トーキング・マイノリティ

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池内紀氏の訃報に想うこと その①

2019-10-16 21:15:22 | 世相(日本)
 8月30日、ドイツ文学者の池内紀氏が78歳で死去された。朝日電子版によれば死因は虚血性心不全らしいが、死が報道されたのは9月になってからなのだ。河北新報でも9月初めに訃報が載り、11日付で追悼コラム「池内紀さんを悼む」が掲載された。執筆者は同業者である早稲田大学教授・松永美穂氏。
 本来このエントリーは9月後半にアップする予定だったが、ちょうどこの頃自宅用PCが“突然死”したため、遅ればせながら書くことにした。池内氏の訃報で学者という人種について改めて考えさせられた。

 死者を悪く言わないことを良しとする日本の習慣に従い、この種のコラムは概ね称賛一辺倒になりがちなのだ。松永氏のコラムもその例にもれず、中央部には「言うべきことを言い続けた」という見出しがある。見出しだけ見れば、物事に臆することなく意見した直言居士といった印象。件のコラムはこう結ばれていた。
ご存命中の最後の本は「ヒトラーの時代」になった。むすびの部分に池内さんの思いが詰まっている。ずっと気になる存在だったヒトラーと対峙し、彼がのし上がる過程を分析しただけではない。あの時代を他人ごとと思うなと、現代の読者に鋭い警告を発している。最後まで、言うべきことを言い続けた。池内さんが遺してくれたたくさんの大切なことばを、あらためて胸に刻みたい。

 未読だが池内氏の最後の著作『ヒトラーの時代』は知っていた。7-30付で「スポンジ頭」さんからこんなコメントを頂いていたからだ。
―高名な方でも専門外の事に手を出すと大失敗する例です。それでも、参考文献を掲載されていますが。
https://togetter.com/li/1380781

 リンク先のタイトルはズバリ「中公新書「ヒトラーの時代」の内容がひどいらしい」、まとめサイトには数多くの批判が寄せられている。連投者が多くいて、批判する側もかなりマニアックらしい。内容的には事実誤認が多いそうで、以下はコメントの一部からの引用。
ドイツ文学者なのにドイツ語力すら疑われるレベルの間違いもあるようだ
ドイツ近現代史研究者に批判されてる
全体的にはそれほど大きく道を踏み外してはいないだが、数十年前の研究水準にとどまっており、所々に初歩的な誤りが見られるので、学生にはとてもじゃないけど勧められない

 ドイツ語を全く読めず、ドイツ近現代史にも無知な私が読んだら鵜呑みにしていたかもしれない。なんといっても著名なドイツ文学者だし、出版社はお堅いことで知られる中公新書、池内氏の新書を読んだ他の一般人も気付かなかっただろう。著者よりも出版社の姿勢を疑問視する意見もあった。
内容が不正確でも著者の知名度で販売部数が稼げるからOKという戦略は、長期的に見ると版元のブランド、イメージを毀損するのでやめた方がいいのでは」(FUKE Takahiro さん)
まああれくらいの大御所になると校閲が何を言っても聞かないのでそのまま強行突破しちゃったのかもしれない」(Daisuke Tanoさん)
池内さんにヒトラーのことを書いてもらおうと考えた、さらにヒトラーでなく、「ヒトラーの時代」をと思いついた編集者による企画の勝利ではないか。意表をつかれ、池内さんの描く独裁者を読みたくなったからだ」(かねたく さん)

 特に興味深いのは、ご子息である池内恵氏が7月29日にこのサイトに登場していること。3頁目には恵氏による連投があり、十数件の書き込みは身内ならではのものだった。初書込みではこうあった。
万年筆で書いているので今の編集者が判別できなくなった+気力体力が落ちて推敲・校正が十分にできなくなっているなど、様々な原因が考えられます。昨年夏の酷暑で体調を崩してから、急激に後ろ向きになったと観察しています。不義理なもので年に一度も会うことはありませんが
その②に続く

◆関連記事:「ドイツ文学者の息子

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