オオカミになりたい(遺言)

ずっとそばにいるよ

古今名婦伝 「文展千代」

2018-05-31 | 豊国錦絵

千代は安土桃山時代の女性

生没年未詳

文久3年(1863)出版  歌川豊国(国貞)絵

 

文展千代(ふみひろげのちよ)

總見寺殿(そうけんじでん=織田信長)の侍妾・小野お通に使われたる女なり

東山の花陰 五條橋の月の前などにあらわれて襟に懸けたる文箱より

一通の文をとり出し声高く又低く讀んでは泣き、笑いて讀む

物狂いの風流なる者とその時洛中にいと名高し此の女

都から来ていた喜藤左エ門と云う商賈(あきんど)と

密かに云いかわしける事三年(みとせ)、逢う夜の稀なるを悲しんで

「うら山し 人目なき野の蛬(きりぎりす) 鳴くも心の ままならぬ身は」

此の歌を聞き お通は憐れんで喜藤にあたえて夫婦となした

其の後、夫に捨てられんとするのを

お通が文こまやかに書き贈って諫めると

喜藤も思い直して睦ましくなって五年(いつとせ)の後

夫に死別れして愁傷やるかたなく 心乱れ

お通の文を持ち歩いては讀むようになった

         (柳亭種彦記)


犬子集に                    

『天も花に 酔ゑるか雪の 乱れ足』  親重





古今名婦伝 「乳母浅岡」

2018-05-28 | 豊国錦絵

淺岡(あさおか)は、江戸時代に作られた歌舞伎作品の

「伽羅先代萩」に登場する女性

文久2年(1862)出版  歌川豊国(国貞)絵

 

乳母淺岡(めのとあさおか)

治國(おさめるくに)によこしまな心を防ぐには

慮(おもんばかり)を尽くしてやり遂げるべし

浅岡は一人でよく幼君を盛り立て奉(たてまつ)らせ

荊筵(はりのむしろ)に座して兎の毛で突きたる程の障碍もなく

ついに大忠成就に至るを無事に成し遂げたが

䑓子(だいす)の出来事は子供の遊びではない

篭の雀の千代八千代に伝わる功績を演戯(かぶき)に取り組み

また浄瑠璃に語りもしてあり感ぜぬ者はいないであろう

         (柳亭種彦記)


『面扶持を へさぬか粟の 鼠共』


  「伽羅先代萩」 の内容は wike からご覧下さい





古今名婦伝 「松浦佐用姫」

2018-05-27 | 豊国錦絵

松浦佐用姫(まつらさよひめ)は古事記に登場する女性

生没年未詳

文久2年(1862)出版  歌川豊国(国貞)絵

 

播磨の国佐用郡(さよこおり)に美貌處女(かおよきおとめ)がいた

朝廷の命を受け百済救援を命じられこの地にやって来た

大伴狭手彦(おおとものさでひこ)が召して交歓(かたらい)し

一夜の情に百年(ももとせ)の命を祈り慕い狭手彦を見送る佐用姫

松浦の海を漕ぎ去る船を遥かに望(みやり)て喚べど叫べど

鼓涛(うつなみ)のほかには応える物もなく

ついに哭死(なきじに)したりしとなったその志哀れむべし

彼の時姫が登りし山を領巾麾之嶺(ひれふるのだけ)と名づけ

佐用姫を神と祭り今彼の山に叢祠(そうし)があって

石に化けしと云い伝わる

ある信じられぬ妄談あり人の形皃(かたち)に似ている

石はあるがいい加減なことをいっては失礼であろう

       (柳亭種彦記)