人間賛歌・もっちゃん4649

みんなの幸せを (2006年10月の自分史)

  


平穏な一日を過ごす事が出来て感謝の朝を迎えています~

何も無かったことが良いことだ~と思いました。


教え子のFちゃんは毎朝おはようメールをくれるのですが、昨日はその何分か後に

またメールが届きました。


作業室祭りがあるので とても楽しみ~と弾んだメールでした。


知っている中学校の先生が来たらよろしく伝えてね~♪

楽しんでいらっしゃいね~(^^) と返信しました。


退職後 奈良にいる時ボランティアに行っていた作業室です。

いつか帰ったときにはまた行こうと決めているのですが~


ここは教え子が 養護学校を卒業後、毎日お弁当を持って集う場所です。

友達にもここにくれば会えるし、社会の弱者の陽だまりの場所です~


文化祭の時には招待したり、作業所祭りの時は吹奏楽が参加して盛り上げたり

生徒会の有志や教師も20年来 交流を深めていたのです。


まず、障害者問題は触れ合うことから始まりますからね


Fちゃんから夜 報告がありました。

Y先生がきていました~って。


Fちゃんを見て笑ってくれた~?と聞くと

はい、笑ってくれました(^^♪


よろしく~って伝えてくれたの~?とまたメールです。

お話しませんでしたと言う返事。


なんだかしょんぼりしている感じなので、Fがかわいがっているまもなく2歳になる

妹のことに話題を振りました。


妹のAちゃんも連れて行ったの~?

はい、行きました~


母と姉二人と妹と、女5人連れで買い物にもどこにでも出かけているようですから、

小さな力を寄せ合ってそこに温かな陽だまりを作っているのです~


Fちゃんの安心できる居心地の良い場所なんです。


Fには メールが唯一心を伝える手段なんだと 昨夜は考えていました。

懐かしい誠実なY先生のことにも 思いを馳せていました。


みんなの幸せを願う朝です~







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コメント一覧

もっちゃん
心模様のまにまに 
http://blog.goo.ne.jp/mottyann4649
風蘭さん、こんにちは~♪

息子が友達を迎えに大分まで行ったので、駅まで送ってきたところです。

しばらく自由を得ましたので、PCの前にゆったりした気持ちで参りました。

風蘭さんの思いがよく理解できました。

まだまだお出会いの日も浅く、風蘭さんのお気持ちの理解も乏しい私が勝手な気持ちを言上して、申し訳なく思いました。

さぞかしがっかりなさったことと恐縮しています。

一人娘を嫁がせる喜びと寂しさを娘の残り香で表現なさる今朝のブログを拝見して、胸迫る感動を覚えました。

言葉なくたじたじと読み逃げをして帰ってまいりましたが、風蘭さんのコメを今拝見して、遥かに崇高な使命と揺るぎない意志の太いパイプで結ばれている父娘だと分かり、何も意見を申し上げる余地はございません。

使命感とまで感じていらっしゃる強い意志を聞かせていただき、選ばれた父娘の二人三脚なのだと感じました。

母の介護の日々は‘母娘の二人三脚’と言う言霊を選んで述べていました。

選ばれたもの同士が心を合わせて進む崇高な道なのですねえ。

新年の快晴の青空に大きな大きな人間賛歌の鐘が響き渡っていますよ~\(^o^)/

力いっぱい応援させていただきたいです(*^_^*)

PS

はい、風蘭さんの心模様のまにまに お任せのもっちゃん姉ですよ~♪
風 蘭
お早う御座います
http://fuurann1104.blog.fc2.com/
もっちゃん先生は色々な活動をされて来られたのですね。
精神障害者らしき私は、作業所を飛び越して社会の中に入りました。
多分無理があったのでしょう。
その後、2度の解雇と2度の入院を経験しました。

しかしその経験こそが財産だったのです。
巡りあった今の会社で才能が開花しました。

病状の安定の自己コントロール、社会と言う怪物と折り合いを付ける社会人の仮面。

円滑な人間関係を作り上げる優しい心の育成。

これらの体験とノウハウは失敗の連続から掴み取ったものです。
健常者さんには解らない「自己犠牲」の上にしか存在できないことばかりです。
私は今でも生と死の狭間で懸命に生きています。
しかし娘の結婚と言う大仕事が終わった後にはもう走れません。
私の娘も私も普通の親子の関係で満足するような志ではありません。

精神医療の発展に繋がるのならば、何万人の方々が救われるか解りません。これは私なりの「愛」の形です。
その為の私の「自己犠牲」ならば娘も納得するでしょう。
時として医師は非情です。

この様な未来を喜んで描くことは大げさに言えば人類のためであり、私の使命なのです。

私は今の精神医療の立ち遅れにうんざりしています。
娘の太いパイプと私達親子の連携で、医学的快挙を成し遂げられる可能性だって有ります。

私が躁うつ病を「寛解」し、社会で働くサンプルとして、何時の日か娘は私を必要とする時が来るでしょう。

これは神様が選択された運命だと思います。

私の人生はその終焉の時に初めて花開くものと信じています。。。


ps 前回のもっちゃんとのコメントの記事の企画が好評でしたので、もし宜しければ記事にしてもよろしいでしょうか?

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