扇風機の羽の真ん中をおさえるひねくれ者の日記

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JW1.5世の自分が生きてるのを不思議に思う、ひねくれ者の日記です。

Computer Related Articles No.82 2009.02.20

2009-02-20 23:55:55 | Mac&PC&インターネット&GAME
安心して椅子にも座れない時代になりました......................................

おいらは体重が100kg有ります。
これはかなり絞らないと駄目なのは明白です。
解ってはいるのですが、感情が安定しない場合に衝動食いを良くしてしまいます。
人間というのはお腹が満腹になると精神的安定を得られるようです。
これは心理学者も認めているようですし、病院の先生も言っていました。
しかし人というのはある程度までは食べることは普通のことですが、過食傾向がある人というのはLimiterが飛んでいる人が少なくないんですよ。
特に薬によって過食傾向が増幅される眠剤を飲んでそれが「習慣化」してしまっているおいらにとっては条件反射となってしまっているんですよね。
つまり「食べないと寝られない」という深層心理の傾向があるようです。
これって結構響くんですよね。

何故このような記事をComputerのことで書いているのか疑問に思われるでしょう。
下記の記事を読んでいただければ納得していただけるかと思います。
Personal Computer Chairが爆発
おいらが使用しているコーナンで2000円の椅子なのですが、ど真ん中Straightで当て嵌まっていそうな気がします。
洒落にならない状態なんですよ。
よって木の椅子に代えてこの記事を綴っているのですが、Personal Computer用の椅子の良いのを本気で買わなければならないな~と考えるようになりました。

家の中でもこんな恐怖があるとは................
どうしようと考えています。
おいらはとにかく体格が良い方です。
体重もあります。
肉付き良いです。
これは鬱病になって一気に体重が増えました。
その前は体脂肪率5%以下だったんですけどね。
眠剤の力を借りて63kg程度から一気に100kg Overになりました。
この間半年かかっていません。
太るのは本当に楽です。
家でごろごろしていると勝手に増えていきますからね~。
忙しい状態の人というのは頭を使っていると結構なCalorieを消費することも解っています。
しかしおいらはそれ以上にCalorieを取っていました。
嬉々として買ってきた椅子に座ることに恐怖を感じるようになるとは思いもしませんでした。

ところでComputerのMaintenanceをまた頼まれました。
こんどのは凄く型が古いモノです。
OSはなんとWindows 95でComputer界では半端じゃなく年代物です。
少なくともOSの発売が1995年です。
んで現在が2009年ですね。
ということは一年が7年に相当すると考えて見ましょうかね。
14年というと98年相当になり、100年近い年月が経っているという状態のモノなんですな。
まあ過去のOSではTroubleなどの対応方法などのSourceがごろごろあるでしょうからね。
でも諦めても良いぐらいの代物なのですが、まだ使おうと考えているようです。
おいらが学生時代のモノなのでComputerにかかった金額というのは相当でしょうね。
全て合わせると30~40万程度掛かったかもしれないという代物です。
だから使いたいという気持ちが分かるのですがね。
快適なComputer Lifeを送っているとGeneration Gapという単位で測れないぐらいのモノを見るのは気が遠くなるぐらいの時間が掛かりそうですね。
どうも使用する際にMemoryの占有率の問題があってFreeze後Shut Downが起こるようです。
取り敢えずSafe Modeで立ち上げて通常の操作を行えるようにしなければなりませんな。
車の中に置きっぱなしなのですがね。
因みにNotebook PCです。
おいらは基本的にNotebook PCはどうしても最新のモノが一番良いというは否定できないんですな。
増設も難しいですし、拡張するのも難しいんですよ。
MemoryやHDDの交換は出来るかもしれませんが、世代が余りにも過去のモノになりすぎていると互換性の確保は望めません。
ということはかなりの金額になっている可能性があります。
型落ちしたモノというのは型落ちしたばかりの頃の値段が一番安くなる傾向にあり、次いでSpec的に高くなっていくモノです。
現在はDDR 3がStandardになりつつあります。
昔のComputerを快適に使用するとなると逆に高く付くというのは常識ですしね。

現行の廉価なモノを揃えると費用対効果では断然お得になっていきます。
これって時間的資産を考えると余計にそう思いますね。
過去のモノを使えるように直すよりも新しいモノを組んで使用する方が早いですし、遙かに安くつきます。
使い手も快適に使用できますし、その方が良いと言うことになるでしょう。
まあこれは理論的、論理的な結論であって感情論的な結論としては間違いであることが少なくありません。
人間というのは非常にNonsenseな生き物だと思いますね。
しかし思い出があるのであればハッキリしているのはそのことには「意義」があります。
人というのは思念の連続の中に生きており、それを否定すると言うことは生きてきたことを否定することになるかと思います。
そして強い思念を以て物事に当たったことや「モノ」に対しては例え低Specで現在使用している新しいモノから比較すると不快なぐらいのモノでも以前に使用していたり、思い出が詰まっているモノというのは相殺どころかそこに「平安」を感じるぐらいなんですよね。
不思議なモノです。

理由を捏ねては書き綴る悪い癖が出てしまいましたな。

現在は「Computer Related Articles」と「Digital Photo」の違いというのは余りないんですけどね。
今日もPrinterを使用して定期的に渡す為の写真をPrint Outしました。
少し注文して取りに行くことが出来ないぐらいなので家でPrint Outした感じでしょうか。
Digital CameraというのはComputer内での処理が結構多いんですよね。
いろいろと考えていますが、Digital Photo ProfessionalやRAW現像Application、画像加工Softwareを駆使して調整していると時間がとんでもなく掛かります。
この頃は出来ることが増えたことを差し引いても時間を掛けすぎていることは明白で困っているんですよね。
書き方を変えるとPrint Outできない事態になってしまっているという結論になります。
カメラのキタムラに注文するまでに相当な手間が掛かり、時間が掛かっているのは間違いないんですな。
これは困ります。
どうにかしなければならないのですが、ある程度まで調整しても納得できないことが少なくありません。
Printまで漕ぎ着けない事が多いんですよ。
そもそも自分自身の写真で納得することは不可能だと思うぐらいなので仕方がないですな。
ある程度の見切りを付けてPrintをしなければならないということは理解しているんですけどね。
出来ることが多すぎると仇になってしまう感じでしょうか...................

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