トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

九時の月 その五

2021-02-12 22:10:16 | 読書/小説

その一その二その三その四の続き
 ファリンの学校では「ルーミーの日」があった。文字通りイスラム神秘主義者として名高いルーミーの詩を、体育館のステージで朗読する行事である。学校では理科系の科目に力を入れ、生徒たちが薬学の道に進むことが期待されていたが、コブラ校長は新入生の保護者に常にこう言っていた。
いくら知識を仕入れても、文化に対する正しい理解なくしては人は半人前にしかなれません。ですから、あなたがたのお子さんは、かけ算の勉強と同時に、フェルドウスィー、ルーミー、ハーフェズの詩も学ばなければならないのです

 ステージに立ったファリンは、聴衆の中にいるサディーラの顔だけを真っ直ぐに見つめ朗読する。以下はその個所。
このうえなく素晴らしい愛、なんとこのうえなく素晴らしい愛を、わたしたちははぐくんでいることか、なんと細やかに、何と温かに、そう、この日光の様な愛は、わたしたちを何と温めてくれることか。
 なんと秘められた、なんと秘められている私たちの愛。だが、なんと真実な……もう一度、わたしはもう一度言う、狂喜にも似たこの愛が……
 
 だが、ファリンが詩を朗読中、銃を構えた十人以上もの革命防衛隊が体育館に押し入り、荒々しくステージに上がる。「どういう権利があって、ここに押し入ってきたのですか?」と隊長を咎める校長に対し、「俺たちは行きたいところへ行く。あんたに弁明する義務はない」とどなり返す隊長。なおも説得しようとする校長を隊長は押しのけ、ステージの床に校長は倒れる。

 革命防衛隊が押し入ってきたのは、女性の権利について書いたチラシを作った主がファリンの学校の生徒ということを突き止めたからだった。チラシにはこう書かれていた。
イランの女性が国王を追い出したのは、アヤトラ・ホメイニ師に裏切られるためだったのか?
 チラシを書いたのは、首席の優等生ラビアだった。ラビアは連行され、反革命で処刑されたと感じられる個所がラスト近くにあった。校長が隊長にいくら抗議してもなすすべもない。革命防衛隊とは、学校の校長に最低限の敬意さえ払わない野蛮人らしい。
 
 殆どの物語には敵役が登場する。ファリンのクラスの級長パーゴルこそ敵役で、学年で一番成績が良いが、生徒の行動を常に監視する告げ口屋でもあった。パーゴルが朝に決まってする演説は、「革命とアヤトラ・ホメイニ師のために、一生懸命勉強しよう」
 パーゴルは戦争で兄を3人なくしていることもあり、日頃から金持ち娘とファリンを目の敵にしていたが、ファリンとサディーラが密かにキスしているのを突き止める。

 女の子同士が抱き合い、キスしていることはイランでは大罪に当たる。校長はこのような行為は自然界の秩序に反することで、公序良俗に対する背信行為と見なされるという。日頃から不仲だったにせよ、ファリンの母さえも娘に「怪物変態」という。
 それまでは娘に優しかったファリンとサディーラの父親たちも、一転して口をきかず、冷たい態度を取り続ける。校長は娘たちを早く結婚させるよう提案するが、提案されずともそうさせていただろう。ちゃんとした結婚をすれば、「尋常ではない傾向から」救われるし、家族の面子も保たれるからだ。

 いくら会うことを禁じられていても、恋に落ちた者に理性は効かない。サディーラはファリンの家で落ち合い、2人してトルコに密入国することに決めた。しかしファリンの家に革命防衛隊が突然踏み込み、全てが露見してしまう。
 2人は同性愛の罪で逮捕されるが、ファリンとサディーラは刑務所で引き離された。ファリンが入れられた監房には数人ほどの女性がいたが、全て死人だった。監房で見知らぬ他人の遺体とすごすのは身の毛もよだつが、生きた男囚と入れられるよりマシだろう。中共あたりならやりかねないが。

 反革命者の処刑は絞首刑が多かったようだ。映画やТVドラマでは1分もしないうちにこと切れているが、実際は20分ほどかかるらしい。ファリンもあわや絞首刑になる所、父が革命防衛隊を何人か買収したため刑務所から出られることになった。迎えに来たのはアフガン人運転手アーマド。
 両親も既にイランを出国していた。防衛隊員にワイロを渡し、尋問にかけられることを免れる。ファリンの父はアーマドと結婚させる書類を作成し、報酬として金と娘を渡したのだった。車でパキスタンに入ったアーマドはこのことと、サディーラが処刑されたことを告げる。

 作者あとがきには、2013年初夏、作者はある女性と会い、女性は自分が住んでいた頃のイランについて語ったことが書かれている。それがこの本になったという。もちろん細かい個所は変えたが、この本のストーリーは女性の話した内容そのままと述べている。本書は図書館のヤングアダルトコーナーに置かれていたが、性的少数派への啓蒙のためか?

 イスラムは同性愛を絶対認めぬ宗教と思われているが、wikiの「イスラムの少年愛」には公然と少年愛が行われていたことが載っている。東洋文庫から出ているサアディーの詩集『薔薇園』を読んだことがあるが、これまた同性愛をテーマとしたものがあった。
 サアディーに限らず、美貌のサーキーへの愛を謳った詩もある。「酒姫」と邦訳されているため誤解されるサーキーだが、実は女性ではなく酌人の小姓。近世までは西欧よりも遥かに同性愛に寛容だったのに、現代はかくも非寛容になったのだ。

◆関連記事:「欧米社会は同性愛に寛容?
ホモセクシャルの世界史

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
女性の場合は? (スポンジ頭)
2021-02-13 20:09:32
 こんばんは。

 イスラム教の場合少年愛は盛んでも、女性同士はどうでしょうか?無論、女性の社会的地位からそのような記録がそれほど残らなかった状況もあると思います。

 日本の場合、「男色物」と言う近世文学のジャンルがありますが、女性関係は見たこともありません。好色一代男だと主人公は750人ぐらい少年を相手にしたと称しますが、好色一代女だと女性関連は一回しか描かれていません。社会の関心や、そのような話を好む層の多少、書き手の性別にもよるでしょうが。
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Unknown (のらくろ)
2021-02-14 09:33:29
地震、大丈夫ですか!?
9年11か月前に同じことを書いたのを思い出しました。
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Re:女性の場合は? (mugi)
2021-02-14 22:05:26
>こんばんは、スポンジ頭さん。

 私もイスラム圏での女性同士の同性愛は聞いたことがありません。単に私が知らないだけかもしれませんが、女性の社会的制約もあって容認が難しかったと思います。

 うろ覚えですがアラビアンナイトには、美しい女主人に見とれた黒人女性の奴隷がほほにキスをする話があったと思います。それを見た夫が激怒するのですが、同性愛とは違うし、夫が怒ったのが不思議でした。
 学生時代にムガル帝国の後宮を描いた細密画を見たことがあります。同性愛にふける後宮の女たちが描かれていて、ちゃんと性器まで描かれていました。尤も日本の出版物なので、際どい個所は黒丸で塗りつぶされていましたが、この種の絵を描いたのも見るのも男性のはず。
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のらくろ さんへ (mugi)
2021-02-14 22:06:06
 幸いなことに今回も我家と家族は無事でした。せいぜい飾っていたこけしが倒れた程度で、何よりも津波がなかったのは本当に良かった。
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女性の場合は? その2 (スポンジ頭)
2021-02-15 21:13:20
 結局あまり表立っていなかった上、社会的には男性の娯楽と言う扱いですね。>女性同士の同性愛 ただ、処刑とかそんな話もないのであれば、社会は「無関心」だったのかも知れません。

> うろ覚えですがアラビアンナイトには、美しい女主人に見とれた黒人女性の奴隷がほほにキスをする話があったと思います。

 その話は知りません。夫にしてみれば同性愛に見えたのでしょうか。結末はどうなるのでしょうか?

 私の知っているアラビアンナイトの話だと、女同士の駆け落ちの片棒を担いだ警察隊長の話がありました。警察隊長は二人の間柄に困惑しながらも、世間を欺く手伝いをするのです。女性の片方の父親に娘殺しの濡れ衣を着せ、そのどさくさに駆け落ちです。確か警察隊長が「証拠物件」を父親の家に置いて告発するのです。

 これは完全に犯罪で不道徳そのものですが、こんな話もありました、と言う事で。
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Re:女性の場合は? その2 (mugi)
2021-02-16 21:56:52
>スポンジ頭さん、

 先に紹介したアラビアンナイトのお話ですが、読んだのが学生時代だったし、手元に本がないので結末は全く憶えていません。夫が激高したのは同性愛を疑ったのか、単に嫉妬なのか分かりません。中世のイスラム世界では黒人蔑視が当たり前だったし、アラビアンナイトにもそれが表れているように感じました。

 そして女同士の駆け落ちの片棒を担いだ警察隊長の話には驚きました。仮にも警察隊長が女性の片方の父親に娘殺しの濡れ衣を着せるとは、いくらフィクションでも酷過ぎる。ただ、アラブでは実際にありそうですね。
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