きのう『やすらぎの森』を観ました。
カナダの森に年老いた男性3人が、別々の簡素な小屋で、
それぞれの犬と共に静かに暮らしています。
結婚や仕事などの社会生活になじめずに、この森に辿り着きました。
心臓が悪かったテッドが亡くなり、そこへ80歳の女性がやってきます。
60年間、親族によって精神療養施設に入れられていた彼女は、
強い薬や電気ショック、身体拘束、
今までのそんな自分の本名を捨ててマリーを名乗ると宣言します。
マリーに同情したチャーリー、
厄介なことに関わりたくないと困惑するトム。
そして、マリーの甥スティーブ、女性カメラマンのラフが絡んで、
ストーリーは淡々と進んでいきます。
生前のテッドとチャーリーとトムには約束がありました。
自分の死は自分で決める、そのため3人は小さな小瓶を用意していました。
その小瓶には青酸カリが入っています。
そのときは、自分の犬も連れて行くと決めていました。
そして、近くの森林が火事になり、避難しようとしますが、
トムは弱ってきている自分の体では、この冬は越せないと言って、
死を選ぶと告げ、チャーリーと一緒に自分の墓穴を掘り、
自分の犬と穴に入り青酸カリを飲み息絶えます。
このシーンはとても辛かった・・・。
残されたチャーリーとマリーは共に新しい暮らしへ向かいます。
世の中の常識や決まりと自分の気持ちや人生観が違うこと、
そのことで苦しんだり悩んだりした主人公たちの気持ちが、分かる気がします。
器用に生きられない、素直に他人と接することができない、
それはわたしも同じ、森の中で暮らせる彼らをうらやましいと思います。
就活を始めようと考えてはいるものの、
ひとりの気楽さが日に日に増してきています。
犬の散歩でさえ、人と会わなかったときはすごくリラックスできます。
また組織の一部となって、上司や同僚と渡りあうことに気が重くなっていますが、
このまま社会との繋がりがなくなってしまうのではないのかと、不安もあります。
先月観た映画『ブラックバード 家族が家族であるうちに』も、
主人公の難病の女性が、家族に見守られながら自死します。
自分の死を自分で決める、その潔さ、その寂しさ、その悲しさ。
40年前の妹も決意して実行しました。
あの子の気持ちをどれだけ分かってあげられたのか・・・、
代われるものなら代わってやりたかった・・・、
残された者にとって、きのうのようなあの日です。
映画の前に『おかめ』で蔵王あんみつを食べました。
わたしはおいしいものを食べるために、
まだまだ、生きていたいと思います。