『聖者たちの食卓』という映画を見ました。
インドの黄金寺院というところ出されている大食事会のドキュメンタリー映画です。
大勢の人が、大蒜のような野菜の皮を地面に座ってむいています。むいた野菜を刻んでいる人もいます。その野菜でカレーを煮込む人、小麦粉を練って丸める人、それをのばす人、のばした生地を鉄板の上に放る人、焼く人、焼きあがったチャパティを配る人、カレーをすくって皿に入れる人、ミルクをつぐ人、食べ終わった皿を集める人、洗う人、洗いあがったお皿をチェックしてしまう人、床を掃除する人、じゅうたんを洗う人、カレーなべに入って、釜を磨く人、たくさんの仕事がすべて分業で滞りなく進められていきます。またその動作のひとつひとつが芸術的です。
さて、食べる人は大人も子供も外国人もみな下のルールを守って、食べればよいのです。
寺院に入る前は、手を洗い、靴を預け、足を清める
宗教、階級はもちろん、女性、男性、子どもがすべて一緒に座る
ターバンまたは、タオルを着用(レンタル有)
残さず全部食べること、お代わりは自由
使った食器は指定の場所へ戻す
酒、たばこ、革製品の持ち込みは禁止
一度の食事を5,000人でとるので、譲りあいを忘れない
料理を作る人や片付ける人はすべてボランティアだそうです。以前、「ドール」というアメリカ映画を見たことを思い出しました。人形工場のラインで働く労働者が主人公の映画です。資本主義の末端で働けど働けど、豊かにならず、出てくる労働者のランチはいつもマックのハンバーガー。朝食はドーナッツだったと思います。そして工場でその日、効率的にたくさん仕事が進んだ人は前に出て表彰されていました。それを見ている「人形の目」がぎらっと光る恐い映画でした。あれはまれにみる名作です。
で、黄金寺院ですが、「ドール」の労働者も黄金寺院のスタップも同じ流れ作業をしていますが、黄金寺院のスタッフは決定的な何かが違う印象を受けました。寺院のスタッフが特に嬉しそうかと言われればそういうわけでもなく、また大変そうという感じでも勿論なく、淡々とやっているかというとそういうわけでもなく、神様から与えられた仕事をそのままに受け取って、自分の与えられた分をそれぞれが担って歩いていくというか、迷いのない働き振りでした。こんなに大勢の人が一箇所で働いているのに喧嘩も争いもありません。これはいったいどういうルールで動いているのか不思議に思いました。
「無償の奉仕」・・・・たぶんこういうことなんだろうな・・・・
最初は、あまりの人の多さと大量の料理に、何かのお祭りの様子かと思いましたが、黄金寺院ではこの大食事会を毎日何回かローテーションでまわして、何と500年間もやっているからというから驚きです。
お金って何なんだろう。今はお金が神様になっている時代です。しかし黄金寺院はそうではありません。
インドの偉大さを感じる映画でした。
そして私ができることは、たぶん粉を丸めるところか、お皿を石鹸水で洗ってこするところだと思いました。
インドの黄金寺院というところ出されている大食事会のドキュメンタリー映画です。
大勢の人が、大蒜のような野菜の皮を地面に座ってむいています。むいた野菜を刻んでいる人もいます。その野菜でカレーを煮込む人、小麦粉を練って丸める人、それをのばす人、のばした生地を鉄板の上に放る人、焼く人、焼きあがったチャパティを配る人、カレーをすくって皿に入れる人、ミルクをつぐ人、食べ終わった皿を集める人、洗う人、洗いあがったお皿をチェックしてしまう人、床を掃除する人、じゅうたんを洗う人、カレーなべに入って、釜を磨く人、たくさんの仕事がすべて分業で滞りなく進められていきます。またその動作のひとつひとつが芸術的です。
さて、食べる人は大人も子供も外国人もみな下のルールを守って、食べればよいのです。
寺院に入る前は、手を洗い、靴を預け、足を清める
宗教、階級はもちろん、女性、男性、子どもがすべて一緒に座る
ターバンまたは、タオルを着用(レンタル有)
残さず全部食べること、お代わりは自由
使った食器は指定の場所へ戻す
酒、たばこ、革製品の持ち込みは禁止
一度の食事を5,000人でとるので、譲りあいを忘れない
料理を作る人や片付ける人はすべてボランティアだそうです。以前、「ドール」というアメリカ映画を見たことを思い出しました。人形工場のラインで働く労働者が主人公の映画です。資本主義の末端で働けど働けど、豊かにならず、出てくる労働者のランチはいつもマックのハンバーガー。朝食はドーナッツだったと思います。そして工場でその日、効率的にたくさん仕事が進んだ人は前に出て表彰されていました。それを見ている「人形の目」がぎらっと光る恐い映画でした。あれはまれにみる名作です。
で、黄金寺院ですが、「ドール」の労働者も黄金寺院のスタップも同じ流れ作業をしていますが、黄金寺院のスタッフは決定的な何かが違う印象を受けました。寺院のスタッフが特に嬉しそうかと言われればそういうわけでもなく、また大変そうという感じでも勿論なく、淡々とやっているかというとそういうわけでもなく、神様から与えられた仕事をそのままに受け取って、自分の与えられた分をそれぞれが担って歩いていくというか、迷いのない働き振りでした。こんなに大勢の人が一箇所で働いているのに喧嘩も争いもありません。これはいったいどういうルールで動いているのか不思議に思いました。
「無償の奉仕」・・・・たぶんこういうことなんだろうな・・・・
最初は、あまりの人の多さと大量の料理に、何かのお祭りの様子かと思いましたが、黄金寺院ではこの大食事会を毎日何回かローテーションでまわして、何と500年間もやっているからというから驚きです。
お金って何なんだろう。今はお金が神様になっている時代です。しかし黄金寺院はそうではありません。
インドの偉大さを感じる映画でした。
そして私ができることは、たぶん粉を丸めるところか、お皿を石鹸水で洗ってこするところだと思いました。