その①、その②の続き
『海のトリトン』の最終回は、そのどんでん返しが衝撃的だった。それまではトリトン族=善、ポセイドン族=悪という構図になっていたが、後者が前者を根絶しようと、トリトンを執拗に襲った理由が明かされる。ポセイドン族の先祖はアトランティス人によって生贄にされる人々であり、オリハルコンの神像のパワーによって死ぬところを生き延びた。そして彼らはアトランティス人に復讐を開始、大陸を沈めるも、その直前アトランティス人も対抗する新種族とオリハルコンの短剣をつくり上げていた。その短剣を持って生き延びたのこそトリトン族、つまりトリトンの先祖であり、ポセイドンの怪人たちが5千年前からトリトン族は我らの仇だったというのも説明がつく。
つまり、復讐の連鎖がその背景にあり、トリトンがそれを知ったのも敵の本拠地に乗り込んでからだった。ここで彼は既に両親が惨殺されていたことを知る。もしかすると両親は生きており、最終回で感動の対面…という展開でなかったのはリアリティはあるにせよ、やはり救いがないラストだ。さらにトリトンが意図しなかったにせよ、オリハルコンの剣を本陣で抜いたため、ポセイドン族全てを滅ぼしてしまう。ポセイドン像の地下にあった遺跡に下りていったトリトンが見たのは、非戦闘員の累々たる死体。母子と思われるが、幼児を庇うように倒れている若い女の姿が映される。
ポセイドン族の長老の遺した遺言も凄い。ほら貝がボイスメッセージとなっているのは海洋冒険アニメらしいが、開口一番「トリトン、これがお前の犯した罪だ」。そして自分たちの先祖が生贄にされていた過去を話し、「やっと生き延びた一万人足らずの我々を殺すためにお前は戦った」と逆恨みを言う。「我々はこの狭い世界を出て、平和に暮らしたかっただけなのだ」と自己正当化の果て、最後まで恨みつらみを重ねる。「ポセイドンの像を動かしたのもトリトン、お前だ。我らポセイドン族をすべて殺したのもトリトン、お前だ。像を倒さぬ限り世界が破壊されるようにしたのもトリトン、お前だ!」。
こう言われてはトリトンも「違う!みんなポセイドンが悪いんだ!」と返す他ない。そもそも、トリトンはポセイドン族のことはもちろん自分達一族のルーツさえ知らず、ポセイドンの側もトリトン族の遺跡を破壊、その歴史をトリトンに知られぬように抹消していたのだった。それでいながら5千年前の生贄の話を持ち出し、その末裔を糾弾する。そのような民族なら現実に地上にもいる。己の聖典には得意げに異教徒抹殺を誇張して書き連ね、現代も異民族にあらゆる迫害を行いつつ、ホロコーストを受けた、許せないという類が。「我国は歴史上、他国を侵略したり、他国の領土で殺人・放火をしたことはない」と、外務省副報道局長が大妄言を吐く国が東アジアにも。
ポセイドン族が恨み重なるトリトン族やその味方をした生き物を虐殺したのはまだしも、争いに無関係な地上の人間や海の生物の平和や命を奪ったことに弁護の余地はない。2chの「海のトリトン Part4」というスレッドで、666番のカキコが振るっている。「ヘプタポーダ他ポセイドン族に似た人達=争いに全く無関係だった地上の人間」「ラストでポセイドン像の地下に居た人達=地上の人間から作った戦闘員にトリトン抹殺を任せて遊び暮らしてたニート」。
ポセイドンの像を倒し、海に平和が甦り、主人公は何処かに旅立つというラストで幕となる。wikiには「トリトンとピピはイルカたちに別れを告げ」とあるが、これは間違いであり、ルカーの背に乗ったまま太陽の方角に向かっている。像を倒した後、トリトンの台詞は全くないので、その心情は想像する他ないが、感無量ではなかったか。『宇宙戦艦ヤマト』のようにガミラスを破壊した後、「我々は戦うべきではなかった。愛し合うべきだった」等といえば、いかにアニメでも安易過ぎる偽善だ。
その後、トリトンはどうしたのか、色々空想が膨らむ。いずれにせよ、もう陸には戻れないだろう。19話「甦った白鯨」に意味深いシーンがある。ある港町に漂着したトリトンだが、町の人々は彼を介抱するどころか声もかけず、遠巻きにして話しているだけなのだ。普通、子供が漂着して倒れているならば、例え見知らぬ外国人でも大人は助けそうなものだが、手を出しもしない。奇妙な衣服と緑色の髪のトリトンを人間の子供とは見ておらず、得体の知れぬ生き物と思っていたのか。むしろ、トリトンに関心を示す人間の方が危ないのかもしれない。陸の人間もポセイドン族に劣らず残忍な者もいるし、海棲人の遺伝子操作でスーパーソルジャーを作り出そうと考える科学者もいるだろう(『ダークエンジェル』か)。
おそらくピピとの間に沢山の子供を儲けるだろうが、気の強い妻の尻に敷かれ、海の英雄もタダの海人として生涯を終えました…などと私は想像している。トリトン族の女が他にいないならば、浮気も出来ない。
ネット検索をしたら、youtubeで英語の字幕つき海のトリトン初回もあり、最終回、さらにロシア語バージョンまでヒットした。そして詳細な解説がある「少年少女海洋冒険物語Tの拾遺」というHPも。
このアニメはそれまでの単純な勧善懲悪の型にはまらない作品なので、それだけ強い印象があった。ただ、可愛い人魚や話すイルカ(奇妙な東北弁を話すイルカも)が登場、明るいストーリーなら、絵空事のアニメで忘れ去られていたことだろう。
よろしかったら、クリックお願いします
最新の画像[もっと見る]
-
禁断の中国史 その一 2年前
-
フェルメールと17世紀オランダ絵画展 2年前
-
フェルメールと17世紀オランダ絵画展 2年前
-
フェルメールと17世紀オランダ絵画展 2年前
-
第二次世界大戦下のトルコ社会 2年前
-
動物農園 2年前
-
「覇権」で読み解けば世界史がわかる その一 2年前
-
ハレム―女官と宦官たちの世界 その一 2年前
-
図解 いちばんやさしい地政学の本 その一 2年前
-
特別展ポンペイ 3年前
私も初めて見た小学生の頃は、あまりストーリーを理解できなかったと思います。特に最終回は難しすぎる。ポセイドン族が過去は被害者だったいうのは衝撃的なラストでした。それが一転、加害者になったという展開もスゴイ。海の抑圧者に勝利したトリトンのやるせない表情も印象的です。
「トリトン、キタ」等と、トリトンを常に探索、居場所を知らせる情報係イソギンチャクの無機質な声も個性的ですね。実はこの声の主はイルカ三兄弟の末のフィンと同じ女性の声優で、彼女は『アルプスの少女ハイジ』でハイジを担当したことがwikiに載っています。また、このアニメのタツノオトシゴは毒針を吹く暗殺隊という設定でした。
このアニメの女性ファンと違い、男性ファンにはあのわがまま人魚は結構評判が良いそうとか。やはり可愛い人魚は許されるようで、人魚が出ない海洋アニメなど、考えられない。あと、眼鏡をかけたイルカはイル、イルカ三兄弟の長男です。
「アトランティスから来た男」、これまた懐かしい~!土曜日に放送していたのを憶えています。こちらは筋骨たくましい若者でしたが、あの泳ぎ方はまさに人間離れしていましたね。短期間で終了となったので、あまり人気がなかったのでしょうか。
「ダラス」も懐かしい~。「アトランティスから…」の俳優さん、こちらでも正義漢の役だったような。富豪家族のドロドロ愛憎劇は日本で受けが悪く、打ち切りになりましたね。
そう言われれば、結構ストーリーの内容は理解できないで見ていたのかもしれません。大人の目でみると、また違った楽しみがあるのでしょうね。(やるせなさを感じるかもしれませんが…)
私の中でとても印象に残っていたのは、トリトンの情報を知らせるあの機械音のような声です。確かタツノオトシゴも出てきましたよね。海の中は、よくわからない神秘の世界でしたので、とてもドキドキしながら見ていました。
そう、ピピもいましたね。あのわがまま人魚、子供心にも「やな感じ!」と思っていました(笑)。ルカの他のイルカ達もいいキャラで、メガネをかけたイルカもいましたっけ!?
これも子供の頃の番組で、内容ははっきり覚えていないのですが、確かNHKで放映していた海外ドラマ「アトランティスから来た男」という番組をご存知ですか?アトランティスの生き残りという男性が主人公で、手の指の間に水かきがあったのが印象的でした。主人公の俳優さんは、ドラマ「ダラス」にも出ていた方です。この主人公が海をすいすい泳ぐのですが、その泳ぎ方が人間離れしていて、人魚のように身体をまっすぐにしてくねらせて泳ぐんです。
どうもトリトンを思い出すと、一緒にこの「アトランティスから来た男」も思い出します。
私は未だにガンダムを未見ですが、トリトンと監督が同じ人物だったことを遅ればせながら最近知りました。
「反社会学講座」並びに「ぜんまい侍」も未見ですが、日本型ヒーローが善悪不明になるのは非一神教世界という背景があるのかも。私が見た数少ないインドの小説も善悪不明で相対的な傾向が見られます。
鉄人28号も相対的と言えば相対的でした。
マリオ・パッツォリーニ「反社会学講座」だと日本のヒーローが正義の味方であることがそもそも相対的なものにすぎないことをあらわしているそうです。
善をなすヒーローというのは「ぜんまい侍」だけだそうで。