財布1
アメストリス軍には大きく分けて二つの軍がある。ひとつは正規軍。普通に軍というときはこれを指す。もうひとつは軍団兵群。これはアメストリス建国以前からの地元軍の名残であり正規軍に対してある程度独立している。兵はすべて地元民であり、軍の費用も地元負担である。その代わりに地元の治安維持からどぶさらい、お祭り運営まであらゆることに使われる。兵のほとんどが地元の名士の子息である場合もあり、そういう土地の軍団兵団は社交クラブ化している。つまり個々の差が激しいのである。
ここゼノタイム(ゼランドール市ゼノタイム地区)を管轄する軍団兵団は比較的軍としての形を守っていた。
今はマスタングが派遣した医師の運転手件助手をしているベルシオのもとに軍団兵団からの呼び出しが来たのは、ラジオが夕方のニュースを流し始めたころだった。
―北方国境戦で新型兵器を持つ敵軍をマスタング准将率いるセントラル軍が見事に撃退いたしました。なおこの戦線の負傷者は…いくつかの名が読み上げられた。…以下軍属でラッセル・トリンガム。
「なんだと!」
ペルシオはラジオのボリュームを上げる。しかしラジオは次のニュースに変わっている。
(そんな、あいつが戦場だと、しかも負傷、負傷っていったいどれぐらいの、こっちに連絡できないぐらい悪いのか?)
「べルシオ・アースだな。軍団基地への出頭を命じる」
花屋の息子の兵が書類を棒読みした。花屋の親父は息子が兵になったお陰で字が読めるようになったと喜んでいた。しかし、こんな物を読むだけなら字なんて読めなくていいとべルシオは思った。
「だから、おっちやん。僕と一緒に来てよ」
書類を手から離すと兵は花屋の息子に戻ってしまった。
べルシオは軍嫌いであった。それなのに大佐や少佐クラスの軍人に知己が多いのはひとえにトリンガム兄弟のせいであった。
「俺は軍団兵に用事は無い。それどころじゃないんだ。帰れ」
兵のにきび顔がたちまち泣き顔になる。
「えー、来てくれないと僕困るんだ。それにさーおっちゃんの名前の入った財布持ってるやつが捕ってるんだ。細くてきれいな顔したやつ、あ、髪の色が同じならラッセルに似てたな。遠くからしか見てないけど」
「髪、何色だ」
「銀だよ」
「案内しろ、早く (どうなってやがる。あいつめ、またトラブルを起こしたのか)」
案内されたのは地下の牢獄。薄暗い光の中でも冷え切った床に裸体で転がされているのがラッセルなのはすぐわかった。その背にあきらかにわかるムチの痕も。
「知り合いか?」見張りの兵が尋ねる。
あやうく、名を呼びかけたべルシオはこの状況を考えた。
「(本名はまずいな)私の息子です」
「名前は?」見張りの兵が書類を書いていく。
「ナッシュ」なにげなく、友の名が出た。
「こいつは,旧ゼノタイム地区に侵入した。今洗浄を済ませたところだ」
「つれて帰りたいのですが(こんなところに置いておけるか!)」
「その前に荷物を確認してもらおう」
出されたのはなんとなく覚えのある古い本。
「(あ、そういえば昔ナッシュがこの本に書き込みしてたな。)うちにあった本ですが」
「強情なやつでな。まるっきり何も言わん。ではこれを取りに入ったのか?」
「母親のものでした」嘘であったが、この際どうでもよかった。
「べルシオ・アースは独身となっているが」
「これは私の隠し子です」
「ふん、もっとしっかり教育することだな、口の利き方のなってないがきだ」
「申し訳ございません。隊長さん」べルシオはあくまでも低姿勢を通した。ラッセルがその気になれば軍団兵の司令の首ぐらい飛ばすのは簡単なはずだ。それをしていないのは何か理由があるはずであった。
洗浄済みの服はぐしょぬれであった。とりあえずコートに包んでやり意識の無いままのラッセルを家に連れ帰った。同居人の医師に手伝ってもらい服を着せすぐ点滴をつなぐ。
「17歳でしたね。いったいどんな生活をしたらここまでやせれるんです。とにかく少なくとも10日は安静にさせて、きちんと栄養のあるものをしっかり食べさせて、余計なことは考えさせないように」
さすがの医師もラッセルのやせ方にはため息しかでないようだった。
「過労に睡眠不足、栄養失調、かなり悪性の風邪も引いてますから油断すると肺炎を起こします。それに、・・・リバウンドですね。心臓がかなり弱っています。ただ、この人の場合薬もうかつに使えませんので」
今夜はついていましょうという医師に感謝の言葉を述べながらも、べルシオは私が見ているのでと言い切った。
べルシオのポケットの中には小さな黒い財布があった。しっかりと握り締められたであろうそれはラッセルの細い指のあとがついている。彼は軍団兵に捕らえられたときこれを握り締めていたという。
(ラッセル、偶然かもしれないがこいつを握ってお前は俺に助けを求めたのか?まさかな、誰かに助けを求めるようなかわいらしい性格はしていないな、お前は。いいさ、大事な隠し子だ。俺にできることは何でもしてやる)
黒い財布、それは一年と少し前もぐりオペが発覚し憲兵に追われたとき、セントラル行きの急行に飛び乗ったラッセルに窓越しに押し付けたもの。すぐ、動き出した汽車を追いかけるように窓越しに怒鳴った。
『まともにメシ、食うんだぞ!』
次に会った時、ラッセルはもう軍の中佐だった。リバウンドの為、体を悪くしていた彼を怒鳴りつけてひっぱたいたのをべルシオははっきり覚えている。しかし、そのときでさえ今ほどやせてはいなかった。あの時、べルシオは財布のことなど忘れていた。
そして今財布はべルシオのポケットに戻っていた。それはもう20年近く前ナッシュが送った物だった。
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アメストリス軍には大きく分けて二つの軍がある。ひとつは正規軍。普通に軍というときはこれを指す。もうひとつは軍団兵群。これはアメストリス建国以前からの地元軍の名残であり正規軍に対してある程度独立している。兵はすべて地元民であり、軍の費用も地元負担である。その代わりに地元の治安維持からどぶさらい、お祭り運営まであらゆることに使われる。兵のほとんどが地元の名士の子息である場合もあり、そういう土地の軍団兵団は社交クラブ化している。つまり個々の差が激しいのである。
ここゼノタイム(ゼランドール市ゼノタイム地区)を管轄する軍団兵団は比較的軍としての形を守っていた。
今はマスタングが派遣した医師の運転手件助手をしているベルシオのもとに軍団兵団からの呼び出しが来たのは、ラジオが夕方のニュースを流し始めたころだった。
―北方国境戦で新型兵器を持つ敵軍をマスタング准将率いるセントラル軍が見事に撃退いたしました。なおこの戦線の負傷者は…いくつかの名が読み上げられた。…以下軍属でラッセル・トリンガム。
「なんだと!」
ペルシオはラジオのボリュームを上げる。しかしラジオは次のニュースに変わっている。
(そんな、あいつが戦場だと、しかも負傷、負傷っていったいどれぐらいの、こっちに連絡できないぐらい悪いのか?)
「べルシオ・アースだな。軍団基地への出頭を命じる」
花屋の息子の兵が書類を棒読みした。花屋の親父は息子が兵になったお陰で字が読めるようになったと喜んでいた。しかし、こんな物を読むだけなら字なんて読めなくていいとべルシオは思った。
「だから、おっちやん。僕と一緒に来てよ」
書類を手から離すと兵は花屋の息子に戻ってしまった。
べルシオは軍嫌いであった。それなのに大佐や少佐クラスの軍人に知己が多いのはひとえにトリンガム兄弟のせいであった。
「俺は軍団兵に用事は無い。それどころじゃないんだ。帰れ」
兵のにきび顔がたちまち泣き顔になる。
「えー、来てくれないと僕困るんだ。それにさーおっちゃんの名前の入った財布持ってるやつが捕ってるんだ。細くてきれいな顔したやつ、あ、髪の色が同じならラッセルに似てたな。遠くからしか見てないけど」
「髪、何色だ」
「銀だよ」
「案内しろ、早く (どうなってやがる。あいつめ、またトラブルを起こしたのか)」
案内されたのは地下の牢獄。薄暗い光の中でも冷え切った床に裸体で転がされているのがラッセルなのはすぐわかった。その背にあきらかにわかるムチの痕も。
「知り合いか?」見張りの兵が尋ねる。
あやうく、名を呼びかけたべルシオはこの状況を考えた。
「(本名はまずいな)私の息子です」
「名前は?」見張りの兵が書類を書いていく。
「ナッシュ」なにげなく、友の名が出た。
「こいつは,旧ゼノタイム地区に侵入した。今洗浄を済ませたところだ」
「つれて帰りたいのですが(こんなところに置いておけるか!)」
「その前に荷物を確認してもらおう」
出されたのはなんとなく覚えのある古い本。
「(あ、そういえば昔ナッシュがこの本に書き込みしてたな。)うちにあった本ですが」
「強情なやつでな。まるっきり何も言わん。ではこれを取りに入ったのか?」
「母親のものでした」嘘であったが、この際どうでもよかった。
「べルシオ・アースは独身となっているが」
「これは私の隠し子です」
「ふん、もっとしっかり教育することだな、口の利き方のなってないがきだ」
「申し訳ございません。隊長さん」べルシオはあくまでも低姿勢を通した。ラッセルがその気になれば軍団兵の司令の首ぐらい飛ばすのは簡単なはずだ。それをしていないのは何か理由があるはずであった。
洗浄済みの服はぐしょぬれであった。とりあえずコートに包んでやり意識の無いままのラッセルを家に連れ帰った。同居人の医師に手伝ってもらい服を着せすぐ点滴をつなぐ。
「17歳でしたね。いったいどんな生活をしたらここまでやせれるんです。とにかく少なくとも10日は安静にさせて、きちんと栄養のあるものをしっかり食べさせて、余計なことは考えさせないように」
さすがの医師もラッセルのやせ方にはため息しかでないようだった。
「過労に睡眠不足、栄養失調、かなり悪性の風邪も引いてますから油断すると肺炎を起こします。それに、・・・リバウンドですね。心臓がかなり弱っています。ただ、この人の場合薬もうかつに使えませんので」
今夜はついていましょうという医師に感謝の言葉を述べながらも、べルシオは私が見ているのでと言い切った。
べルシオのポケットの中には小さな黒い財布があった。しっかりと握り締められたであろうそれはラッセルの細い指のあとがついている。彼は軍団兵に捕らえられたときこれを握り締めていたという。
(ラッセル、偶然かもしれないがこいつを握ってお前は俺に助けを求めたのか?まさかな、誰かに助けを求めるようなかわいらしい性格はしていないな、お前は。いいさ、大事な隠し子だ。俺にできることは何でもしてやる)
黒い財布、それは一年と少し前もぐりオペが発覚し憲兵に追われたとき、セントラル行きの急行に飛び乗ったラッセルに窓越しに押し付けたもの。すぐ、動き出した汽車を追いかけるように窓越しに怒鳴った。
『まともにメシ、食うんだぞ!』
次に会った時、ラッセルはもう軍の中佐だった。リバウンドの為、体を悪くしていた彼を怒鳴りつけてひっぱたいたのをべルシオははっきり覚えている。しかし、そのときでさえ今ほどやせてはいなかった。あの時、べルシオは財布のことなど忘れていた。
そして今財布はべルシオのポケットに戻っていた。それはもう20年近く前ナッシュが送った物だった。
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