7月の下旬に、急に夜中に具合が悪くなってあっけなく亡くなりました。
まだ77歳で、私が帰省すると温かくいつも笑顔で迎えてくれた人でした。
人の命の儚さを強く感じたお別れでした~
礼服は仕事柄何着も持っています。
だんだんお腹周りが変化してきてゆったりときれいな線の出るデザインのものを去年の夏、奈良の専門店で新調しました。
普通なら2着か3着買えそうな高級品でしたが、年に合う服装をしなければ~と思い切って求めたのです。
着る機会もなかったしそのままにしていたのですが、その時に出して初めて着用しました。
「やっぱり良いものは違うわね~」と満足で、大事にする気持ちからすぐにクリーニングに出しました。
10日ほど過ぎたし、「早く受け取りにいかないと迷惑かけるかもね~」と出かけました。
「ちょっとまだ後れています~」ということでした。
また1週間ほどして覗いてみても、「すみません~」ということで、さっぱりらちが明きません。
その2,3日後の夜、クリーニング店から電話がありました。
「ワンピースだけでしたか~上着はありましたか?」という問いでした。
「2点でしたよ~」
「前開きのボタンのない上着がたしかにありましたよねえ~」となおも続きます。
なんだろう?
どうしたのかしら~?
上着が戻ってきてないということでした~
どこかに紛れているみたいで探しているそうです。
「すみませんが、もう少し時間をください~」ということでした。
8月の末に2回目の連絡が入り、「まだ、見つかっていないのです。申し訳ございません~」
「ワンピースの方はお預けしておきますね~
どこかで上着が見つかった時に生地を確かめてもらう必要があるし~」
「どこでお求めになったのでしょうか?」
「私は母の介護で奈良から来ています。奈良で去年買って持ってきたんです~」
お詫びに弁償代と言って仮に5万円もらったところで買えないわねえ~
上が見つかりさえすれば文句ないのに~と、あれからずっと心にひっかかっていました。
ふと昨日の朝、母の血圧の薬をもらいに行かなくっちゃ~と思いました。
昨日の分で終わりになっていたのです。
涼しくなって元気を取り戻してくれてよかったなあとしみじみ感じていた時です。
「母の命の身代わりに私の大事な服がなってくれたんじゃないの~?」
お盆の前後、母の食欲がなくなってどんどん衰弱していくし、夜中に何回も寝息があるか確かめたことがありました。
母が元気になったお礼を神様にしていなかったと思いつきました。
クリーニング店の人を責めるのは止めよう~
ワンピースだけもらいに行って、「母の命の代わりに神様に引き取ってもらったと思えば、心が収まりますから~」と笑顔で話してきました。
傘や時計や大事にしているものを紛失したときに、いつも母の教え諭しがありました。
「生かしてもらっていることがありがたいんやで~
命がなかったらなにもいらんやろ?
その身代わりに神様が生かされている喜びに気付くようにと教えて下さったんやで~」
大阪で大空襲に遭い、大事な着物をすっかり盗まれてしまった思い出話とともにいつも聞かされていたのです。
不思議と心が休まっています。
損だ~とか弁償金を~なんて思わなくっていいのです。
ちゃんとそれ以上の大切なものを与えられているのですからね~
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もっちゃん
tuyosi
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