葉織る。

言葉の中にそれを紡ぎ織った人が見えても、それは虚像かもしれない。

体力節約と、それから。

2011-02-20 12:12:59 | 雑感
11:06 from web
かつて牛殺しの異名をとる空手の大家がいらっしゃいましたが、その昔人類が持久狩猟なぞやっていた頃は、獣を殴り殺すこともあったかもしれないなと想像。いや、HP満タンの猛牛を殴り倒すとかではなくて、あくまでも狩りの締めに、ヘロヘロ状態の獲物に駄目押しのトドメの一撃をって感じで。
by anjinoha on Twitter
 人類が狩猟・採集生活をしていて、その狩猟方法が持久狩猟で、まだ鏃が発明されていなかった頃のことを想像してみました。

 獲物を追い詰めて、その獲物がフラフラになって、あと一息で倒れそうで。
 戦う力は無さそうだけど、逃げるだけならもう暫くできそうだ、というようなタイミングで。
 追いかける人間だって、できれば早く食事にありつきたいわけです。
 早く仕留められれば、自分の体力も無駄遣いせずに済むし。

 ここで手頃な石でもあれば、それを投げつけたでしょう。
 持ちやすい棒があれば、それで殴ったでしょう。
 でも、たまたまそういう便利なものが無かった場合に。

 獲物はダウン寸前。
 フラフラとした足取り。
 息が上がり、蹄が割れて。
 そこへ狩人が静かに忍び寄り、目で語るのだ。
 「苦しいか?だが、我々も腹が減っている。見逃すわけにはいかない。
 せめて今ここで、その苦痛から解放してやろう。
 ・・・この拳でッッッ」
 そして、ハンターの鉄拳が唸るッッッ!
 みたいな感じで。
 うん。このイメージいい。

 投げるとか走るといった、手先足先などの末端を加速させる動きは、それ自体が快感を伴うものなので、そういう意味では拳術の稽古というのは、その動きを練るだけで楽しいものなのですが、その力が人に向けられるものだと思うと、どーもイマイチ乗り切れないものがあったのです。

 でも、狩りの技術としての拳術ならOKです。
 ・・・ん~、東洋医学に関わる人間なら、もうちょっとベジタリアン的な発言をした方が受けるかもしれませんが、そこはそれ、私のようなオッサンはともかく、成長期の子供とか妊婦さんとか、それなりに動物性蛋白質を摂取した方が効率がいい人もいるわけですし。

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