よい子の読書感想文 

読書感想文736

『陰獣 他三編』(江戸川乱歩 春陽堂)

 何年振りに読むのか記憶にないが、乱歩作品は初期の短編が秀逸であり、これは持っていて損はないと再び手にした。
 表題作は映画化もされていて著名ながら、映画の出来にがっかりした記憶がある。迷惑な話だが、そのせいか『陰獣』そのもののイメージも私の中で低下していたような気がする。
 たぶん20年ぶりくらいで読んだが、話の設定に面白さを感じた。作中で、当初は犯人と思われていた探偵作家『大江春泥』は、江戸川乱歩自身をモデルにしている。さらに作中人物が『大江春泥』の作品を模倣して猟奇的な行為に及んでいく。読んでいて、フィクションの中にフィクションが重層的に描かれていくようで、眩惑させられる。
 しかも終わり方がなんともにくい。もやもやしてしまう。そのせいか作り物めいた感じがしない。戦後に量産された長編群とは大違いである。
 やはりあれらは、出版サイドが仕組んだ、ゴーストライターをも動員しての量産だったかと勘繰ってしまう。初期の作品が優れているだけに、ギャップが大き過ぎるのだ。
 他の三編も、単なる探偵小説の域を超えている。読む側の心理の綾をついてくるのだ。良くも悪くも、気持ちの悪い読後感が尾を引いている。
 思えば、春陽堂の乱歩短編シリーズに熱中した最初は、中学三年の夏だった。部活動を引退して燃え尽き症候群に見舞われ、同時に受験という現実が突きつけられる。人生で最初の艱難を前に、しかし私はそれをしっかりと見据えて闘う態勢ができていなかった。脱力感と不安と夏バテにやられ、逃げ出したかった。そんなとき、大正末期から昭和初期に発表された乱歩の短編集が、私をしばし現実逃避させ、癒してくれたのだった。
 未読の戦後長編作品が多数あるが、それらを無理して読むより、初期短編集を繰り返し読むほうが良いかもしれない。
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