トーキング・マイノリティ

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パレスチナ 11/トルコ/ジュベイル・シャシュマズ監督

2012-11-04 21:10:35 | 映画

 日本では公開はもちろん、ТV放送やDVD化されることすら殆どないトルコ映画。この作品は5年前に制作され、トルコで記録的な大ヒットとなった『イラク-狼の谷』の続編なのだ。前作同様今作も1千万ドルという、トルコ映画にしては破格の制作費が使われている。今回の舞台は文字通りパレスチナだが、正確にはパレスチナ自治区である。コピーは「そこは世界で最も危険な戦場」、戦場と化したパレスチナで全編銃撃戦が展開される。

 映画の冒頭、イスラエル軍がパレスチナに救援物質を運ぼうとした支援船を強襲、多数の死傷者が出るシーンがある。2010年05月31日、トルコの支援組織のガザ支援船がイスラエル特殊部隊により攻撃・拿捕され、トルコ人9人が死亡する事件があり(ガザ支援船銃撃事件/マビ・マルマラ号事件)、前作と同じく実際に起きた事件をベースにしている。
 映画では船舶襲撃の指揮官はモシェというユダヤ人に設定されており、名前からモーシェ・ダヤンを連想してしまった。モシェも後半で主人公ポラットに狙撃され片目を失い、ダヤン同様左目にアイパッチを付けて登場している。

 事件を受け、ポラットと彼の仲間2人はパレスチナに向う。「何故イスラエルに来た?」と問う検問所のイスラエル兵に、ボラットが「ここはパレスチナで、イスラエルではない」というのは結構だが、「モシェを殺しに」と正直に答えたのは、いかにも映画くさい。そして彼ら3人組とイスラエル軍との死闘が始まる。
 今回の敵役はイスラエル軍。今作でイスラエル兵は冷酷非情な虐殺者として描かれており、非戦闘員の女子供にも容赦せず狙撃、掃討するのを躊躇わらない。民家に足の不自由な子供(それもイスラエル兵に狙撃された結果)がいるのを承知の上で、母親や祖母の目の前で、その家を破壊する。半狂乱になり飛び出した祖母にも銃撃するなど、完全にナチス化している。

 面白いことに今回のヒロインはユダヤ系アメリカ人女性シモーヌ・レヴィ。たまたまパレスチナに来ていたため、ボラットとイスラエル軍との闘いに巻き込まれ、脱出も出来なくなる。現地のパレスチナ人はそんな彼女に危害を加えるどころか、着替えの衣服や食べ物を与え、親切に振る舞う。一パレスチナ女性は「私たちが憎んでいるのは圧政者で、ユダヤ人ではない」とまで言う。「イスラムは平和の宗教」と断言するシャイフも登場するし、この辺はムスリム監督よるトルコ映画に相応しい台詞。

 イスラエル軍に捕らわれたシモーヌはパレスチナ人を迫害するモシェに、聖書の「“殺すなかれ”はどうしたの?」と食って掛かる。彼の反論は「それは“ユダヤ人を殺すなかれ”だ」。迫害を逃れポーランドから渡米した祖父母のいるシモーヌはさらに、「貴方はユダヤ人の恥」と謗り、「君は一族の恥らしい」と言い返すモシェ。レヴィの姓からも彼女は祭司階級のレビ族の出だが、弁護士家系であり、聖書解釈ではモシェの方が正しい。
 「すなわちあなたの神、主が彼ら(異教徒)をあなた(ユダヤ人)に渡して、これを撃たせられる時は、あなたは彼らを全く滅ぼさなければならない。彼らとなんの契約をもしてはならない。彼らに何のあわれみをも示してはならない」(申命記7-2)

 ボラットと対峙したモシェの昔話は興味深い。昔ロシア皇帝がトルコに攻め入った時、ユダヤ人も使ったが、ユダヤ兵の母は息子にこう言った。
朝起きたらトルコ人を殺し、休むこと。次に殺し、汗をかいたら着替えること。また殺したら夕食を。もう一人殺したら、ぐっすり眠ること
 母に息子は問う。「皆殺しにする気で行くが、反撃もあるだろう。僕が殺されたら?
 それには母も息子に訊ねる。「何故反撃するの?何もしていないのに?

 昔話をし終えた後で、モシェは「俺にも分からん。俺はお前に何をした?」と問う。ボラットの返答も意味深だった。
「母親は言い忘れたな。相手が子供のうちは、トルコの人々も我慢する。大人になったら立派な人間になるだろうとな。だが期待できないなら、我々は彼の成長を待つことはない。傍観することなど出来ないからな

 主人公と仲間たちだけでイスラエル精鋭部隊をなぎ倒すB級アクション映画だし、ボラットはジェームズ・ボンドランボーをかけ合わせた様なヒーロー。荒唐無稽と言えばそれまでだが、中東を支配するイスラエルをせめてフィクションの中では打ち負かしたいという願望もあろうか。それでも昨年公開されたトルコ映画『蜂蜜』よりはずっと面白かった。各国の映画賞を総なめにした『蜂蜜』だが、文芸作品イコール退屈の典型でもあった。

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