トーキング・マイノリティ

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イスラエル・ロビー その①

2007-12-20 21:21:21 | 読書/ノンフィクション
ユダヤ人が我々にとって耐え難い存在であるのは、自分たちは帝国の他の住民とは違うという彼らの執拗な主張にある。

 古代ローマ最大の歴史家タキトゥスはユダヤ人についてこんな言葉を残している。彼の生きた時代から2千年近く経ても、ユダヤ人の特異性は殆ど変わっていないと痛感させられた本が、『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(講談社)。この本はシカゴ大学教授ジョン・J・ミアシャイマーとハーバード大学教授スティーヴン・M・ウォルトの2人の学者による共著であり、全2巻からなる。

 ユダヤ系アメリカ人は全米で人口の3%弱ほどしか占めていない。しかし、2005年時点で、米国のイスラエルへの直接的・軍事援助はほぼ1,540億ドル(1$120円で概算し、18兆4千8百億円)に上り、その大部分は借款ではなく直接援助金なのだ。また、対外援助予算には含まれていない別の形での物的援助もイスラエルに行われているという。もちろん米国はイスラエルの他の多くの国にも援助をしているが、援助金の使途が説明不要な唯一の国なのだ。公的援助のみならず、米国市民から受ける個人的寄付は推定年20億ドル(2千4百億円)。群を抜くどころか、まさに桁違いである。

 このような厖大な援助がイスラエルに行われる大きな背景に、著者たちは<イスラエルロビー>の存在があると力説する。人口比とは逆に米国でユダヤ系が政治、経済、文化などあらゆる分野を牛耳っていると、よく言われる。米国では利益集団が国営に対する見解の形成に影響を及ぼそうと、日々競い合っており、様々な業界団体、民族集団のロビイストたちが活躍している。<イスラエル・ロビー>を著者たちは「米国の外交政策を“親イスラエル”にするために、積極的に働きかけを行う個人と団体の穏やかな連合体」を指す用語として使っている。繰り返し著者たちは秘密結社や陰謀集団の類ではなく合法であり、この連合体が一致団結し、全員一致した意見や主張を持つものでもないと言う。

 本の表紙カバーの裏に<イスラエル・ロビー>に登場する主な団体と組織名が14挙げられており、いくつか紹介したい。
AIPAC-米国イスラエル広報委員会ADL-名誉毀損防止連盟AEI-アメリカン・エンタープライズ研究所
CAMERA-米国における正確な中東報道を求める委員会CUFI-イスラエルのためのキリスト教徒連合
MEF-中東フォーラムZOA-(米国シオニスト協会、米国ユダヤ人会議、米国ユダヤ人委員会、ハドソン研究所の連合)

 本で最も多く登場するのはAIPACであり、豊富な資金を持つこの団体はアメリカの中東政策で最大の影響力を誇る。<イスラエル・ロビー>メンバーはユダヤ系ばかりでなく、キリスト教徒も少なくないらしい。キリスト教徒のシオニストさえおり、彼らはいかなる形でもパレスチナ人への領土上の譲歩に反対する。米国のキリスト教徒シオニストの'96年における決議は、実に中世人さながらの神秘主義で唖然とさせられる。
神が神の民に約束した地は分割されるべきものではない。各国がイスラエルの地のいかなる部分においても、パレスチナ国家なるものを承認することは大きな誤りとなろう

 2人の著者は共にイラク侵攻を批判、ネオコン学者と対立している。ネオコン学者の一人に著者はバーナード・ルイスを挙げており、イラク戦争に最大の思想的影響力を与えたのがルイスだと言う。私は以前ルイスの著書『イスラーム世界の二千年』(草思社)を読んだことがあるが、確かにユダヤ教には好意的な視点で書かれており、イスラエル建国のもたらした悪影響にはまず触れなかった。
 イラク侵攻やネオコンを批判するだけなら問題ないが、日本人の大半が自由な言論を保障されていると思い込まされている米国でイスラエルに対する批判はタブー視され、開かれた議論も行われず、政治家や著名人がイスラエル批判を迂闊に口にしようものなら、“反ユダヤ主義者”のレッテルを貼られ、社会的に抹殺されるという恐るべき事実が描かれている。

 圧巻は第5章「政策形成を誘導する」、第6章「社会的風潮を支配する」。見出しだけでも5章は(アメリカ合衆国議会を牛耳る/親イスラエルの合衆国大統領を誕生させる/政権を<イスラエル・ロビー>側に引き止める)、6章(メディアは一つのメッセージしか発信しない/一方向からしか考えないシンクタンク/学会、教育界を見張る<イスラエル・ロビー>/不快な戦術/新しい反ユダヤ主義/大きな消音装置)…
 <イスラエル・ロビー>は民主党だけでなく、共和党にも抜かりなく巨額の選挙資金を渡し、候補をイスラエル支持者にさせてしまう。一方、アラブ寄りと見なした候補には<イスラエル・ロビー>はメディアなどを通じ、容赦ないバッシングを行う。
その②に続く

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