よい子の読書感想文 

読書感想文731

『提督有馬正文』(菊村到 新潮社)

 菊村到の作品はほとんどが絶版になっており、古書で探すしかない。
 久々に早稲田の古書店街を歩きたいなと思ったが、コロナ禍で思うに任せず、そもそも営業してるのか? と検索したところ『日本の古本屋』というウェブサイトを見つけた。アマゾンなどには出てこない早稲田や神保町に軒を連ねているような古本屋が、ウェブ上で本を売っているサイトだ。
 ああいった店は、自分の足と目で確かめて歩くのが至福の時である。したがって、こういったサイトを利用するのも複雑な気持ちだが、社会情勢からすれば有難いことだ。私は喜び勇んで菊村到の名を検索して、本書を注文した。
 芥川賞作家なのだけれど、ヒットする作品の半分くらいはミステリーだ。あとの半分がミステリー以外なのだが、その大半は読み物的な戦記である。しかし贅沢は言えない。ミステリーを除いた上に、手ごろな価格で手に入るものは極めて少ないのである。
 あまり期待はせずに紐解いた。芥川賞作『硫黄島』の著者が書いたものとは思えない軽率な戦記小説も量産しているからだ。それでも私が菊村到をことあるごとに読むのは、玉石混淆のうちの幾つかの玉に魅せられ続けているからに他ならない。
 本作は、司令官でありながら、自ら1式陸上攻撃機に乗って戦死した有馬正文海軍少将(戦死後、中将)の伝記だ。菊村到の残した伝記としては読み物的な短編を読んだくらいで、長編の本格的なものは初めてだ。新聞記者だった菊村到にとって、伝記という体裁は職業柄、得意だったろう。取材を重ねつつ、疑義を持たれない絶妙な加減で著者の解釈と想像が話をつないでいく。
 しかし私が本書を手にしている間、熱中させられたのは、ストーリーよりも菊村到の紡ぐ文章にだった。私はこの著者の文体が好きで、題材と文体が親和性を帯びてマッチしてくると、思わず「そう、これだ、これだ」と熱心に読みふけっていった。
 長編だから、今回はその文体の成り立ちをじっくり味わった。誤解を恐れずに言えば、これはストイシズムの文体である。ストイックな作中人物を描くうち、文体もそれに同調していく。執拗に、自分を苛め抜くかのように、筆が粘っこさを見せていく。
 すると、『硫黄島』や『ある戦いの手記』に登場する不器用で何かに執着した、あれらの人物たちが懐かしく思い出されるのだった。
 戦争中、仙台の予備士官学校に入校していた菊村到は、自らも戦中派特有のストイシズムを纏っていたのだと思う。あるいは、そういったものに圧倒された青春時代がこの小説家を性格づけ、文体に影響したのか。いろんな雑誌に向けて、玉石さまざまを書き分けていた器用さを思えば、纏っていたものも虚構の一つだったのかもしれないが。
 
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