キャッスルマン病とわたし。

稀少難病『特発性多中心性キャッスルマン病』になってしまったわたしの日々。
夫・Uさん&チワワに支えられて。

moco's モットー

病気でも
☆元気☆健康☆長生き☆

“全身性キャッスルマン病”
“舌白板症”
“子宮内膜症”

三病息災LIFE

再就職の道 【いよいよ退職】

2008-02-20 | 再就職の道。
【 いよいよ退職 】



いよいよ待ちに待った退職日。

失業後の生活を考えると不安でたまりませんが、

今日・明日くらいはネガティブ思考は置いといて、


『 ヤッター 』  byマシ・オカ 

                と叫んでおきましょう。


なんだかんだ言いつつ、今年の6月まで勤務できていたら満6年いた工場です。


この工場で愛しいダーリンと出逢い、結婚。

この工場でキャッスルマン病で倒れ、クビにならずにしのいでいたものの、

業績不振による工場閉鎖で失業。


ここだけ見ると、まさに正負の法則ですね~。
これなら今後の展開によっては宝くじとか当たってもいい頃です。


わたしがいたのは某大手企業の系列の従業員数200名くらいの事業所で、

入社した頃、グループ自体は業界で世界2位の売上だかシェアーがあり、

一応日本ではトップクラスの会社でした。

が、あっという間に転落。  (ローリンローリンローリン)
                         

そういえば、農林水産省がなんやかやと騒がしかった頃、

リップスライムのSUーchanが

ローリンローリンローリン」って歌ってる時、

ノ~リン・スイサン・ダイジン(農林水産大臣)」って聞こえてたのは

わたしだけでしょうか  



あっという間にシェアーを海外に持っていかれちゃいました。

ま~、本質的な改革を行わず、表面ばっかり取り繕って、

目先の利益にばかりに執着し、いい加減な作業・いい加減な教育、

捏造や改ざんを37年繰り返し続けていた会社ですから、

逆によく今まで持ったな~と思います。


6年前に入社した時から今まで悪い意味でビックリさせられっぱなしでしたから。

わたしはコレを、『大企業病』と名づけたものです。


さらに3年前くらいから、OS(アウトソーシング=人材派遣)の子達が

わんさかと出たり入ったりして、様々な人間模様や姿態を見るにつけ

世の中いろんなヒトがいるんだな~と改めて思い知らされました。


そして痛切に思ったのは・・・。


『 オヤジが日本をダメにする! 』

もう、この一言に限ります。



そしてここで一句。

だらしない おっさんどもが 夢の痕

 同僚には大ウケだと思われるネタですわぁ。



あ~、でも、よく頑張っておよそ6年、働いた。

えらいぞ自分~。  

再就職の道 【難病相談支援センター】

2008-02-19 | 再就職の道。
【 難病相談支援センターに行ってみた 】



先日、姉から連絡があり、

「県の難病相談支援センターっていうのがあるから行ってみれば

と情報を貰ったので、さっそく電話で就労相談の予約をして行って来ました。


             

難病を抱えての初めての就職活動だったので不安がいっぱいだったし、

支援センターに行って登録とかすれば、就職しやすいのではないかと

淡い期待を抱きつつ、久しぶりに出る都会にドキドキしながら

建物に入っていくと、なんだかとっても小さなお部屋に

年配のお姉さまが二人とおじ様が一人。


「就労相談で予約したキャッスルマン病の患者なんですけど」と言うと、

「え?なんていう病気?知らないわね~。どんな症状があるの?」

・・・・・。




結果から言うと、「あなたの力にはなれません。」でした。




キャッスルマン病は国の指定する特定疾患ではない為

障害者手帳が交付されません。

障害者手帳があれば、その人を雇うと雇用した会社に国から助成金が入るので

まだ就労の可能性があるらしいのですが、

障害者手帳を持てない難病患者はどうやら煙たがられるそうです。



なので、このようなアドバイスは受けました。

「病気の事は隠して就業したほうが良いわよ。」

「ハローワークに行っても、決して病気の事は言わないほうが良いわよ。」



体力的な問題もあるし、

今回の退職を機に主人の扶養内でパートで働こうかと思っていたのですが、

たとえパートで働くとしても、病気の事は隠して入ったほうがいいと。


難病の患者と言うものはただでさえ敬遠されがちなのに、

わたしの場合はさらに「キャッスルマン病」という

社会的に知られていない病気だし、難病センターの人でさえ知らないくらいだから

一般の雇用主に理解を得るのは難しいだろうと。


でも

「薬の副作用で免疫が低下しているので

 外出時は常にマスクを着用しなきゃいけないし、通用しないのでは?」と言うと、

「花粉症で通せばいいのよ。」と。

・・・・・。


お姉さま方はセンターに来る様々な難病の患者さんからの相談を受けているので、

その体験談を踏まえてこのように親身にアドバイスをしてくれているのですが、

正直、わたしはとてもフクザツな思いでした。





ウソをつかなきゃならないのか。

なにも悪い事してないのに、ウソをつかなきゃ仕事に就けないのか。


わたし、ウソをつくのは嫌いです。

でも、生きていく為には仕事を続けなきゃならない。

仕事を得る為にはウソを付かなきゃならない。



帰りのバスの中で、悲しさと悔しさで涙が止まりませんでした。

再就職の道 【退職勧告】

2008-02-18 | 再就職の道。
【 退職勧告 】



いよいよ今週の水曜日に退職します。


『会社の経営難による規模の縮小に伴う工場閉鎖のための人員整理』・・・・・。

つまりこれは、『整理解雇』=『会社都合による退職』に当たります。


わたしの属している会社自体は母体の会社の下請けで有限会社なのですが、

今回は母体会社の工場閉鎖でわたしの会社は解散する事になったので、

退職金が通常の任意退職より多めに頂けるのと、

少額ながらも母体の会社から補償金が出るのとで、

すぐに仕事が見つからなくてもあと半年くらいはアクテムラが打てるかな。


しかし、母体の会社の人たちは(もちろん勤続年数にも寄りますが)

今回退職した場合、

早期退職金として「1~2千万円」貰えるらしいので羨ましい限りです。

同じ様に働いていたのに、いざという時の保障にコレだけ差が出てしまうと

なかなか哀しいものがあります。


さてさて、わたしは今回の退職勧告を受けたのがほぼ1ヶ月前です。

人員整理の第一陣。

まさしく1ヶ月前予告。


わたしの従事している製品の作業量から言って、2ヶ月先だろうと思っていたので

晴天の霹靂でした。

わたしの作業は工場の中でも特殊な製品の特殊な作業であり、

現在この作業が出来るのはわたしともう一人いるけど、

もう一人は出向元の会社に戻っていたので、

「実質的にその作業はわたしにしか出来ない」と踏んでいたからなんですけど、

事もあろうか、わたしが退職した後に終わらなかった生産分は、

なんと1度もその作業の教育を受けていない人達にやらせると言うのです

作業マニュアルも無く、製品の規格を示している仕様書も

肝心な数値が間違っていたり、等符号の向きが反対だったりといい加減なのに、

一体彼らは何を見て作業をする気なのでしょうかね~。


同じ会社の人が読んだらよ~くわかるこのいい加減なシステム。

さらに言うなら、

「君はこの製品、1ロット(←単位です)どのくらいで出来るんだい?」

と上長に作業時間を聞かれたのは、退職勧告を受けてから数日後の事。


だから潰れるんだよっっっと、

またしても思い知らされる出来事でした。


でも、よく考えてみれば、通常の概念からいってわたしの退職勧告が早いのは

至極当たり前の事でもあります。


 病気持ちである

 通院の為、2週間に1度欠勤を余儀なくされる

 体力的に残業が出来ない

 具合が悪くなって急に休まれたら困る

 交代勤務が出来ない


社長と部長による退職勧告の際に言われたのは上記のうち下の3点でしたが、

それはごもっともな理由でございます。

其れを言われては、「いやだ。 わたしはまだ辞めたくない」なぞ言えません。



そしてそれからしばらくして、再び出向元の会社に来るようアナウンスが来て、

退職金やら補償金やら離職票やらの説明を受け、

同意を得た印として署名・捺印・住所の記入なぞして、

2月に退職する場合、2月のお給料から住民税が多めに徴収されますよ~

なんて言われて、だんだんと「あ~、失業するんだな~」って

実感が湧いてくるのです。