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70代での移住生活

法華経第五章薬草喩品

この章では
薬草を例えにして話が進む

この世界にある植物や樹木は
若いものもあり
大きく成長したものもある

生物は各々の状態や能力に応じて
水を吸い上げ
成長する

このように
それぞれの人々に
能力や精進努力に
差異がある

如来は全てのことを
知るものであり

教えは全て同じ
一切を知る者の智慧である

如来は
人々が何を考え
どのように修行し
何を獲得するのかを知っている

この世界には
小さな薬草
中くらいの薬草
大きな薬草がある

汚れのない教えを知り
悟りにとどまる者は小さな薬草

常に瞑想しそれぞれの悟りを得る
清らかな者は中くらいの薬草である

仏の道を志して
常に精進する者は最高の薬草であると

そして
仏の乗り物は一つしかなく
悟りの境地はただ一つであると

やはり比喩を用いながら
語っていく

生まれつき目の見えない男の話

そして医者の与えた
四種の薬草によって
男の目が回復した

しかし見えるようになっただけで
智慧も学識もない

出家し欲望を捨てなさいという

これも例え話で

目が見えないというのは
六種の運命を辿って
生死を繰り返している人間

人間は愚かであり
業の原因となる所行を積み重ね
苦悩が集積する

人間は無知のため
生死を繰り返す

如来はこの世に現れて
悟りの境地を
四種の薬草の話で教える

無明を滅するには
四種の薬草を使うこと
この薬草が
空、無相、無願、悟りの境地
と同じであると


法華経を写経しながら
読んでいると
いままで素通しして来た話が
分かって来た

解脱しただけでは
目が見えない人が
ただ視覚を得ただけで
まだ悟りには達していない
という事

仏の乗り物は
一つしか無いという事

やはり何度も
書いて見ることが
必要であると分かった

まだ2回目

先は長い


















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