特定非営利活動法人精神医療サポートセンター

発達障害、統合失調症、アルコール依存症、ベンゾジアゼピン系薬剤の依存等々、精神科医療についての困りごとに対応いたします。

看護技術と知識と患者を思う心と

2009年04月19日 | 看護論的経営論


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看護とは何か、



この言葉は、看護に携わる人間であれば幾度となく口にしたり聞いたりするものである。


この質問に対しての返事は三者三様、
ま、答えがあるわけでもないが、答える人間には大筋は間違ってほしくない。

私の場合は



看護とは、「愛」である。と、笑われても堂々と言ったりするのである。










この言葉を教えてくれたのは、今は滋賀の某病院で働く先輩。


「看護は愛やで!!!」

自信満々の顔でこの台詞を言える先輩を、私は尊敬している。




もちろん、看護について意見が違えば議論しあう。
こういう先輩がいるというのは本当に幸せだと思う。





話はもどるが、「看護とは」と問われた場合、具体的にはどのように答えるのか。



わたしは、

「看護技術と知識そのものと、患者さんの苦しみを知ろうとする心」

このように答えると思う。



看護というものは、このどれが欠けても成り立たない。


ところが、看護師として技術面のみが優れているからと優越感に浸って、優れていると思っている人も少なくないのである。
こういう人は、技術が身についていないひと、あるいは、知識がなかったり、仕事の要領を得ない人を批判したりする。



実は、こういう状況が最もよくない。




技術力のある人は、ない人に教えればいいし、技術力のない人は学ぶ姿勢を見せなければならない。

口で言うのは簡単だ・・・
そういう人もいるが、なぜそこでこのような双方の理解が成り立たないのか。



※やはり、相手を理解しようとする気持ちが少なからず欠けているからではないだろうか。




相手を理解しようとする気持ちが強くあれば、相手の背景も少しずつ見えてくるし、逆に自分だったらどうだろうかとかいろいろな視点で見れるようになるものである。

しかし、こういう状況においても自己評価がやたら高い人は相手を攻め立てたりする。それは、自身を冷静に見えていない証拠だといえる。



※自信があるのと、自己評価が高いのとでは意味が違う。



このことを念頭に置き、自分のポジションを改めて見直すということは看護師としてというよりも、人の命を預かっているプロの職業看護師として必ず意味のあることであると考えている。


結局、看護とは、技術力だけではなく、知識だけでもなく、相手の気持ちや苦しみを知ろうとする気持ちがなければプロとは言えないのではないだろうか。


これらのどの1つが欠けてもいけない、というよりも、要するに看護師としてこれら3点の視点の必要性をまず肯定することが看護師として成長するための重要な要素となるのだろう。




※「看護技術と知識と患者を思う心」

これは、患者とは限定せず『相手』と置き換えるほうが適切かもしれない。



さぁ、明日から
目の前の患者に全力で看護力を提供すると同時に、同じチームの仲間にも全力で看護力を共有しあうという意識をもつことを心がけるようにしてほしい。

















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13 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
統合が大事 (もえこ)
2009-04-22 13:36:21
 看護の対象が病んでいる人間(健康な人間も含まれますが)である限り、相手の状況や気持ちを共感できる感性が必要であり、また、専門知識が必要ですよね。ですから、看護技術は、感性と知識と技術の統合で成り立っていると思っています。この統合というところが大事な部分だと考えております。ですから、先に述べられた方のような場合、優れた技術として認められても、看護技術としては成立しないということではないでしょうか。
 それにしても、看護師は、ぼぉーとしておられない、成長せずにはおられないお仕事です。お互い切磋琢磨です。
返信する
Unknown (洪七公)
2009-04-23 14:26:02
一見簡単なようで難しい用語です。本当に…。私の師の一人からも…「マザーテレサの愛の言葉」を頂いたことはあります。逆に癒されましたね。本当に…
未だに…その単語については…答えが出せないでいます…(^^)
返信する
Unknown (もっさん)
2009-04-24 00:43:33
>もえこさん
統合、まさにそうだと思います。

ここでは、看護技術というのを主義的なものそのものとして表現しましたが、もえこさんのおっしゃる「統合」という概念は、最もわかりやすいと思います。

現場でこの3要素をしっかり学ぼうとする看護師が増えることを願っています。
返信する
Unknown (もっさん)
2009-04-24 00:52:34
>洪七公

自分なりの答えがでず、「感覚」でなんとなくわかることもあるでしょうが、大事なことはその言葉を理解する過程が大事なんでしょうね。

教科書的な表現かもしれませんが、本当にそうだと思いますよ。
返信する
Unknown (洪七公)
2009-04-26 01:11:17
 人生体験上…
「愛」
わからないんだ…
だから学術に頼っているのかも…

べっち…
佐藤さん…
私を支えてくている人
すべてに感謝はしてる…

ありがとな。

学会…明日は最終日
弱音はいたけど…
実りはあったよ

すべてに感謝している。
自分なりに…答えを出してみるわ…
サンキュウな。
明日に備えて寝るわ…
返信する
学ばないといけない。 (ちくぜん)
2009-04-27 22:22:56
昔、意地悪な先輩看護師がいて、私は大嫌いでした。冷たくて厳しくて、言いたいことを言っていた先輩は、患者さんからも疎まれていました。ところが、採血の時、ある患者さんはその先輩看護師を指名するのです。その先輩、てきぱきと業務をこなし、医療補助業務は確実で、医師からも深い信頼をもたれていました。若い私はショックでした。自分のことを傲慢にも、優しくて患者さんに必要とされているなんて、思っていましたから。でも、同時にその時、思いました。技術を高めなくて看護はできないと。看護は技術なくしてなりたたない。すぐれた技術はとても大事だと思いました。技術力をひけらかして、人を非難するような人であることと、技術力があるということは別なことで、優れたものを持っている人からは学ばなければならないと、年を重ねてきて思うことです。
返信する
Unknown (もっさん)
2009-04-28 13:13:28
>洪七公
愛情というものがわからなくても、それは洪七公の責任じゃない、過去に誰が原因と追究してもいい方向性は見えてこない、でもなに(誰ではなく)が原因かをしることは自らを成長させるには避けて通れない部分で、いつかそれと向き合わなくちゃいけない時もあるはず。

洪七公のように、そういう風に自分のことを言えるというのは素晴らしいとおもう。同じ境遇にあっても、そうでなくても人を陥れようとしたり、人を憎んだりする人もいることは事実。
我々医療従事者、とくにこのような活動をしているとそのような人でさえ「なぜそうならざるを得なかったのか」との分析は必要だけど、時にそれと対決しなきゃいけなかったりすることもあったりでね。
洪七公、あなたは今「愛とは何なんだろう」というところでもがき苦しんでいるかもしれないけど、僕はいつも話を聞くし、聞くだけじゃく、君の境遇を理解しようと努力している最中だよ。
時間はかかるかもしれんが、かならず突破口は見いだせる。
安心しろ!洪七公(その名前、意味不明だけど)^^
返信する
Unknown (もっさん)
2009-04-28 13:33:01
>ちくぜんさん
はじめまして

コメントありがとうございます。
ズバリおっしゃる通りだと思います。



私の記事の一文、
>技術力のある人は、ない人に教えればいいし、技術力のない人は学ぶ姿勢を見せなければならない。

ちくぜんさんには、この両方からの立場から見る医療従事者としての精神があるからのように感じました。

>技術力をひけらかして、人を非難するような人であることと、技術力があるということは別なことで、優れたものを持っている人からは学ばなければならない

このように物事の一つを総合的なものだけとして見ず、その人の中身のひとつまで吟味できる人は、その人が失敗しても、また大きな過ちを犯したとしても頼ることのできる大きな存在の人だと思います。

ちくぜんさんのお立場をはわかりませんが、筑前さんの部下になった人はのびのびと仕事ができているのではと思います。


ここからは私の考えです。

もし、手技的な技術に長けているひとでも、たとえそれが患者さんからその面に関して信頼されていたとしても、患者や同じチームのスタッフへの思う心が欠けていると、ミクロからマクロへ必ず影響が出るものと考えます。

ですから、小さなコミュニティの中で何事もないように医療が進められていったとしても、気がつけばスタッフがやめていた。仕事が楽しくない、学習意欲がいま一つ湧いてこない、このようにマクロ医療への影響は避けられないと思います。

しかし、それがミクロ医療でおこっている問題としてマクロ医療に波及しているなどとはだれも気付きません。そういう意味でも、今回私が書いた記事の精神は大事にしたいと思います。



ちくぜんさんは、どちらの立場にあっても両方の立場の視点から物事を見れる素晴らしい人であることが十分すぎるほど伝わります。

生意気なことを言うようですが、実際お会いしたら私のような若造は頭が上がらないほどの人だということもすぐにわかります。


これからもNPO活動や、一看護師としての私の成長を見守っていてくだされば幸いです^^
返信する
Unknown (もっさん)
2009-04-28 13:36:12

>ちくぜんさん
はじめまして

コメントありがとうございます。
ズバリおっしゃる通りだと思います。



私の記事の一文、
>技術力のある人は、ない人に教えればいいし、技術力のない人は学ぶ姿勢を見せなければならない。

ちくぜんさんには、医療従事者として両方からの立場から見る精神があるからのように感じました。

>技術力をひけらかして、人を非難するような人であることと、技術力があるということは別なことで、優れたものを持っている人からは学ばなければならない

このように物事の一つを総合的なものだけとして見ず、その人の中身のひとつまで吟味できる人は、その人が失敗しても、また大きな過ちを犯したとしても頼ることのできる大きな存在の人だと思います。

ちくぜんさんのお立場をはわかりませんが、筑前さんの部下になった人はのびのびと仕事ができているのではないでしょうか。


ここからは私の考えです。

もし、手技的な技術に長けているひとでも、たとえそれが患者さんからその面に関して信頼されていたとしても、患者や同じチームのスタッフへの思う心が欠けていると、ミクロからマクロへ必ず影響が出るものと考えます。

ですから、小さなコミュニティの中で何事もないように医療が進められていったとしても、気がつけばスタッフがやめていた。仕事が楽しくない、学習意欲がいま一つ湧いてこない、このようにマクロ医療への影響は避けられないと思います。

しかし、それがミクロ医療でおこっている問題としてマクロ医療に波及しているなどとはだれも気付きません。そういう意味でも、今回私が書いた記事の精神は大事にしたいと思います。



ちくぜんさんは、どちらの立場にあっても両方の立場の視点から物事を見れる素晴らしい人であることが十分すぎるほど伝わります。

生意気なことを言うようですが、実際お会いしたら私のような若造は頭が上がらないほどの人だということもすぐにわかります。


これからもNPO活動や、一看護師としての私の成長を見守っていてくだされば幸いです。
返信する
勉強になります。 (かさい)
2009-04-29 02:49:18
先生、こんばんわ。。。

YM天王寺の受講生の かさい です。。。

まだ、2年生ですが、
看護師になれたら、、

看護技術と知識と患者を思う心

を忘れずに いきたいです。。

今週も よろしくお願いします。




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