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この赤ひげ先生はとても優しい人で、貧乏な人
からはお金を受け取らず、また、他の医者が嫌
がる様な病気の人でもこころよく診てくれるのです。
ですから多くの人が、 「赤ひげ先生は、神さま
みたいな先生だ」 「赤ひげ先生こそ、まことの
医者だ」 と、赤ひげ先生を頼って来たのです。
ある晩の事、そんな赤ひげ先生の所へ、一人
のおばあさんが杖をついてやって来ました。
「先生、実はわしの息子に、とんでもない悪い癖
がありまして、ほとほと弱っとります。
ひとつ先生のお力で、息子の悪い癖を治して
下さい。 どうか、よく効く薬を作って下さい」
「ん、その癖とは、どんな癖ですか?」
「それが、お恥しい話ですが、息子には泥棒
の癖がありましてな。
そのうち、お役人さまに捕まって大変な目に会う
のではないかと思うと、この先、安心して死ぬ事も
出来ません。
先生、 どうか泥棒の治る良い薬をお願いします」
「泥棒か、・・・確かにそれは、困った癖だな」
さすがの赤ひげ先生も、泥棒を治す薬は持っ
ていません。
(さて、どうしたものか) 赤ひげ先生は、自慢の
あごひげをなでながら考えていましたが、やがて、
「おお、そうだ。
よし、そこでしばらく待っていなさい」 と、すぐに
薬研(やげん→薬草などをすりつぶして、粉薬を
作る道具)で何やら粉薬をつくって、紙に包んで
持って来ました。
「おばあさん。息子が泥棒に入りたくなったら、
すぐにこの薬を飲ませなさい。
きっと、泥棒が出来なくなるはずだ。
それを何度か繰り返せば、そのうちに泥棒癖も
治るだろう」
「ありがたや、ありがたや」 おばあさんは赤ひげ
先生に何度も頭を下げると、喜んで帰って行き
ました。
さて、この出来事を奥から見ていた赤ひげ先生
の弟子たちは、感心した様子で尋ねました。
「薬で、泥棒の癖まで治せるとは知りませんでした。
それで一体、どんな薬を処方されたのですか?」
すると、赤ひげ先生は、「ん、お前たちも良く知っ
ている薬だぞ。
薬というものは患者の症状に合わせて、医者が
それに見合った薬を選ぶのじゃ。
お前も医者になったつもりで、わしがどんな薬
を出したか考えてみなさい」 と、言いました。
弟子たちは頭をひねって考えましたが、泥棒を
治す薬なんて見当もつきません。
「先生、降参です。私たちでは、とても無理です。
是非、その薬の作り方をお教え下さい」
すると赤ひげ先生は、ひげをなでながら言いま
した。 「わしは、肺臓(はいぞう)をかわかす薬を
包んでやったんじゃ。
肺臓をかわかすと、咳(せき)が出るだろ。
咳がゴホゴホと出れば、泥棒どころではない
からな。あはははははは」
それを聞いた弟子たちは、やっぱり赤ひげ先生
は日本一の名医だと思ったそうです。…
三林さんは大阪芸術大学の短期大学部で演劇
の身体表現を教えていました。
その時に、まず姿勢と挨拶を徹底的に教えたと
いいます。特に挨拶です。
「先生、どうしてそんなに挨拶が大事なんですか」
と尋ねる生徒に、
三林さんは「何を言っているの。人間としての
基本中の基本ですよ。これがきちんとできたら、
あとは自然にできるものよ」と言われたそうです。
その学校では毎年、新入生が入ってくると上級生
が「学長」、「学部長」、「学食のおばちゃん」、
「掃除のおじさん」というような名札をつけて校庭
に立っています。
あらかじめ新入生には「門をくぐってから名札
をつけている人を見つけたら、全員に挨拶を
してから校舎に入りなさい」と伝えておきます。
新入生達は名札を見て、学長だと「おはよう
ございます」と丁寧に挨拶し、掃除のおじさん
だと「おはよう」と通り過ぎていくそうです。
それを見て、三林さんは叱りました。
「どうしてあなたは役職によって挨拶を変える
んですか?」 叱られた女子学生はワンワン泣
いたそうです。
そこから学生達の態度が変わり始めるの
だそうです。
三林さんは言われます。 「卒業して多くの学生
がオーディションを受けます。
その時に挨拶をしただけで、『合格』と言われた
学生が何人もいました」
一つのことを、しっかり続けていくだけでこの
ように人間が変わっていくということです。
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