今年1月のNHKBS1の番組『COOL JAPAN』で、日本のコスプレについて放送していた。番組サイトには画像も載っており、放送を見た時はさすが東京にはコスプレ専門店まで豊富にあるのか…と妙に感心させられた。アニメやゲームのキャラクターに扮するコスプレには批判的な見方もあろうし、若者がやるならご愛嬌でも中高年なら見苦しいだろう。しかし、同じ仮装でも着物姿ならば、中高年の方が様になるのだ。
毎年5月に行われる仙台・青葉まつりに今年も行ってきたが、仙台藩の行列を再現した催しもあった。当時の着物姿の老若男女集団が街の中心部を歩いているのは戦国絵巻そのもので、とてもよかった。仙台藩家臣や女性たちの行列もよかったが、やはり目玉は甲冑姿の武将隊だろう。甲冑姿の男たちが歩いているのは戦国武将隊が現代に甦った印象だし、是非参加したいと思った仙台市民も少なくなかったのではないか?
かく言う私自身、どうせ仮装するならお姫様よりも武将隊の方が断然イイ。鎧を着て、槍を構えているだけで絵になろう。尤も上背もなく、体型もがっちりしていないおばさんが甲冑をまとっても、まるで様にならないだろうが。
暫く前から地元の各種イベントで、人気を集めている集団に「伊達武将隊」がある。文字通り伊達政宗や伊達成実、片倉小十郎などに扮した青年からなるグループで、関連サイトもある。最近は各地のイベントに引っ張りだことなるほどの人気らしく、私の友人もファンの1人になっている。
今月9日の土曜日、仙台城跡でのイベントがあり、友人に誘われて私も初めて伊達武将隊を直に見てきた。驚いたのは、観光バスに乗車してまで来ていた追っかけ女性がいたこと。しかも、彼女らの多くが若くはない。30代~40代くらいが中心に見えた。追っかけといえば、二十歳前後の若い女がやることと云うイメージがあるが、伊達武将隊は違うようだ。
9日には先の3名に加え支倉常長、松尾芭蕉、真田幸村役のメンバーもいた。友人の話では前回までは“そら”という隠密の一員がいたそうだが、今回は芭蕉に変ったという。“そら”とは芭蕉の弟子の河合曾良だろうが、9日のイベントでは司会進行役は支倉や芭蕉だった。伊達武将隊が何か話すと、イベントに来ていたファンからは歓声があがる。
私の隣にいた女性ファンはどう見ても30代前半にしか見えなかったし、旦那と一緒に来ていた。彼女が伊達武将隊にハマったのは今年7月だそうで、大河ドラマ『独眼竜政宗』は今年の再放送で初めて見たという。ファンになったきっかけはゲーム『戦国BASARA』の影響かと思いきや、そうではなかった。伊達武将隊を語る際、この女性は「政宗様」「小十郎様」と呼んでいたことから、相当お熱らしい。
イベントは『独眼竜政宗』名シーンの再現や武将隊独自の演武、踊りを取り入れたご当地ソングの披露もあった。演武自体はまあまあだったが、真田幸村の娘・阿梅が片倉小十郎の息子・重長の元に嫁いでいたことを、私はこれで初めて知った。しかも、側室ではなく正妻としてである。さらに幸村は二男の守信まで小十郎に託し、その子孫が現代まで続く仙台真田家の祖となったことも今回初めて知った。
演武の後、武将隊と共に観客は政宗騎馬像の元に行き、そこから仙台の夜景を眺める。青葉山に築かれた仙台城だけあり、ここから見る夜景はとてもきれいだった。私が仙台城跡に来たのは何十年ぶりかもしれない。何時でもいけるという想いもあり、地元だと意外に来ないもの。デートスポットにも最適だろうが、そうしなかったのが悔やまれる。
伊達武将隊との対話で、私に隣にいた女性は演武でも人取橋の戦いが見たいと言っていた。確かにこの戦は見応えがあろうが、ТVドラマか映画でもなければ再現は難しい。武将隊ファンになったため、彼女は戦国歴女となったようだし、韓流スター追っかけよりは遥かによい。
私自身といえば、生来のへそ曲がりのためか実は戦国時代にはあまり関心がなく、日本史で最も興味があるのは鎌倉時代なのだ。甲冑姿の伊達武将隊は確かに格好いいが、追っかけをする気にまではなれない。それでも今回の演武で、知られざる地元史を判ったのは良かった。
◆関連記事:「最後の戦国武将-伊達政宗 展」
「劇場版 戦国BASARA」
「鬼姫と呼ばれた女-伊達政宗の母」
まず着こなし云々の域に達していません。特に、女の子は「これでもか」と茶髪を変な形に結いあげたところへ、おもちゃをあちこちに差し込んで悦に入っているようですが、浴衣を着て結髪にするのは舞妓か、そうでなければコールガールでしょう(笑。
京都では、浴衣で外出する際には、男も女も、襦袢を使いますし、足袋をつけて草履を履きます。肌に直接浴衣を着るのは、湯上がりの場合だけです。旅館の寝間着じゃないんだから(笑。でもほとんどは素肌に浴衣を着けて、裸足に旅館の便所下駄のようなものを履いています。歩きやすいのでしょう。でも、そんなもので歩き慣れていないせいか、がらがらうるさいです。
あと、男も女も帯がダメですね。マジックテープで止めました、というのがまるわかりです。結び目がぺっちゃんこなのです。少々薄汚いのはレンタルだからでしょうか。
それに、浴衣、上布、絽や紗の着物は「夏の」ものなのですから、立秋を過ぎて着るものでは無いのですが、盆の送り火(大文字)見物に浴衣で繰り出す人は大勢います。知らないということは幸せなのか滑稽なのか(笑。
あ、つい昨日、ちょっとそういう図を目にしてしまったもので、愚痴ってしまいました。お許しを(笑。
西陣織の本場・京都ならば、若者でもさぞ着物の着付けに慣れているだろう…というイメージがあるのですが、そうでもなかったとは意外でした。京都でもコスプレ紛いの着こなしが少なくないのだから、東京もさぞ酷いはず。まして仙台は論外。9日のイベントにも浴衣姿の若い女性がいましたが、茶髪を妙なかたちに結ってヘンな飾りをつけている。大都市での着付けを最先端の流行として後追いするのが、地方の傾向なのです。
恥ずかしながら私は浴衣は何年も着ておらず、着た時には襦袢なしで素肌に直接でした(汗)。しかも、裸足に下駄というスタイル。貴方が見たらトンでもない着物姿でしたが、それでも伝統着と勘違いして満足でした。若さゆえの無知は作法無視も平気なのです。
最近はマジックテープ等の便利な商品も出てきましたが、やはり帯の結び方は難しい。着物の着付けを教える教室やビデオもありますが、洋服に比べれば格段に不便です。着物が敬遠されるのは無理もありません。
白っぽい浴衣の場合は、下着が透けて見えないように、とか、浴衣といえどいろいろ面倒臭いことが多いですので、僕も敬遠しがちでして、浴衣での外出は小学生ぐらいが最後だったと思います(笑。
帯ですが、女性もお太鼓ではなくて、木綿の博多献上を貝の口に結べば簡単で粋に見えると思います。
仙台の街の中で見かける浴衣姿の女性で、きちんと足袋を履いている人はあまり見かけませんね。浴衣一枚に下駄こそが正しい(或いは現代風な)スタイルだと思っているかもしれません。足袋自体が窮屈なので敬遠されていると思います。
結婚式でもお太鼓帯の女性がいました。しかも中高年です。帯結びで貝の口はなかなか粋だし、結び方を教えるサイトもあります。尤も「既婚女性やご年配の方向き」の結び方のようですが。
http://www.yukatakitsuke.net/kainokuchi/
着物の着方でおかしいと言えるのは、老婦人が肩上げ腰揚げのついたひまわりの柄の大振り袖を着るようなことを言うのであって、帯の結び方に老幼は無いと思います。
肩上げの話つながりですが、京都の色街に「舞妓」というのがあることはご存知だと思いますが、元来、舞妓は中学生卒業ぐらいまでの少女の仕事でした。だから、黒紋付にも色ものにも「肩上げ腰揚げ」があります。しかし、現状では小中学生の少女にお座敷努めをさせるわけにはいきませんので、舞妓は成人前後の女性がすることになってきているのですが、相変わらず「肩上げ腰揚げ」がありますので、反物が二着分必要なのだそうです。
貝の口結びは若い女性でも別に構わなかったのでしょうか?帯の結び方に老幼は無いというのは意外でした。まだ若い男性でありながら、貴方は本当に着物について詳しいですね。さすが京都人は和服には詳しいと感心させられました。
今時の宮城県では年配者でも日常的に着物を着る人はいません。来ているのは、夜の商売のママさんだったり。堅気の女性ほど和服を着ないような風潮になっています。
芸能界では年配の女性でも、ひまわりのような派手な柄の大振り袖を着る人も居ますね。芸人は目立ってナンボの職業なので仕方ありませんが、そのような着物姿の芸能人をTVで見れば、一般人は影響されると思います。
それで、検討した結果、本格的に仕事にするには、古着だけでは将来性が無いし、日本にも常時誰かいないとダメだね、ということで、結局あきらめたようです。
だらだらと何度も本論から外れたコメント投稿してしまいました。お許しください。
貴方の親戚がハワイに住んでいることは以前伺いましたが、現地で和服関係の仕事をしてみたいと考えていた方もいたのですか??ハワイでの着物への関心度は知りませんが、日系人以外にも需要があるのか不思議です。
またも恥ずかしながら、私は歌舞伎の舞台を直に見たことがありません。せいぜいТVがシネマ歌舞伎くらい。台詞が殆ど分らなかったし、字幕スーパーがあればいいのに…と思ったほどです(笑)。台詞が意味不明なことも、歌舞伎が敬遠される原因になっているのかもしれませんね。