に行ってみたい。