なぜ棄てた 妻と子を
石童丸の父 、加藤左衛門尉繁氏(かとうさえもんのじょうしげうじ)は
筑紫の国の領主でしたが、ある時 世をはかなんで家を捨てて出家し
京で法然上人の教えを受けたのち高野山に登り
苅萱道心(かるかやどうしん)と称して修業の生活に入りました。
国立国会図書館デジタルコレクション
大蘇芳年筆 明治十四年出版
【加藤石動丸】
昨日剃っても今同心 一昨日(おとつい)剃っても今同心と
素気なく言うて追い帰す 父は沙門の教戒(おしえ)を守り
子は親愛の道に順(したが)い こころ筑紫の海を経て
遥々(はるばる)尋ね紀伊國(きのくに)の高野(こうや)に染める村紅葉
身に散りかかる墨染(すみぞめ)や 父子(おやこ)の縁は浅葱(あさぎ)染の
頭巾も濡れて時雨天(しぐれぞら) その悲歎(かなしみ)に引きかえて
美名を挙げる石藤丸が 出世の時に遇うぞ芽出たき。
轉々堂主人題
今道心(いまどうしん) : 今、道心を起こしたばかりの者という意味から
出家して仏門に入った者で日の浅い者を呼ぶ呼称として伝わる。
同心:同じ考えを持つこと。また、気持や意見などが同じであること。
墨染:墨染衣の略で僧衣のこと。