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イランを知るための65章 その一

2014-07-19 20:40:25 | 読書/ノンフィクション

イランを知るための65章』(岡田恵美子/北原圭一/鈴木珠里 編集、明石書店)を読了した。この本ではイランの文学や芸術、宗教、歴史、風土、民族、政治経済、社会など実に多角的な観点から専門家が解説しており、期待した以上に面白かった。多少でもイランに関心を持つ方なら、満足させられる内容だろう。

 一般に日本ではなじみの薄い国イラン。イランと聞くと核開発疑惑やら厳格なイスラム国家、在日イラン人による麻薬密売などのネガティブな印象が強く、日本ではあまり好感のない国のひとつかもしれない。日本の文化にも大きな影響を与えた古代ペルシアとは別な国と思っている人も少なくないし、西隣のアラブ人の国イラクとゴッチャにしている日本人もいるだろう。
 かく言う私も中東に無関心だった未成年の頃のイラン・イラク戦争勃発時、同じイスラム教徒のアラブ人同士が何故争っているのか、と思ったほど。確かに日本とはあまりにも異質な世界ゆえ敬遠されるのは無理もないが、この本で私が共感したり、面白いと感じた個所を幾つか挙げてみたい。

 イランの墓参りを描いている第62章「生者と死者を結ぶコミュニケーション」は興味深い。イラン人は概して墓参りを好むという。首都テヘラン郊外の共同墓地でも、断食明けの大祭や犠牲祭、アーシューラーイマーム・フサイン殉教日)、ノウルーズイラン暦の元日、春分の日)はもちろん、死者の魂が自由になるとされる木曜日の午後から金曜日にかけ、墓地の周辺は大変な混雑になるそうだ。市街地から墓地に通じる大通りは渋滞し、通り沿いには野菜や果物を山積みにしたトラックが店開きしているという。

 墓地を訪れる人々は様々な表情があり、墓石の周りを囲んで座り、コーランや祈祷書を詠みながら大声で泣いている女性の傍らで、ピクニック気分で昼食を広げている家族がいる。埋葬の一部始終を録画しようとビデオをまわす人の横で、子供たちが走り回っている。墓石の周りを掃除している夫婦の元には、死者のためにコーランを詠むという老人や墓石洗いの水を売る少年が、何処からともなくやって来る。
 一般にムスリムによる葬儀や墓参りは比較的な質素と言われるが、イランでのシーア派の墓地は賑やからしい。通常、葬儀は一周忌をもって終了するが、その後も人々は機会を見つけ親しかった故人の墓参りをしているという。日本での盆や彼岸の墓参りと比べるのも一興と思うが、実は盆のルーツを古代ペルシアのゾロアスター教に求める研究者もいる。

 イランでも他国で死去した家族の遺体は母国まで運び、自宅近くまで埋葬する人が多いそうだ。62章執筆者の細谷幸子氏はイラン人の墓参りを、「人々が墓や夢を通し、死者との親密な関係を維持しているように思える」と述べており、この感性は日本人にも通じるものがある。死者は既にこの世になく、墓石が語ることはない。それでも墓参りに行く家族の心情は日本もイランもさして変わらないのだろうか。

 63章「集いの楽しみ」も面白い。イランの人々は何かにつけ、よく集う合うそうだ。古来から祝われてきたノウルーズはじめ、断食明けやシーア派信仰にまつわる数々の祭り、結婚式や男子の割礼式など、親類縁者や友人・知人が集まって食事を共にし、語り合って楽しいひと時を過ごす。
 執筆者ハーシェム・ラジャブザーデ氏は大阪外国語大学の客員教授。氏自身の子供時代の体験を描いており、1940年代後半から50年代前半のテヘラン南部の旧市街での風習という。ラジャブザーデ氏の家は10部屋もあるかなり広いもので、親戚が寄り合って暮らす大所帯だったそうだ。現代は違っているかもしれないが、当時はまだ古き伝統が息づいていたのだ。

 親戚や隣人、友人も呼び、一緒に願掛けのアーシュ(具だくさんのスープ)を料理し、食するのは遠い昔からのイランの習わしのひとつという。献立は麺入りアーシュが多かったが、肉も含めた具だくさんのスープのことも。具材は前日までに備えられ、当日には数人がかりで料理される。アーシュを混ぜれば御利益があるというので、居合わせた人々は必ず1度は混ぜることになっていた。
 アーシューラーの日には米に砂糖、サフラン、アーモンドで作られる特別のアーシュがあり、家に集った親戚や隣人はこれを昼食とした。その後、家の若い衆が近所一帯や町のあちこちに住む親戚に配って歩く。このアーシュを受け取ったら、すぐに家にある容器に移し替え、元のボウルはきれいに洗い乾かした後、庭で摘んだ赤かピンクのバラの花を入れ、礼の言葉と共に使いに返すのが礼儀だったそうな。
その二に続く

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 「イラン人が見た明治の日本
 「イラン式料理本

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2 コメント

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Unknown (鳳山)
2014-07-26 11:23:35
現在のイランに関しては知らない事が多いので、勉強になりました。
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鳳山さんへ (mugi)
2014-07-26 21:06:53
 現代イランの庶民の暮しは、日本ではほとんど知られていないですよね。墓参りやこたつの上にナッツ類や果物、お菓子が盛られている習慣は日本と同じだし、共感が持てました。
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