トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

本屋いりますか?その①

2019-07-10 22:10:12 | マスコミ、ネット

 日本全国での書店減少は治まりそうもない。殊に地方の書店経営者には死活問題だが、6月18日付河北新報の「座標」というコーナー(第7面)に書店店主からの投稿が載っていた。今回の記事のタイトルもそれからの借用で、以下の色字はその全文。

山下賢二『ガケ書房の頃』(夏葉社)に「国民投票」という章があり、次のように始まる。
「実は僕たちは今、『その町に本屋がいるかどうか?』という議題の国民投票をしている
 書店で本を買うことが「町に本屋が必要」という1票になる。書店にしろ通販にしろ電子書籍にしろ、購入するときにそういう意識を持っている人は多くないかもしれないが、町の書店がくなるかどうかはその「投票」による。

 われわれの全ての行動は何らかの「投票」になっている、と考えていいだろう。大昔から「投票」を繰り返してきた結果が現在なわけだが、我々の生活は本当に進歩して便利になっているだろうか。
 交通機関で考えてみる。
 自分の車で通勤する方が融通が利いて楽である。だが、いざというときの代替手段として公共交通機関は存在していてくれた方がよい。それも、路線や便数や料金などが手頃な状態であってほしい――と考える人は少なくないと思うが、現実には、路線は減り便は間引きされ料金は上がっているし、それどころか廃止されて自分の車しか移動手段がなくなってしまったりする。果たしてわれわれの「投票行動」は適切だっただろうか。

 さまざまな「投票」は「なんとなく」「みんながそうだから」「誰かが言っていた」というレベルで行われていて、「『いらない』多数という結果が出たらしばらく後で「本当になくなっちゃったの?」と慌てている、ということが繰返されているのではないか。公共交通機関に限らず、一度なくなったものはそう簡単には復活できない。なくなってしまってから「そんなつもりじゃなかった」と言っても手遅れである。
 この「投票」が選挙と違うのは、「何もしない」もカウントされる、ということである。無関心でいることは「いらない」票となってしまうのだが、それは逆に、ちょっとしたアクションを起こすだけで「いる」票に変わる、ということでもある。

 車を捨てる必要はない。荷物が少ないときや時間に余裕があるときはバスを使う、と考えてみるだけのことだ。深く考えもせず常に車を使い続けると、それは「公共交通機関なんかいらない」という票になる、ということにだけ留意したい。
 書店も同じである。「町に本屋なんかいらない」という投票をしてしまう前に、本当になくていいのか、次のメディアは本当に代替手段として機能するのか、本屋がなくなることで自分以外の人は困ったりはしないか、例えば子どもたちが育つ環境として適切なのか、ということも考慮に入れてみてほしい。当然、書店の方も新しい価値を提示する努力はする。

 この国民投票の期限はそんなに先ではないようだ。今、考えて「投票」する必要がある。少なくとも後で「ほんとに本屋なくなっちゃったの?」などと言わないようにしたい。それは「なくなった」のではなく「なくしたのだから

 このタイトルの右にはより大きな文字で「将来考え国民投票を」」という見出しがある。投稿者は秋田市の「乃帆書房」店主・大友俊氏。秋田在住の大友氏は5月21日付でも何故か宮城の地方紙・河北新報にコラムを投稿している。前回のコラム「難しい読書感想文」を見た時も極論を述べる傾向がある人物だと感じたが、今回は極論がより明確に表れる内容となった。

 先ず感想を一言でいえば、「何この上から目線?」だった。いかに秋田市にせよ、今どきこんな殿様商売気分でよく書店経営がやれる……と呆れた。コラムは書店がなくなったら困るだろ?子供の育つ環境にもよくない等とあからさまな脅迫と、本屋はなくなったのではなく、なくした側にあると責任転嫁するかたちで締めくくっているのだ。むしろ本嫌いよりも、書店の経営を支えるはずの本好きな読者の方が不愉快な思いにさせられたのではないか。

 まるで本屋に本を置いていれば売れる時代のような書店経営者感覚で、文面だけを見れば年配者のような印象を受ける。だが2018年1月31日付の朝日新聞電子版記事によれば、大友氏が書店を開いたのは2018年1月6日、当時氏は53歳で開店前にはIT会社の技術者をしていたことが載っている。'60年代生まれなので、書店概念も昭和時代のままで止まっているのやら。
その②に続く

◆関連記事:「難しい読書感想文

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12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
田舎と大都市 (motton)
2019-07-11 10:48:26
実家はど田舎だったので、中高は市内にバス通学していました。市内といっても高知なので何にも無いわけで、バスの待ち時間は本屋にいました。(読むのは、SF、歴史、科学、漫画程度だったのですが。)
大学で大阪に出て社会人になって首都圏に来ましたが、本屋の品揃えが圧倒的で嬉しかったです。

しかし、今思うと中高時代に Amazon があったら人生が変わっていたでしょう。読んだであろう本が、質、量ともに全く違っていたでしょうから。

だから、本屋は好きですが、大都市の(電子化できない本を多く揃えるような)個性的な本屋以外は厳しいでしょうね。地方ではどうしようもない。

でも、代替手段がある書物や映画はまだマシです。
田舎と大都市では文化面の格差が圧倒的なんですよね。美術館や博物館、スポーツや演劇などの観戦、絶望的な格差があります。田舎だとそれらの楽しさを知る機会すらありませんから。逆に大都市に生まれるとそれらによる豊かさが当たり前ではないことを知らない。
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本屋はぜひとも生き残って欲しい! (mobile)
2019-07-11 16:37:43
何といっても自分が読んだ本を紹介するブログを書いている所為もあるのですが、やはり紙の本はイイ!
場所を取るし、買ったら増える一方で全然減らないし・・・確かに不便なのですが、かつて竹簡が紙の本に取って代わられたように電子書籍に駆逐される時代が来るのだろうか?
いや、最近の若い衆はそもそも本を読まない!ワシ等に比べると知識量が全然足りぬワ!
で、こんな番組が成り立ってしまう。
→『そんなコト考えた事なかったクイズ「トリニクって何の肉!?」』
https://www.asahi.co.jp/toriniku/
ああ、日本の将来は暗い!
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Re:田舎と大都市 (mugi)
2019-07-11 21:35:09
>motton さん、

 私の学生時代の仙台も田舎だったし、小中は徒歩でも高校はバス通学でした。バスの待ち時間は本屋で時間を潰し、読むのは、SF、歴史、科学(雑誌ムー)、漫画程度だったのも同じです。中学校近くにあった本屋と違い、町中心部の本屋は品揃えが豊富で楽しみでした。

 今の中高生はその意味で恵まれていますが、「若者の読書離れ」が叫ばれています。尤も私の若い頃も最近の若者は読書しない…などと言われていたし、メディアが大袈裟に取り上げている可能性もあります。

 私が好むのはどうしてもマイナー傾向の本が多く、そのような本は地方都市では扱っていないことも多いのです。先日、ある文庫本を買いに行ったら、扱っていないため取り寄せとなりました。比較的大きな売り場面積の書店でもダメなのです。最初からネットで注文すればよかった、と思いましたね。

 地方だと未だに殿様商売の本屋もあると思います。仙台もかつては本を買っても店員が礼も言わない老舗書店がありました。この本屋が潰れたのは時代の流れでしょう。
 美術館や博物館、スポーツや演劇などの文化面の格差は、本当にどうしようもないですよね。これは他国でも同じと思います。
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近頃の本屋 (スポンジ頭)
2019-07-11 22:30:14
 こんばんは。

 近頃の本屋は少子化やネット通販の関係で、本以外に飲食や珍しい雑貨類を購入できるようになっていますね。料理本の横に食材や料理道具、旅行本の横に旅行申し込みコーナーなどを併設したりしている例もあります。時間貸しのミニ会議室もあります。
 もう、本を購入する目的だけでは本屋に足を運ばない、ということですね。今存在する本屋はネット通販では手にできない「くつろぎ」の感覚や「体験」をお客に与えないと競争できないようです。

 とある本屋に行った際、結局飲食だけして帰りましたが、とりあえず足を運んでもらわなければ行けないのだと感じました。
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いきのこる本屋は (madi)
2019-07-12 04:27:21
地方の小さい本屋だと学校の教科書販売の利権でいきのこっています。これも電子化されていったりすると医学系の教科書だと売り上げ激減とかにもなっています。
 配達と割引があると配達の際に注文がとれますからいきのこっていきますね。官庁街だと法律書の雑誌の定期購読はむかしはおおきかったのですが、これも電子化の流れで若手弁護士はまず本屋からは買わなくなっています。
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Re:田舎と大都市 (motton)
2019-07-12 10:26:03
妻も似たタイプなんですよね。30才での初デートの話題がディック(彼女が中高で読んでいた)でしたからね。彼女の家の近くにマニアックな本屋があって二人で良く行っていました。
おかげで、もう本棚がいっぱいで、私の方は最近は Kindle だけです。

ところが、小6の娘が本を読まないんですよね。図鑑のようなものは好きなのですが、小説を読まない。塾や習い事で忙しいというのもあるのですが、読解力や語彙力に影響が出ているのが心配です。
両親に似て、幼くて感受性が強い子なので、読み始めたらいくらでも読みたがると思いますが。

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Re:本屋はぜひとも生き残って欲しい! (mugi)
2019-07-12 21:36:39
>mobile さん、

 私自身も「読書ブログ」をしているので、本屋は生き残って欲しいという思いは同じです。ただ本屋の中には文化人気取りで、己が地方文化の担い手であると自惚れる輩もいます。特に田舎にはこのタイプが少なくない。

 アナログ世代なので電子書籍よりも紙の本に馴染みがあります。特に写真集では紙の本に敵いません。最近の若者はスマホで漫画を見ていますが、あのちっこい画面では見応えがなさそう。あれでは目が悪くなるのは当り前。

 件のクイズ番組は未見なので批評出来ませんが、ヤラセが当たり前のТVですから、わざと知識量のない若者を出していることも考えられます。尤も私はバラエティ番組を殆ど見ていませんが。
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Re:近頃の本屋 (mugi)
2019-07-12 21:38:37
>こんばんは、スポンジ頭さん。

 さすが大都会の本屋は違いますね!仙台では飲食や珍しい雑貨類を購入できるような本屋は至って少ないのです。まして時間貸しのミニ会議室はないはず。飲食といってもせいぜいカフェのような軽食が関の山。東北はこの方面でも遅れています。

 尤も「憲法カフェ」なら仙台以外にもあります。河北新報で紹介されていましたが、護憲派のサティアンなのは丸分りです。「くつろぎ」にほど遠いのがこの種のカフェでしょう。
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Re:いきのこる本屋は (mugi)
2019-07-12 21:40:11
>madi さん、

 仰る通り地方の書店では学校教科書の販売で利権を得ています。しかし、仙台の老舗書店もかつては学校教科書や参考書を扱っていましたが、既に潰れています。

 電子化に伴い、医学系の教科書の売り上げが激減していたことは初めて知りました。さらに若手弁護士はまず本屋からは買わなくなっていたのですか。電子化によるこのような影響を知らない人も多いと思います。
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Re:Re:田舎と大都市 (mugi)
2019-07-12 21:42:34
>motton さん、

 ディックとはフィリップ・K・ディックのことでしょうか?代表作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は映画化されましたが、原作とはかなり違っていました。仙台だとSF専門店は考えられません。

 Kindle は買おうかと迷っていますが、未だに決心がつきません。私が見るのは電子化され難いマイナーな作品が多いし、図書館でも新刊を扱っていますから。

 私も小6の頃は本は読まず、漫画ばかり見ていました。塾には行かず、習い事をしなくてもいい時代でしたが、小説を読むようになったのは高校以降です。本好きなクラスメートがいると影響を受けるし、両親が本好きならば大丈夫でしょう。
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