トーキング・マイノリティ

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酔っぱらった馬の時間 2000/イラン

2014-05-07 21:10:21 | 映画

 タイトルからして奇妙に思った人も多かったのではないか?馬が酒を飲んで酔っ払うのか、と。そんな馬が登場するのがこの作品。タイトルには“馬”とあるが、実際はラバだったのが後半に判る。もちろんラバ自らが飲酒するのではなく人間が飲ませており、虐待や戯れでそうしたのではない。
 舞台はイラク国境に近いイラン領クルド人居住区の村。密輸で生計が成り立つ処でもあり、村人は密輸に携わっている。主人公アヨブもその1人だが、まだ12歳の少年なのだ。彼に限らず村の子供たちもまた密輸業で働いている。男の子だけでなく女の子も密輸業者の下で働いており、アヨブの妹アーマネも密輸品の梱包作業をしている。

 そんな子供たちが仕事帰りのトラックの中で歌う歌詞の一節はこうだった。「人生は苦労ばかり、子どもですら老いていく」。小学生くらいの子供たちがこのような歌を歌う地域が第三世界では珍しくない現実を、日本にいると認識することも難しいだろう。
 この作品はアヨブ家の次女アーマネが語り部となっている。アヨブは5人兄弟の二男。姉1人と妹2人がいるが長男マディは不治の病に侵されていて、知能も体格も三歳児なみで働くことは出来ない。母は三女出産時に死亡、父も密輸業をしていたが、国境付近に埋められた地雷を踏み帰らぬ人になった。叔父も貧しいため孤児となったアヨブ兄妹を養うことは出来ない。12歳にしてアヨブは学校を辞め一家の家長として働くことを強いられる。

 字幕にはマディは難病とあるだけで具体的な病名はなかったが、絶えず薬を飲ませねばらなず、手術の必要にも迫られていた。一家の母代りだった長女ロジーンは、手術代を工面してくれるという男のもとへ兄マディをつれて嫁ぐ。この縁談は叔父が一方的に決めたものだが、約束に反し兄だけが突き帰されてしまう。嫁いだ以上、これにロジーンは逆らえない。

 マディの病はますます悪化、手術代を稼ぐためアヨブはイラクへの密輸キャラバンに加わることを決意する。ラバに密輸品のタイヤを乗せ、厳冬の山越えをする。この時寒さに凍えぬよう、ラバに酒の入った水を飲ませる。タイトルの「酔っぱらった馬」はここから来ている。寒さの厳しいクルディスタンでは馬は育たないらしい。密輸に使うアヨブのラバは姉が結婚の結納で得たものだった。向かう先には武装した国境警備隊と無数の地雷が待ち受けている。アヨブの父も地雷で死亡したし、この危険なキャラバンに少年は挑む。

 だが、雪深い山道でも歩き通せるように酒を飲ませたラバが、倒れて動かなくなってしまう。キャラバン隊は国境警備隊に見つかり、仲間たちは方々に逃亡する。何とか追っ手から逃れたアヨブだが引き返さず、再び国境に向い歩み始める。あたりにオオカミの遠吠えが響くシーンで幕となる。

 この作品の監督・脚本・制作はバフマン・ゴバディ。ゴバディ自身もクルディスタン生まれのクルド人で、DVDの解説によればクルド語が使われた初のイラン映画という。ゴバディの他の作品『わが故郷の歌』『亀も空を飛ぶ』も舞台はクルディスタン、登場するのはクルド人。
『酔っぱらった馬の時間』はフィクションも含まれているが、クルド人の厳しい生活を描いた準ドキュメンタリーでもあるとか。映画で見る限り白一色の厳冬の風景は美しい。それだけにラストで少年が歩むシーンは胸に迫る。

 アヨブ兄弟姉妹同士は仲が良く、互いに助け合う姿は今時の先進国の映画では見られない光景だろう。父が死亡した際、アーマネにも学校を辞めて働くように言った叔父に対し、妹の勉学を勧め支えたのがアヨブ。勉強好きなアーマネに、アヨブは稼いだ金で新しいノートを買いあたえる。日本では何不自由なく手にできるノートと鉛筆が、第三世界の子供たちには貴重品であることさえ知らない人も多いだろう。2007年のイラン映画『子供の情景』でも、ノートひとつ満足買えない少女が主人公なのだ。

 この作品を見て、何と自分たちは恵まれた生活をしているのか…と嘆息した日本人が大半ではないか?先日見たブログ記事の末尾にあった言葉は考えさせられる。
夢が実現できるかどうかの前に、夢すら見られない人たちもいる。何らかの夢を持てるだけでも幸せなのだと、つくづく感じる

◆関連記事:「亀も空を飛ぶ
 「子供の情景
 「ペルシャ猫を誰も知らない

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