トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

海のトリトン その②

2009-09-29 21:22:22 | 音楽、TV、観劇
その①の続き
 制作が昭和47(1972)年なので、現代からすれば差別的と見なされる箇所や表現もあり、私が見ているDVDのはじめにも“諸般の事情により”音声カットされた箇所があるとの断りがある。そのような言葉狩りこそ表現の自由を奪う全体主義の温床となるのだし、恐ろしいことだと思う。この件でネット検索してみたら、「きちがい」「めくら」「場」等の言葉が対象となっていたようだ。先の二つはまだしも、最後の「場」が消されたのは全く解せない。刺激が強いというなら、敵の怪人レハールの台詞「わしの海をお前(トリトン)の流す真っ赤な血で洗い清めてくれよう…」の方がキツい。大人が聞いてもインパクトがあり、異教徒の流血で聖地を清めたと感涙していた十字軍時代の西欧人と同じ感覚である。

 当時はアニメや漫画でも女が闘う作品はまずなかったし、アニメに登場する女キャラクターは優等生型のお嬢様タイプか、ちょっとお転婆娘くらいだった。「月に代わってお仕置きよ!」とタンカをきる美少女戦士が活躍するアニメはずっと後に作られており、あの『ベルサイユのばら』の原作が始まったのも昭和47年だった。アニメでも女は淑やかさが求められていた時代であり、『海のトリトン』にも「女のくせに生意気な」の台詞がでてくる。これは主人公ではなく、敵側の南太平洋の司令官ポリペイモスが北太平洋の女司令官ドリテアに向かって吐いた言葉。音声カットされなくて本当によかったが、現代のアニメなら考えられないだろう。

 おそらく『海のトリトン』で最も人気のあるキャラクターは、主人公を除けばポセイドン族の女戦士ヘプタポーダかもしれない。怪人ばかりのポセイドン族には珍しい美人型。彼女に対し、ピピの「貴女、それでも女?」という台詞があり、闘う女は当時珍しかったのが分る。ピピは絶対に戦闘には参加せず、「助けて~、トリトン」を叫んで足を引っ張ることもしばしばというキャラ。ヘプタポーダの武器は、彼女が従えている魚を手に取るや剣に変わる「生きた剣」。これを投げつけて相手を倒す。wikiにはこの魚はカマスと説明されていたが、干物食用する現実社会と違い、武器になるのがアニメの世界。カマスも種類により水中で人を襲うこともあるそうだ。

 ヘプタポーダに対するトリトンの言葉や態度は面白い。彼女がポセイドンを裏切ったこともあるにせよ、「ポセイドン族のあの人は?」「ぼく達と一緒に来ませんか」と言っている。ピピや仲間のイルカ達には「俺」の一人称を使っていたのに、やはり美女には言葉や態度も違ってくるのか。「クレヨンしんちゃん」でも、主人公がきれいなお姉さんにデレデレ、「男の性(さが)でしょうか」と言っていた。アニメの世界だけでなく、知人の女性からも幼稚園児の息子が若い美人を見ると機嫌が良くなるという話を聞いたことがある。将来、色魔にならないことを願いたい。

 第21話で、トリトンがサンゴに絡んだヘプタポーダの髪を解くシーンがある。子供の頃には単なる親切行為としか見てなかったが、改めて見るとこの場面が少し長めなのだ。敵の怪人や怪物を倒すのと同じ手で、丁重に美しい年上の女の長い髪を扱う少年。そこに隠された思いばかりでなく、性的意味合いを感じたのは私だけだろうか。どうもオトナになると不純な見方が入るようになる。
 ヘプタポーダの惨殺直後の「オーリーハールーコーン!」は、シリーズ中最も強烈だったように思える。彼女をきちんと陸に埋葬するシーンもいい。人魚やイルカの仲間達には出来ないので、全て自分で行い、声を上げず静かに泣いている。以前のようにルカーにすがりはらはら涙をこぼすのではなく、これは大人の泣き方だ。戦士として共有するものもあり、ピピには決して分かち合えない思いもあったはず。ピピが涙1つこぼさず側で見ていたのも意味深だ。

 かつてはアニメの少年キャラクターも殆どは『鉄腕アトム』が典型の品行方正の優等生、『ゲゲゲの鬼太郎』も原作より上品に改ざんされている。良い子タイプキャラが主流の中で、トリトンはやはり異なる。初期の頃は怒るか泣くか、とかく感情を露にしていたし、言葉遣いも荒っぽい。温厚で資産家の博士に育てられたアトムと浜育ちで養父は漁師のトリトンの違いもあるにせよ、優等生キャラに厭き厭きしていた私には新鮮だった。
 このアニメのヒロインは同じトリトン族だが人魚のピピ。こちらもお嬢様タイプが多かった時代には珍しい徹底したワガママ娘。初めての出会いからトリトンとケンカばかりしている。そのケンカは見ていて面白く、後にナレーションどおり「二人は身も心もしっかり結ばれて(子供同士ゆえ性的関係は全くない)」からは、少しつまらなかった。

 ピピが我がままになったのも育ち方にあり、アザラシたちの世界でかしずかれ、王女様のように大切に育てられ、王女様のように振舞うようになったのだ。対照的に閉鎖的な漁村で疎外されて育ったトリトン。養父の一平じっちゃんは慈しんだが、決して甘やかしはしなかったはず。トリトンは緑色の髪が特徴だが、それゆえ村で白眼視され、あの負けん気の強さも劣等感の裏返しに見える。
 彼らのケンカは男の子と女の子のすれ違いそのものだった。育ちも性も違い、子供同士ゆえ相手の気持など分らず、お互い憎まれ口を叩きあう。ピピの我がままにキレ、つい殴ったこともあるトリトンだが、後で悪かったと反省しても意地もあり謝れないのは子供だからだ。ただ、平気で嘘をついたり騙したりするのは大人の女もやっており、子供の頃から女はこの手を使う。2人が真に結ばれるのも、少年が殴ったからではなく、隠れ家である島も失い、漂浪する羽目になって以降。生き延びるため、手を携える他なかったのだ。過酷な運命こそが彼らを成長させていく。
その③に続く

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