ここ最近、鬱々として活字も手につかなかった。精神安定剤として、私はまた乱歩を選んだ。
読んだことがあるような、ないような、微妙な既視感に惑いながら、淡々と頁をくっていった。乱歩の長編は他作品のトリックを流用することが度々ある。それゆえの既視感だろう。
初期の短編にみえる妖艶さはなく、猟奇的事件と怪奇なトリックが連続するばかりで、作中人物に感情移入することもなかった。それでも苦にならず、不思議な安心感の中で読めたのは、私が小学生の頃から親しんだ乱歩の文体ゆえだろうか。
乱歩作品をたくさん読んできたせいか、途中からトリックがわかってきて、犯人もおぼろに見当がついた。それを明智探偵が立証していくのは、まるで勧善懲悪の時代劇を観るような、安心感に守られた心地良さがある。
親を惨殺された兄妹が、生涯をかけて下手人の一族に復讐をするという物凄い設定だが、その怨念がもっと切実に人間的に描かれていれば、作品の厚みになったのではないかと思う。兄弟に対しては最後まで『狂人』的なレッテルが貼られてしまい、後味の良くない終わり方だった。
とはいえ、私の鬱屈が、多少は紛れていったことは否定しない。やはり乱歩作品は、いつでも私の枕頭の書、枕頭の安定剤である。
