金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

16 スパナの少女

2006-12-31 14:04:57 | 鋼の錬金術師
⑯ スパナの少女

「エドー!起きてる?」

ノックも無くドアが開かれた。入ってきたのは片手にスパナを持ったウィンリィ・ロックベル。彼女は働いている店がセントラルに支店を作るというので、ラッシュバレーからセントラルに移っていた。偶然を装ってこれを画策したのはマスタングであった。アルを失ったエドに少しでも支えを与えたかった。

「エド・・・。ばか!アルがいないからって男を引っ張り込むなんてアンタ最低!」

彼女の動きが一度止まった。次に動いたときスパナが宙に舞った。物理の本に載せたいようなきれいな放物線を描いてスパナはエドに飛ぶ。エドのオートメールの右手がはじき返そうと動いた。しかし、予測した金属音はいつまでも起きなかった。代わりに鈍い音がした。ラッセルの腕がエドをかばいスパナをはじいていた。

「失礼、お嬢さん。あなたがエドワードとどういう関係かは知らないが私の患者に手を出すのは許さない」

「ウィンリィこいつは俺の友人だよ。ラッセル・トリンガムだ」

「誰だっていいわよ。あんたを押し倒してるのが問題なの!」

「お嬢さん、物事は正確に見るべきです。これは押し倒しているとはいえません」

「パンツ一枚でえらそうに解説しないでよ。この変態!エドからそのいやらしい手を離して出て行って!」

確かにパンツ一枚でいつもの治癒師口調で話しても説得力は無さそうだ。そもそも彼女は聞く耳を持ちそうにない。

そして、最初の出会いから一分後、引っ張りまくられたラッセルのパンツのゴムはぷちりと切れ下に落ちた。ウィンリィは、見た。そして。

「このドスケベ!変態!とっとと出てけー!」

もう一本スパナが飛びそうな勢いだった。

(やれやれ、これでは落ち着いて調べられる状況じゃないな)

ラッセルは手早くエドに服を着せるとロングコートをはおった。

「また、後でくるから」とエドの耳元でささやくと、ウィンリィの脇をすり抜けて廊下へ出て行った。



「エド!あんた何をあの男に好き勝手にされてるのよ!!准将ならともかく」

「なんだよ、その准将(ロイ)ならともかくってのは」

突っ込むところはほかにもありそうだが、とりあえず反論しておく。

この騒ぎで疲れたのかエドはベッドに横になった。

「なんなのよ!あの男。あんたいつあんなの引き込んだの!」

「ウィンリィー どこでそんな言葉覚えたんだよ」エドは小さくため息をつく。

そのエドにウィンリィは詰め寄ってくる。

「ごまかしてないで答えなさいよ!」

「あいつは旅の途中で会ったやつだよ。2年ぶりかな、大佐(ロイ)が連れて来たんだ。

さっきのは俺の体を調べてくれてただけで、あいつまで裸だったのは俺だけ脱がされて腹立ったから・・・俺がぬがせたんだ。OK?」

「一応OKよ」

「一応かよ」

話しながらウィンリィはいくつもの工具を用意していた。

「エド、もう一度脱がすから起きて」

「もうヤダ。今日は十分脱いだ。明日にしてくれ」

「だめ、明日は本店に帰るんだから。今日中にあんたの手足調整したいのよ」

「もう眠い」

「昼間から寝てばっかりでどうするのよ」

エドの布団をはがしかける。しかし、毛布の中で震えているエドを見て手を止めた。

「寒いの」

部屋はタンクトップ姿のウィンリィが汗ばむほど暑い。それでもエドは震えていた。

「暖房温度上げるわよ」

立ちかけたウィンリィの手をフルメタルの手が押さえた。

「いいさ、お前汗かいてるだろ」

その手の力は以前には無かったほど弱い。

義手とはいえ神経をつながれたオートメールの手足は生身の部分に連動する。力が弱くなっているのはエドの体力が落ちている証拠であった。

「モーターの調子悪いみたいね」

彼女はあえて事実と異なることを言った。

「本店から戻ったら新しいのと取り替えたげるわ」

鎮痛剤の副作用でエドはぼんやりし始めていた。

「ちゃんと休んでてよ」

帰り際にエドの髪に触れる。偶然だが先刻のラッセルと同じことをしていた。

「…アル…」

薬のぼんやりした夢の中で触れる手は弟の手であった。

(あたしもバカよね。こんなブラコン達をずっと好きなんて)



⑯ 錬金治癒 血の練成陣

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15 すっぽんポン

2006-12-31 13:47:30 | 鋼の錬金術師
⑮ 治癒師のやり方

 

 「エド、服を全部脱いでもらおうか」

涼しい顔をして、ラッセルはもうエドの上着を脱がせかかっている。

「お前・・・そういう趣味があったのか・・・」

「はぁ?お前何を言ってる・・・バカ、薬が効いてる間に体を診るだけだ」

「いきなり、バカは無いだろ」

エドはふくれっつらになる。

「お前がおかしなこと言うからだろ。大体俺は女の方が好きだ。(抱いたのは赤ん坊だけだけど)

それより早く脱げ。

あぁ、いいもう、脱がしたほうが早い」

エドが文句を言う暇もあらばこそ、すでに上は全部取られズボンを下ろされかけている。

「おい待てよ」

言ったときにはもうパンツも取られていた。

「てめぇ、いったい何する気だ!」

「全身チェックするだけだ。何だ、初めてか」

ラッセルの細い指がオートメールと肌の隙間を探る。

片手を胸に、片手をオートメールに移動させる。感覚の無いはずのオートメールに触れる手さえ熱く感じる。まして、生身の肌は。

「待てよ、おい」

堪らなくなってラッセルの手を止めようとする。

「動くな」

機械的に返答されてしまった。ラッセルにとっては手馴れた作業に過ぎないのだろう。しかし、エドにとっては。

ラッセルの手はもう下腹部を超えてエドの性器に、年の割には未発達の性器に触れた。

戸惑いと恥ずかしさが逆にエドの理性を吹き飛ばした。

「ずるい。何で俺だけ裸なんだよ。お前も脱げ!」

「おいおい、俺は遊んでいるわけではないのだが」

「うるさい、とっとと脱げ」

言いながらエドはオートメールの手でボタンを外していく。

「わかったよ。脱がすのは得意だが脱がされるのは苦手でね。自分でやる」

ラッセルはあっさり服をぬいでしまった。もともとこの部屋はエドの体温を一定以下に下げないためかなり暑くしてあった。さっきから旅姿のままの彼は暑苦しくてしかたがなかった。

ラッセルの身体はエドとは違った。まだ少年期の危うさを多分に含みながら、力強い大人の骨格を得つつある。それは大人の目から見ればひどく不安定であいまいな時期。子供の目から見ればいつか自分もああして大人になるのかという憧れの時期。

パンツ一枚になったところで、また手をエドに戻す。

「では、いい子で続きをさせてもらおうか」

「それもだ」

オートメールの手がラッセルのパンツを引っ張った。





後の話であるがラッセルはこの後一年を超える長期間、生体への連続練成を行うことになる。それは彼の身体の正常な成長を妨げた。そのため彼は成人後もどこか危うい少年の雰囲気を漂わすこととなる。それは彼にとってはコンプレックスに過ぎなかった。しかし女の目で見れば母性本能をかきたて、さらさらの銀髪や銀の瞳と相まって北の国の王子様の雰囲気の源となった。



⑯ スパナの少女

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14 命の約束

2006-12-31 05:54:20 | 鋼の錬金術師
⑭ 再会 命の約束

 俺がお前を支えてやる。命のある限り自由に動けるようにしてやる。お前の名前の借り賃だよ。



リザの説明は簡潔で無駄が無い。

「大佐、ゼノタイムのラッセル・トリンガムです。彼はエドワード君の友人です」

すでに奇跡の使い手の名は二人の話題に出ていた。

「若いな」 ロイの感想も短い。

(これが大佐?若すぎだな。そういえば、エドが言っていたな。上司はいやみなへたれの女たらしだって。あいつの評価は辛口すぎだ。これでは俺のことはどう報告してるやらだ)

「始めまして、大佐、失礼准将。ラッセル・トリンガムと申します」

ロイの階級章は准将である。

「鋼の報告書で一度読ましてもらった。ゼノタイムでは軍に協力してくれたそうだな」

(あれ、にせもの騒ぎは知らないのか?この反応では)



「彼は国錬(国家錬金術師)を受験しに来ています」

ワン、ハヤテ号がほえた。

「ハヤテの友達です」

リザが笑って付け加えた。

「ほう、では腕を見ようか」

リザは一歩下がった。ロイが手袋をはめる。意識的に強力な闘気を発する。

ラッセルは動かない。緊張しているようには見えない。

「よろしいのですか。美しいご婦人の前で」

「さて、恥をかくのはどちらだろうな」

ロイはラッセルの仕掛けるのを待った。しかし、彼は動かない。

「臆したか、坊や」

「ご冗談を、ただうわさに名高い焔を先に拝見させていただきたいので」

「余裕だな、よかろう」

ロイは怪我をさせないように酸素濃度を調節した。

鮮やかなオレンジの焔がラッセルの足元を囲んだ。

「美しい物ですね。では、こちらからもご挨拶を」

驚く声はリザから上がった。

一瞬の柔らかな光に包まれて青いバラの花束が手の中に下りてくる。

計算外のリザの声にロイの気が乱された。



ぱしぃ

小さな音が聞こえたかと思うとロイの体には植物のつるが幾重にも巻きついた。さらに獲物を求め蔓は動き手袋を切り裂いた。

「お気に召しましたか?」

ラッセルはリザに微笑を向ける。

「見事だわ」

正直な感想であった。まさか利用されるとは思わなかった。

「まったくだ」

ロイの声には感嘆と自分の女に手を出されたとでもいいたげな響きがある。

ロイは無事なほうの手袋の錬成陣を利用して蔓を簡単に焼き払った。

(やれやれ、やはり本気ではないな。まぁご挨拶としてはこんなものか)



リザは花を抱えてハヤテ号を連れて帰った。すでに他の上司に仕える身では長くいるわけにはいかなかった。

「来なさい。鋼のに会わせよう」

先に立つロイの背には隙が無い。

(敵にはしたくないな)

正直な感想であった。



「エドワード、君に客人だ。ゼノタイムのラッセル・トリンガムだ」

(エド・・・?)

そこは明らかに病室とわかる部屋。消毒液や点滴やビタミン剤の、ラッセルにとってはなじみのある匂い。そして暑苦しいほどに温度を上げている。

さらに准将の声が問題だった。先ほどまでの軍人らしい低音はどこへ行ったのか。甘ささえ感じるテノールの声。

(これは、何だ)

ラッセルには理解しかねる空間がそこにあった。しかもたちの悪いことにご当人の大佐は自分がどんな空間を作ったか気づいていない。

「大佐、まだねむいんだぁ」

ベッドの中の小さなかたまりがもぞもぞ動く。

(こ、これ、エドワードの声か?)

ゼノタイムで出あった時のエドはほぼ一日中怒鳴ってばかりいた。まぁ、あの時は喧嘩ばかりしていたし、共同戦線を張ってからもゆっくり話す雰囲気ではなかった。駅に見送りに行ったときもエドと話すとつい喧嘩口調になった。思えばあのころは自分も子供だったのだ。

「だめだ。今寝すぎるとまた夜は眠れなくなる。それに君に客だ。ゼノタイムのラッセル」

「ヘッ」

エドの声のトーンが変わった。一気に目が覚めたらしい。

「ラッセルー?まじかよ」

ガバッと起き上がる。と同時に前かがみになり胃の辺りを押さえ込んだ。

「エドワード」

名を呼んだが次の言葉が出てこない。

(これは裏の患者並みに悪そうだ)



准将は、軍議があるので話は今夜にと言うと軍人らしい強い足取りで去った。出かける前にエドのほほに軽く口付ける。それからラッセルにエドを頼むと言い残した。

住み込みメイドが一度現れお部屋は2階のエドワード様の隣に用意させていただきますと告げた。

先に口を開いたのはエドだった。

「2年ぶりぐらいか、お前いやみなぐらい伸びているな。相変わらず老けてるしなぁ」

ゼノタイムのときと同じようにぽんぽん言うエドであった。しかし、ラッセルはエドの言葉には乗らなかった。

(無理がある)

さっきからずっと腹部を押さえているエドの手をそっと動かしゆっくりと触れた。明らかな腫瘍の気配。裏治療のときに何度も感じた気配である。

「胃の幽門部か、かなり痛んでいるな」

「あ、ばれたか。ちょつと、わけありでこんな状態なんだ」

「見事に中身の無い説明だな」

話しながら薬棚とおぼしきところから鎮痛剤を下ろした。

手際よく5パーセント糖液に混入する。エドの腕はすでに注射の痕だらけである。すでに細くなり始めた血管に文句を言われる前に針を刺す。

「うまいな。ロイのやつ、人の腕だと思って何回もさすんだぜ。痛いしさ」

「医者はいないようだな」

「絶対治らないと保障してくれるだけの医者に用事は無いさ」

「エドワード」

あまりにさびしい横顔を見せるエドに思わず抱き寄せる。

「あきらめるな。あきらめるのはお前のやり方じゃないだろ。俺が助けてやるよ。どんなことをしてでも。赤い石を作り出してでも」

「ラッセル、俺はあきらめているわけでもないんだ。自由時間は3ヶ月。その間に絶対にアルを元に戻してやる。赤い石を手に入れて、必ず」

「医者はどう言ったんだ。一年か?」

「お、すげー勘。正確には動けるのが3ヶ月。入院して一年だ」

エドの声に澱みは無い。

(すでにすべてを受け入れてそれでも何かをはっきり言えば、人体練成を行おうとしているのか)。

ラッセルは流しの治癒師達の情報網から裏の情報をつかんでいた。アルは空っぽの鎧と情報は伝えた。それを今、確認しようとは思わなかった。

「それなら、命のある限りお前を自由に動けるようにしてやる」

「もう、等価交換できないけどな」

「お前の名前の借り賃だ。利息付で返してやる」



⑮ 治癒師のやり方

エド、服を全部脱いでもらおうか

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うーん銀のトリンガムを先に打った後では緑陰シリーズのラッセルのほうが老けて見えるなぁ(笑)

それにしてもうちの子たちは胃病持ちが多そうだ。なにがあってもびくともしないのはリザさんとアームストロングさんぐらいではなかろうか

13 セントラル

2006-12-31 05:16:15 | 鋼の錬金術師
⑬ セントラル(銀のトリンガムのリザの子犬たちと内容ダブリます)

ワン、ブラックハヤテ号が一声ほえた。セントラルに移ってから犬を基地内に入れることができなくなったため、リザはハヤテを近所の花屋に預けていた。花屋は番犬と看板犬を兼ねるハヤテを喜んで預かった。

お客が来ると合図のようにハヤテは一声鳴く。後はおとなしくしっぽを振って座っている。ところが今日は少し様子が違った。ハヤテは金の髪の青年と楽しそうに遊んでいる。

「ブラック、どうしてこんなところにいるんだ?大きくなったな」

ハヤテがクーンと返事をする。

「ん、いや少し小さすぎるか。それに・・・お前似ているけど違うな」

ハヤテはまたクーンと鳴く。

「いらっしゃいませ」

花屋の店員が出てきた。しかしどうもこの金髪の美青年はデートの花を買いに来たのではなく、子犬に惹かれたらしいと気づく。

「いい仔でしょ。うちの看板ですよ」

「あ、すいません。勝手に」

「いいですよ。でも珍しいわ、ハヤテが軍人さん以外に懐くなんて」

「軍人?」

「この仔預かり物なの。近所の大尉さんの愛犬よ」

「へぇ、こんないい仔に育てるとは軍人にもいい人はいるんですね」

「とってもきれいな人よ」

ハヤテ号がうれしそうに一声ほえた。

「あら珍しい、リザさんが明るいうちにお帰りだわ。あの人がご主人よ」

さっそうと歩いてきたのは輝くブランドヘアーをパレッタでまとめた女性士官。美しいが外見の美しさよりも知性が際立つ感じがある。

(この美人が軍人か。もったいない。モデルにでもなれば一流は間違いないのに。いや、少し胸が不足か)

ラッセルは前髪をさらりと掻き揚げた。店員の目が釘付けになる。

(いい男。この人ならリザさんと並んでも絵になるわ。あの准将と並んでも素敵だけど。うん、絵になるのはこっちね。物語に出てくる王子様ってきっとこんな美形だわ。)

「ハヤテただいま、あら遊んでもらって・・エドワード君、どうしてこんなところに、あら?」

女性士官も驚いたようだがラッセルはさらに驚いた。

(エドワードか、懐かしい名だ。そうだな、あいつは軍属だし軍人に知り合いがいても不思議はないな。

それにしても今更間違えられるとは)

ラッセルの青銀の瞳に微苦笑が浮かぶ。

「ごめんなさい。知り合いに似ていたから、あの子はあなたのように大きくはないのに」

(エドのやつまだちびのままか)

「いいですよ。間違えたのは俺も同じだし」

「?」

「ハヤテ君を昔飼っていた犬と間違えたんです。こんなに小さいはずがないのに」

「まぁ」

「間違いの等価交換ですよ。きれいな大尉さん」

(不思議ね、初めて会った気がしないわ。ぜんぜん似てないのに大佐(准将)とも似ている気がする)

ラッセルが女性患者専用にしていた涼やかな笑顔を見せる。

(わかったわ。女ったらしの素質がありそうなところがそっくり。それにエドワード君とも似ている。さっきハヤテと遊んでいたときは特に。この瞳の雰囲気。温厚そうに見せかけているけど結構強情ね。この青年はきっと戦うときも微笑している。これで瞳の色が同じならエドワード君のお兄さんに見えるわ)

「エドワードをご存知ですね。」

「え、えぇ」

「失礼、申し遅れました。ラッセル・トリンガムといいます」

「トリンガム、まさかあのゼノタイムの奇跡の使い手」

「お耳汚しでしたか、そんなに大げさなものではありませんよ」

(まぁ裏治癒のときはせいぜい派手に噂になるようにしていたけどな)

「こんなに若かったの」

「いくつに見えますか、レディ」ラッセルは計算されつくしたいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「21歳、そのくらいかしら」(どうも年齢不詳ね。大佐も童顔だし、もう少し上かも)

「いいですね。それならレディとつりあいますか」

「あら、はずれたの」

「すこし、ずれてますよ」

本当は16歳なので少しのずれではないのだが、時には25歳と言われるラッセルにとって21歳は少しのずれのうちだった。

「リザさん。ハヤテを散歩に出したらどうかしら」

花屋の店員が提案する。

「そうね。久しぶりに行こうか、ハヤテ」

それをよい潮にラッセルも歩き出した。

「では失礼します。大尉さん。軍はこの方向ですね」

「あら、それならこの仔の散歩コースなの。一緒に行きましょう」

こうして2人と1匹はあたかも恋人同士に見える姿で軍への道を歩き出した。長身のラッセルは軍人特有の早足のリザにらくらくと着いてくる。後ろでは花屋の店員がうっとりとこの美術品を鑑賞している。

「背、高いわね。175くらいあるかしら」

「上にばかり伸びていますから」

ラッセルは苦笑した。この背丈のせいで子供のころから年相応に見られたことがない。

「そうね、もう少し横幅があってもいいかしら。(大佐も軍人としては細いほうだけどこの青年の細さはいきすぎだわ。弱そうには見えないから実戦用に鍛えて絞り込んだ感じね。でも女の目にはもう少し鋭さよりの逞しさがほしいわ。安心感があるもの)」

「軍には誰を訪ねて?」

「アームストロング少佐です。ただ、日付の古い書類ですからもう無効かもしれません」

「確認していないの」

「多少事情があって急に出てきたので何も」

(もぐりオペで憲兵に捕まりかけた挙句隙を見て逃亡中とは言えないな。)

青年の手には荷物らしき物が無い。

(慌ただしく夜逃げしてきた感じね。まぁ追求は避けましょう。)

ワン、ハヤテが自分も会話に参加しているとばかりに一声ほえた。

「それなら、アームストロング少佐でなくてもいいのかしら」

「面識はないですから、国家錬金術師の試験さえ受験できれば問題はありません」

青年の手には羊皮紙の書類があった。1年半ほど前に弟が誘拐されラッセルは金の練成を強制された。その事件が一応の解決を見たとき憲兵隊から受け取ったものである。リザは何気なく書類を受け取る。その間ハヤテの綱はラッセルの手にある。

(日付は微妙ね。でもこの書類を持っているということは、間違いなく国錬(国家錬金術師)に受かる実力を認められた術師ということだわ。もし奇跡の使い手の噂が半分も本当ならこのラッセル・トリンガムはエドワード君を助けてくれるかも、エドワード君の知己のようだし、アームストロング少佐に渡すのは惜しいわ)

「それなら、私の元上司に会ってみない。焔の使い手マスタング准将に。エドワード君の上司(後見人)でもあるわ」

「焔の使い手、4大元素の筆頭ですか。大物ですね」

(そこで国錬を受けたら、いつかあいつに会えるだろうか。あいつはもう俺のことなど忘れているだろうが)

「ぜひお願いします。時々ハヤテに会いに行っていいですか。」

「いつでも大歓迎よ。この仔もあなたが気に入ったみたい。いままで、ハヤテの綱を取れるのは元当方指令部のメンバーだけだったのにあなたには妬けるくらいなついているわ」

「ハヤテの眼鏡に適ったとは光栄です」

さらりと金の髪を落ち始めた夕日に輝かせてラッセルは微笑した。人当たりのいいこの微笑はゼノタイムでもゼランドールでも足蹴り以上の効力を発揮した。

 こうしてラッセル・トリンガムはリザ・ホークアイの手によってロイ・マスタングに引き合わされエドワード・エルリックを再会する。その後ハヤテを真ん中にしてリザとラッセルは姉と弟のような姿でセントラルパークを散策する姿を幾度か目撃されている。その散策が直接の連絡に危険を感じたリザとロイの情報交換のためであったことは後世の歴史家によって確認されている。





参考文献  この文はリザ・ホークアイの愛犬日記より資料の大部分を得ている。

      ほかに観光農業都市ゼランドール市の個人記録より補足を得ている。





⑭ 再会



銀の(アルゲントゥム)トリンガム

リザの子犬達  銃のお稽古へ

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12 もぐりオペ

2006-12-30 20:36:34 | 鋼の錬金術師
⑫ もぐりオペ

 弟が出かけてしまうと治療所は静かになった。裏治療のデータを中心に生命体としての人体の耐性論を組み立てていたラッセルの手が止まったのは、急患を知らすベルの音が原因だった。上着をつかんで出てみると数人の子供と中年の婦人に囲まれた老人がいた。老人の肌は土色に近い。意識もない。

ラッセルは老人に見覚えがあった。悪性の腎炎で何度か診ている。このところ来ないと思っていたら急に悪くなったらしい。

「おっきいせんせい、おじいちゃんをおこして。おじいちゃんがせんせいにきってもらえっていったよ」

(俺に・・・まさか確信犯か)

この元軍人という老人は診るたびに言っていた。

「お若いの、まだ人を切ったことはないな。それでは一人前とは言えん。一度切ってみろ。年寄りだから遠慮はいらん。練習と思ってやってみろ。」

ラッセルは毎回断った。そもそもここには手術できるだけのシステムがない。そして治癒師はもともと違法というより脱法な存在だが、同じ医療法違反でも人体にメスを入れると罪状が重くなる。実刑20年以上は充分考えられる。それでなくても危ない橋をいくつも渡ってきているラッセルである。ゼノタイムの赤い石、フレッチャーがアルとして誘拐されたときの金の練成、今のところ何とか見逃されているが下手すると今頃は軍の拘束所のなかである。わざわざ危険を冒す気はない。

「先生父を手術していただけませんか。」

「ここには手術システムがありません。第一私には手術の経験が」

「わかっています。父の望みは、先生に人を切らせたい、それだけです」

「そんなことを(押し付けられても困るな。爺さん) こんな、急に悪くなるはずが」

「父の部屋で隠してあった薬を見つけました。10日分以上ありました。今朝になって急に自分に何かあったら先生に切ってもらえと言い出して、そのまま目覚めなくなりました」

「やはり確信犯ですか」

「父の最後の望み叶えていただけますか。」

「ここでは無理です」

「父が言っていました。錬金治癒とオペを併用すればここでも可能と。あの先生ならそれぐらいやれると」

「それは・・・確かに(爺さん変なことまで知りすぎだな。あんたは) しかし・・・」

危険な賭けになる。たった一つでも判断に狂いがあれば患者は死亡する。錬金術を用いる治癒はイメージ力の問題である。ラッセルの見立てがどこまで正しいかが問われる。見立てに自信はあった。しかし・・・。

(成功してももぐりオペで捕まる可能性が高い。失敗すれば確実に捕まる。爺さんまったくひどい話を押し付けやがって。  そしてこのまま何もしなくてもじきに死ぬ。なんてことだ。よりによってフレッチャーの居ないときにか)

子供の一人がラッセルの袖を引いた。それは小さいころ弟がしていたのと同じしぐさ。

「せんせぇ、おじいちゃんをおこしてよ。ぼっくとつりにいくんだよ。やくそくしたんだから」

「フレッチャー、先生の邪魔をしてはだめよ」

(フレッチャー?あぁそうか)

それを聞いたとき、ラッセルの中で何かが動いた。

ーこれ以上フレッチャーから、何も奪わせはしない。ー





「奥へ運びます。今日は他の患者を診る余裕はないですかから、あなたがここで事情を説明してください」

「先生?では!」

「切ります」

短く答えた彼にはもう迷いはなかった。



薬品も不足、輸血も不足、人員も不足、システムもない。

(何てことだ。野戦病院のほうがまだましだ)

しかし、老人の様子から見てまともな医師に搬送する余裕はない。さらに、どれほどの高額になるかもわからない医療費がこの地区の人々に払えるはずがない。

(やれやれ、フレッチャーに怒られそうだ。また、考えなしに一人で突っ走ったと

悪いな、だけど危ない橋を渡るのは俺一人で十分だ)

彼の左手に青い光が宿った。



長い一日になりそうだった。



⑬セントラル(リザの子犬達と内容ダブリです)

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10 招待状

2006-12-30 13:19:17 | 鋼の錬金術師
10 招待状

 ラッセルの予測は間違っていなかった。その日町長の家に行っていたベルシオの言葉によると中型都市セラフィム市から、非公式ではあるが兄弟への招待状が来ていた。

「来たな。あの市では費用は出せないだろうが」

ラッセルは幾分青い顔色ではあったが、納得の笑みを浮かべる。

「今日だぞ。町長のやつお前らを行かすか町で相談していたと言っているが、あいつのことだ。どうせ忘れていたんだろ」

「ハハ、現町長はザルだから、・・・!」

(ラッセル?)

洗面所へ走るラッセルをベルシオの視線が追った。

「こら、鍵を閉めたな!開けないか!ラッセル!」

洗面所からは押し殺したような声だけが聞こえてくる。





「兄さんただいま、あ、ベルシオさんおかえりなさい」

「フレッチャー、ラッセルはどうなっているんだ」

「兄さん気分が悪いからって休診にしているんです。僕はジムと買い物」

「このところ食わなくなったと思っていたが、朝からずっと吐いてるのか?」

「うん。疲れたみたいで・・・調べさせてくれないし、薬も飲まないし、何も欲しくないって言うばかりで」

「まいったな、町長のやつ勝手に行くって返答しているぞ。仕方ないな。お前を行かすか」

「町長さん、何か御用ですか?」

「セラフィム市から招待状だ。奇跡を乱造しているトリンガムに興味があるらしいな」

「行かしてもいいが無理はさせないぞ。第一フレッチャー一人ではあれはできないしな」

ようやく洗面所から出てきたラッセルが口を挟んだ。

「ラッセル、鍵は開けていろ!中で倒れたらどうするんだ」

「そんなドジ踏むもんか」

答える兄の顔色は今朝より悪い。

「まぁフレッチャー一人のほうがいいだろうな。何を言われてもまだ子供だからで通せるだろ」

ベルシオは町長にくれぐれも変な約束をするなと釘を刺すと、町長とフレッチヤーを見送った。





弟が行ってしまうと兄はカルテを前にデータをまとめだした。

「ラッセル少しは休んだらどうだ。顔色が悪いぞ」

「そんな暇ない・・・っぅ!」

「またか、おい無理に吐くな。お前何も食ってないな。そのうち血を吐くぞ」

「もう吐いた後・・・フレッチャーには黙っていてくれよ」

「まったく、お前は似なくていいところだけナッシュそっくりだな」



「父さん若いころベルシオさんと暮らしていたんだろ」

「1年ぐらいか、その後セントラルに出ていった」

「何で別れたんだい?」

「・・・お前、誤解を招く聞き方だな」

「違うのかい。聞いたんだ。父さんとベルシオさんが昔そういう仲だったと。いいんだ。俺は理解できない年でもないし、ただフレッチャーの耳に入ったとき・・・、俺は本当のことを知りたい」

「否定はできん、ただもう昔のことだ」

「昔のことなら話していいだろ」

「まぁな、お前ならいいか」

(こう言ったら多分怒るだろうな。お前がいつも口にするあの金の天才にお前が持っているのと同じ思いだと)



父親の話を聞いている間だけラッセルの目はカルテから離れた。

「あいつは最初から練成は苦手だったからな。一度花をもらったとき花瓶を作ろうとしたらぺっちゃんこの皿ができちまって。その皿でスープ入れてやるたびにあいつの面ときたら、うん あんな面白いものはめったに見られなかったな」

楽しそうに声を立てて笑うラッセルの姿にようやく本来の15歳の少年の姿を見た気がした。

(あんまり無理するな。お前はまだ先のほうが長いのだからな。それにしてもあのときのちっこい赤ん坊がこんなにでかくなるとはなぁ) 本人は知らないがラッセルは生まれたとき「育たない」といわれた未熟児だった。

「何だよ。人の顔じっと見て、楽しいのかい?」

「あぁ、楽しい」

「それなら、見ていていい」

おや、何か違う。ベルシオは感じた。弟がいないためだろうか。ラッセルがいつもと違う。まるでベルシオに甘えてくるような気配がある。

(父親の気分ってこんなものかもな)

独身を通したベルシオに子供はいない。

もう1年以上同じ家に住みながら、ラッセルはベルシオに対し必要以上に他人行儀(実際に他人であるが)なところがあった。今日のように少し乱暴にも思える口調で話すことなどなかった。

(少しはなついてくれたと思っていいのか。ナッシュ、お前の息子は)



「っぅ!」

(ラッセル?)

取りそこねたカルテが床に散らばった。カルテをつかみ損ねた左手はそのまま胸を押さえた。

声を抑えるように右手は口元を押さえる。

力を失った身体が床に沈んだ。

「おい、ラッセルどうした!!胸か、痛むんだな!しまった、フレッチャーがいない。おい、しっかりしろ」ラッセルは30秒ほど胸を押さえ、息をすることなく動かなかった。

「大丈夫・・・です。 もう、治まった」

顔色は悪いが、声は平静だった。

「治まったって、お前まさか前にもあったのか」

「何度か、そのときもすぐ治まったから、別にたいした問題ではないです。」

気がつくとラッセルの口調がいつもの他人行儀に戻っている。

(この意地っ張りめ。自分の弱いところは絶対見せないな。)

「フレッチャーは明日には戻ってくるからちゃんと調べてもらえ」

「黙っていていただけませんか。あいつには余計な心配させたくないので。」

「余計な心配だと。今の心臓だろうが、下手すれば命取りに」

「心臓なら自分で調べました。何の異常もありません。たぶん今やっている治療法のリバウンドです」

「俺には錬金術も錬金治癒もわからんが、そんな危険なやり方ならやめたほうがいいんじゃないか」

「(フレッチャーにばれたら同じことを言われそうだ) 1分以内に治まりますし、たいした問題ではないですから」

「おまえなぁ、もう少し自分の身体を大事にしろよ」

「ご忠告感謝します。でもこれは錬金術上の問題ですから」

カルテを拾い集めて部屋を出ようとしながらラッセルは答えた。閉まるドアの音に16年前の記憶のドアの音が重なる。あの時のナッシュも今のラッセルと同じ顔をしていた。傷ついてそして何も受け入れない。

(なぁナッシュ、教えてくれよ。お前の息子はどうしたらもう少し俺を頼ってくれるんだ。俺では頼りにならないかもしれないけどな。それでももう少し気を許してくれてもいいじゃないか。)





翌日になると、ラッセルは昨日とは打って変わって精力的に動き出した。休診の札をはずし、仕事に出るベルシオを送り出す。やってくる患者たちの合間に裏治療のデータをまとめていく。町長と夕食まで食べてきた弟が帰ってきたときにはデータは完全にまとまっていた。

「兄さんただいま」

弟は1日ぶりとばかりに兄に飛びつく。受け止める兄の腕の力にどうやら気分は治ったと判断する。

「僕ね昨日と今日学校に行ったんだよ。セラフィム第一中等学校。兄さんの分も卒業証書もらったよ。」

「楽しかったか。よかったな」

兄はいつもと同じ穏やかな笑みで弟の髪をなぜる。

「うん、年に1度くらい学校もいいね。兄さんは何してたの、あれから大丈夫、ちゃんと食べているの」

「大丈夫だ。お前が心配することは何もないよ」

( 兄さんがこんな風に言うということは、何かあったんだ。多分)



 先の話であるがこの時卒業証書を贈ったセラフィム市は、有機練成の天才の母校のある市として市を宣伝し20年後有機化学工業のメッカとなっている。





セラフィム市を皮切りに非公式の招待状が届くようになった。予算を出せそうなあいてはひとつもなかったのでラッセルは町長にすべて断らせていた。しかし1市だけどうしても顔を出してくれという市があった。そこはかなり遠方の市だった。町長の遠い親戚がいるという。予算を出せる可能性はまったくない。行きたくはないが町長がどうしても行ってくれと拝み倒した。結局また弟だけが行くことになった。

 行く先が遠方なので行き返りを含め10日はかかった。そんなに長くざる男の町長と二人で行かせるのをラッセルは渋っていた。しかし治癒所を10日も空っぽにするわけにも行かない。となると残るのはやはりラッセルである。

 偶然に短期のアルバイトを繰り返していたベルシオの予定が空いていた。結果的にベルシオが親代わりとして同行することになった。ホームで見送る兄はしつこいぐらいに弟を頼むとベルシオに言い、先に席に座っていたフレッチャーに苦い思いをさせていた。

(僕は、もうすぐマグワ―ルの研究所に入ったときの兄さんと同じ年になるのに)

兄から見ればいくつになっても自分は小さな子供なのだとわかっている。それが兄の愛情ゆえの思いだともわかっている。それでも、どこか割り切れない。

弟は兄の前では意識的に子供を演じることもあった。そうした方が兄を安心させるとわかっているからだ。それはすでに子供の判断ではない。

「俺が守る、お前だけは子供でいていいから」

兄はいつもそう言う。ほんの小さいころからそれがこの兄弟の関係だった。

(でも兄さん僕もいつまでも一人でトイレに行けないちびのままではないんだ。兄さんにはかなわないかもしれないけど僕ももう強いんだよ。拳も術もね)

兄がどういう反応を示すか予測がつくので言ってはいないが、弟はすでに正統な拳法をとっくにマスターし、実戦さながらの対集団戦のトレーニングに切り替えている。何かあったとき兄とともに戦うために。そして、その日はそれほど遠くではなかった。



11 もぐりオペ

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9 疲労

2006-12-30 13:13:11 | 鋼の錬金術師
9 疲労

 それは、奇跡の量産のための裏治療を始めて3ヶ月が過ぎたころ。カルテのナンバーは100に達していた。

食卓で弟は兄になにやら言っている。

「兄さん、少しでいいから」

「欲しくない。見るだけで気分が悪い」

テーブルにはゼノタイムから一緒に来たある老婦人が差し入れしてくれたミートパイがあった。このところ大先生の食事量はがた落ちになっていた。普段から細身の大先生がさらにやせたのを心配した老婦人は、ゼノタイムにいたころは好きだったパイをもってきてくれた。しかしラッセルはちらりと視線を向けたきりで手を出そうとしない。

(そういえば、兄さんこのごろまるっきり肉を食べなくなった。裏治療を始めたころからかな)

「せっかく持ってきてくれたのに、だいたい兄さんこのごろやせすぎだよ。そのうち倒れちゃうよ。兄さんってば。もう、聞いてるの」

「フレッチャー、休診の札下げてくれ」

「え、今日は休みじゃないよ」

「気分が悪いから、少し休む。お前一人では患者が多いと大変だから休診にしてろ。ジムも休むから、お前一人で行けるな」

言いおえると兄はもう部屋に戻ってしまった。

(気分が悪いなんて、兄さんどこが・・・まさか)

弟は兄の言うとおり休診にする。幸い裏治療もカルテのナンバーが100になったところでデータのまとめの為中止している。



「兄さん、大丈夫?」

兄はベッドにうつぶせになりすぐには返答もしない。

「ほら起きて、服脱いで。診るから」

錬金治癒師が患者を全体として診るとき、服をすべて脱がすことが多い。これは衣服があると気の流れが読みにくくなるためである。しかし世間ではこれを治癒師の好色と解釈している。また現にそうである場合も多い。トリンガム兄弟は誤解を避けるため表の治療では服を脱がすことはあまりしなかった。また兄は15歳から30歳までの女性には一人で応対しなかった。最悪でも掃除やまかないのおばさんを立ち合わせていた。その用心ゆえか、あるいはラッセルの透明で潔癖な印象のためか今のところその手のことで批判されたことはなかった。なお、裏治療ではデータを取るため当然すべて脱がした。

「いらん。疲れただけだ。」

「そんなの診なきゃわからないでしょ」

「自分のことぐらいわかる」

(ちっともわかってないよ。食べれなくなるのがすでに問題なのに)

「お前も今日は遊んでろ。一人でデータまとめをするなよ」

言いながら兄は立ち上がる。

弟は洗面所までついていこうとするが兄に鼻先でドアを閉められ、封印をかけられてしまった。兄が治癒と交換で流しの治癒師から聞きだした封印の方法は今のところ弟は知らない。中からは物音ひとつ聞こえない。

(これだから。もう、絶対自分の弱いところを他人に見せない。僕にくらい見せてもいいのに。それにしても涼しくなってようやく食べるようになったとおもったら・・・やっぱり原因はあれかな)

兄がようやく出てきたのは30分もたってからだった。

「兄さん、あの時疲れたって言ったね。あの技何か負担になっているんじゃないの」

「お前そんな細かいことよく覚てるな」

「兄さんの言ったこと僕が忘れるわけない。ちゃんと答えて」

「まぁ、まるっきり負担なしではなかったんだが、慣れればいけるはずだから、  お、おいそんなににらむな」

「怒られるようなことしたの、誰?ゼノタイムのためはわかるけど僕には兄さんが一番大事なんだ。兄さんが望んだから奇跡の量産も手を貸したのにそんな無理してたなんて」

弟が1歩進むと兄が1歩後づさった。

「こんな無理するならもう裏治療に手は貸さないよ。ゼノタイムの奇跡はおしまいだ。」

「そりゃないだろ。むしろこれからが本番だ。多分これだけうわさになっていれば軍か企業か街かが奇跡の正体を見に来るさ。そいつらを取り込んでゼノタイムの浄化の費用をひねり出してやる。口先3寸なら俺に任せろ」

「兄さん、(完全に詐欺師の口調だよ)」

弟は本気であきれていた。



⑩ 招待状

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8 嫌い

2006-12-30 13:11:37 | 鋼の錬金術師
8 嫌い

 「兄さん共鳴と治癒、一人でしたの?」

「あぁ」

「ずいぶん遅かった日だね。そう、あの日、血のにおいがすると思ったら、そんな無茶を一人でしたの。僕に隠れて・・・」

兄の表情がこわばった。

「フ、フレッチャー、俺は、その、何も、お前を」 兄の口調がなめらかさを失った。

「兄さんは僕を信じてないんだ。だからいつも一人で危ないことするんだ。」弟は下を向いてしまう。

「違う。そうじゃない。俺はただお前を夜中に起こしたくなくて」

「兄さんなんて、  嫌いだ」

(ほーお、すごい効き目だな。唯我独尊の銀目が座り込んじまったぞ)

 ジムの親仁はなにやら面白い見世物のように兄弟を見ている。



(ちょっと薬が効きすぎたかな?)

嫌いは言い過ぎかもしれないとフレッチヤーは考えた。

(でも、こうしないと兄さんちっとも反省しないし)

いつもいつもこんな調子では心配事ばかりである。

「ふ―ん、面白いもんだな。坊やあまり兄ちゃんをいじめるなよ。かわいそうに、あの好き勝手な坊主が青くなってやがる」

(兄さんここでどんな言動してたんだろ。聞きたいけど、訊きたくないような)

「こら銀目、お前もいちいちまともに受け取るな。弟はお前に反省してほしいだけだ。そうだな坊や」

「えぇっとオーナーさん」

「ハハ、面白い呼び方だな。おやじでいい」

「はい、おやじさん。兄がここの外で何をしていたかご存知ですか」

「外でか。多いときは10人以上を相手に実戦していたようだな。おかしなうわさも聞いたな。黒い化け物とやりあったとか、なんでも手足が伸びるそうじゃないか。ハハハ、うわさってのはおかしなものだな。あぁ心配するな。まだ殺した相手はおらんようだ。ところで坊や」

「坊やは止めてください」

「ほーお、そりゃすまんな。ちっこい銀目」

「・・・坊やでいいです」

「よしよし、子供は素直が一番だ。銀目みたいに早々とひねるなよ。奥へ来い。基本の型から始めるぞ。銀目お前もいつまで落ちてるやがる気だ。たまにはサムの相手でもしろ。お前は左手だけだぞ」

「今のは?」

「ハンデ戦だ。サムではまともに銀目の相手は無理だ。銀目はジムの強さでは納まらん。生来の戦闘者だな。

はじめここに来たころは、何かに取り付かれたような目をしていたな。最近ようやく落ち着いたようだが、うわさに聞いたが研究とやらがうまくいっているせいか?」



(兄さんは金の光にとりつかれている。もう2年近く過ぎたのに。あの人は僕たちのことなんか忘れているかもしれないのに。あの人のことになると、兄さんには何も見えなくなる。僕のことも。  僕にはそれが見えるのに兄さんにはそれすら見えないんです。)

声にすることなく弟は答えた。



寝室に入ってから弟は兄に手足の伸びる化け物について問いただした。錬金術師の勘が単なるうわさと思わせなかった。しかし兄は「俺にもよくわからない」と言うのみでむっつりと押し黙ってしまった。

(一夜でミイラ化した子供の死体。・・・ゼノタイムの子供もいた。・・・俺が教えた子供の。 血を絞りつくされて・・・。あの黒髪のちびすけ、俺をいきなり偽者呼ばわりしやがった。まぁ自業自得か。鋼のおちびさんか、エドは、チビのままか。   情報が欲しい。あれからあの化け物も気配がない。絶対に俺がひっとらえてやる。いったいどこに姿をくらました。   あのチビの化け物、俺のことをお父様が用意したにニエとほざいたな。ニエ、贄か?俺を知っているような言い方だった。ちっ、わけのわからない話は不愉快だ。)



なにやら、難しい顔で黙ってしまった兄の様子に弟は(今訊いても仕方ない)と、それ以上の追及をしなかった。



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7 ジム

2006-12-30 13:09:36 | 鋼の錬金術師
⑦ ジム

兄が弟を連れて行ったのは繁華街の裏手にある小さなジム。

(ふ―ん。喧嘩だけしてたわけでもなかったんだ)

「よぉ、シルバー珍しい時間に来たな。ん、かわいい子じゃないか。妹か」

中にいた若者が声をかけてきた。

「どこに目をつけてやがる。弟だ。」

「うわっ。もったいねぇ。こんなにかわいいのに男かよ」

「親仁さんは?」

「奥だよ。なんだ、相手になってくれるんじゃないのか」

「後でな、弟を親仁さん会わしてからだ。」

「ねぇ、君。シルバーの弟って本当?うわっ、マジだよ。この子も目、青銀だよ」

「えーい、人の弟をじろじろ見るな」

兄は弟を両手で抱くようにして隠した。このところ、弟はずいぶん伸びているがまだまだ兄には届かない。

兄の口調は治癒師として患者に接しているときとはまったく違う。

(なんだか町の不良少年って感じ。でもこっちのほうが兄さんに合ってる気がするな。・・・あれシルバーって?兄さん名前変えてるのかな?でも、こんな近くじゃすぐばれないかな)

「親仁さん」 兄は返事も待たずに中に入っていく。

弟は急いでついていく。

「なんだ銀目か。珍しいな真昼間だぞ。お前は夜型かと思ったが昼でも起きてるんだな。ん!ほー!これがさんざん、聞かしてくれた小柄で陽の光みたいにきれいで天才錬金術師のお前の大事なエドワード・エドリックか。うーん、聞いたとおりの美人だな。てっきり銀目の惚れた欲目と思ってたが、これは話し以上だ。」

(エドワードさんのこと。兄さんそんなにあの人の話ばかりしてたの・・・僕の話じゃなくて)

「親仁さん、いやそうじゃなくてこれは俺の弟だよ。昼間、こいつの時間の空いてるときに少しだけ鍛えてほしいんだ」

「弟?銀目、お前弟がいたのか。聞いたことないな」

「大事な弟だからな。変なやつに聞かせられるか」

「兄さん・・・」

「この人はジムのオーナーだ。ここで正統の型を習え。俺のは癖がありすぎてお前には合わないからな」

「銀目のは喧嘩殺法だからな。お前のように目つきの悪い奴は強くないとやっていけんさ。

どれ、ほー、かわいい坊やだな。お年はいくつだ。」

お年はいくつという言い方にカチンときた、フレッチャーである。その言い方は10歳くらいまでのお子様に訊く問い方ではないか。

「始めまして、フレッチャー・トリンガムです。13歳になりました」

治癒師として患者の前に立つときの凛とした声で答える。兄の表情が変わった。しまった、と言いたげである。

「フレッチャー、トリンガム、ん、金髪銀目のトリンガム。やっぱりそうか、銀目お前が大先生のほうか」

「ばれてたか」

「うーん、いや今まで信じられなかったが疑ってたな。金髪銀目はこの辺では珍しいし、第一錬金治癒するのはな。しかしどこが温厚冷静だ?この口より足蹴りのほうが早い坊主の」

「多面一人(ターミャンイーレン)。人にはいろんな面があるものだろ。別にうそは言ってないさ」

兄はゼノタイム以来、どうしても必要な時、(患者に説明してはいけないとき)以外は積極的なうそを言わなくなっていた。誤解するのは相手の勝手というところである。

後の話であるが、兄は軍の命令によって偽りの英雄を演じることになる。それが、エドを守ることに繋がらなければ兄は決して偽りの己を許さなかっただろう。弟は後にそう思うことになる。アストリアスの一番若い英雄。それは兄が押し付けられた偽りの名。

「まぁな、お前をシルバーと呼んだのはこっちの勝手だな」

「兄さんいったい何してたの」

「言っていいのか、銀目」

「おもいっきりまずいが、黙ってるともっとまずい、話してくれ」

「こいつは半年ぐらい前から来るようになってな。実戦的対集団戦をさせてたんだが、怪我人を量産してくれたよ」

「帰る前に直してやっただろ」

「おぅお蔭でジムは大助かりだ。バーさんの神経痛まで治してくれたしな」

「夜中まで治癒していたの?疲れるはずだよ」

「成り行き上だ。お蔭で昼はできない実験治癒もできたし、共鳴理論はここで組み上げたようなものだ」

「そうだ、お前の実験のお蔭であいつ予選は通ったぞ。切らずに済んだだけでも幸運と思ったが、予選通過するとは、(あいつと同じ事故であいつより軽症だったやつが死んだがな。あそこは人より牛や豚のほうが価値が高いのだ。この街はこれからどう変わるのか、あまり期待は持てそうにないな)」



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6 ゼノタイムの奇跡

2006-12-30 00:39:39 | 鋼の錬金術師
⑥ ゼノタイムの奇跡

 翌朝、いつもより幾分遅く目覚めたフレッチャーは隣に寝ているはずの兄が消えているのに気づいた。着替える手間を惜しんだか、兄は幾分しわになっている昨日の服のままでいた。猛烈な勢いでノートを書き続けている。錬金術師のノートは多く暗号化されている。象徴の多いのが特徴の兄のノートは古いタイプの練成陣の一部を切り取ったかのように見える。

「先に読んでろ。後で話す」

兄は1冊では足りずに次ぎのノートに書き続ける。朝食も食べない弟はたちどころに兄のノートに没頭する。いつまでも降りてこない兄弟の姿を探して、治癒室のドアを開けたペルシオは二人の姿が完全に錬金術師になっているのを見て朝食を食べさすのをあきらめた。

(ナッシュもそうだったが、ああなるともう何も聞こえなくなるからな。しかし、あいつらあれでトイレぐらい行くんだろなー?)

約2時間後、20冊目に書き終えたところでようやく兄の手が止まり、弟も最後の1冊を置いた。

「兄さん、共鳴理論って生命体の中核原始論に沿って、それを生命維持の原題に利用する。そうなんだね」

「メインはそうだ。ただ、あの理論はあくまでも魂と精神の繋がりを仮定する仮理論だった。所詮は机上の遊びだ」

「うん、僕もそう思う。兄さんはそれを実用化したことになるのかな」

「そうだ。うまく使えばこいつは、奇跡を演出できる。医療界の年寄りどもが腰を抜かす奇跡を作り出せる」

「え、この理論、発表するんじゃないの?」

「いずれはな、その前にこいつを手品の種に、ゼノタイムのために使う」

「兄さん??何するの?」

「そうだな、まずは奇跡の大量生産だ。フレッチャー、共鳴は俺がやる。お前は治癒を頼む」

「僕が、」

「心配するな。共鳴を使っている間は、患者にはまったく影響がない。心臓を切り取って取り出しても共鳴を続けている間、患者は生きている。いわば、患部と患者を別の生き物として扱える」

「それって、すごいことじゃない。ショック状態も副反応も気にしないでいいなら、どんな治癒法も思いのままだ。・・でも、それがゼノタイムと関係あるの?」

「まぁ、俺に任しておけ」

「・・・うん・・ (任すと少し不安なんだけど)」







こうして、後に ゼノタイムの奇跡 命の使い手 奇跡の執行者 といわれるゼノタイムの奇跡伝説は始まった。

 





弟は兄の理論に沿って、自分でも共鳴を実践しようとした。しかし、理論はわかるのだが何度練成しても成功しなかった。

「何かが足りない気がする」

フレッチャーはこのときその何かを追求しなかった。後になってフレッチャーはこの時追求しなかったことを後悔することになる。足りないもの、それは命の練成陣。







ゼノタイムの奇跡の伝説は始まった。一人、二人、三人。もはや、助からないはずの患者が、生還していく。奇跡の患者のカルテに名前はない。患者は、医師の手によって内密に連れてこられ、治癒後にまた元の医師の手に戻される。表向きはその医師が治療したことになる。しかし、噂は広まっていく。ゼランドール市のゼノタイム地区に奇跡の使い手がいる。医師会の会合で密かにトリンガムの名がささやかれる。医師の中には手におえない患者を内密に連れてくるものもいる。トリンガム兄弟は医師の名も患者の名も尋ねない。医師は名誉を守り患者は助かる。兄弟の手には人体の生命体としての耐久性をしめすデータが残った。後の話だが、ラッセルにとってこのときの経験が、余命宣告されたエドを支えるのに最高に役立つデータとなった。さらに後の功績となる人工臓器開発や、外見上区別できない人工皮膚の開発には、このときのデータを多く使用している。

カルテNOが90を越したころ、弟は気がついた。

「兄さん、どうしたの」

「何でもない」

「うそでしょ。どこか、痛むんでしょ」

「治まったからいい。そう騒ぐな」

「だって、・・そうだ、あの日何していたの

夜中に出歩いてた日だよ」

兄が渋い顔をする。

「お前そんな古い話を」

「3ヶ月前だよ。まだ有効だよ。何していたの?起きたら教えてくれるっていって結局教えてくれてないよ。」

「うーん、いまさらだけどな。・・・運動不足だったから、体術の実践訓練をな」

「体術の実践練習?」

(はっきり、喧嘩しに行ってるなんて言ったら、僕が怒ると思っているんだ。そりゃ、怒るけどね。あ、でもちょうどいいか)

「兄さんずるい、僕には教えてくれないで一人だけでなんて。ねぇ、僕も連れてって。」

にっこり笑って、兄の膝に座る。そして、兄の顔を下から見上げる。

昔から兄はこの体制に弱かった。

(勝ったね)

困ったような、兄の顔があきらめと微笑に変わる。

「そうだな。お前も運動代わりぐらいなら鍛えてもいいか。喧嘩なんてするなよ。」

(よく言うよ。自分のことは遠くの棚の上なんだから。)

「うん、じゃあつれてって」

「今からか」

兄は時計を見る。

「少しぐらいいいか。」



⑦ ジム

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5 銀

2006-12-26 21:55:53 | 鋼の錬金術師
⑤ シルバー

ゼランドールの街には大きな工場群がある。その一つがジャングルという精肉工場。アーサー・ミラー社長の下売り上げを伸ばしている大工場である。ゼランドールの若者の多くはここをはじめとするミラー系列の企業に働いている。この街はミラー家の城下町でもある。

荒っぽい精肉工場の中では事故は多かった。ミンチを作る大型ローラーに夜間作業員のブラックの腕が引き込まれたのも、工場のオーナーにとってはありふれた事故に過ぎなかった。ブラックの腕は豚の肉と同じレベルまでつぶされた。「医者だ」と叫ぶ作業員の中、工場の主任は「機械をとめるな」と怒鳴りつけた。思わず主任を殴り倒したバイトのサムは骨も肉も同じ大きさにつぶされたブラックの腕に目の前が真っ暗になった。

(こいつは、チャンプになれる男だったのに、ここで死んじまうのか。)

「そうだ!シルバーならブラックを助けてくれる!」



シルバーは少し前からサムとブラックの通うジムに出入りするようになった若者だった。金髪銀目の冷たくすらみえる美顔を持つ彼は、腕の立つ錬金術師であった。シルバーというのが本名かどうかはわからない。サムもそうだが、この街では名前は記号に過ぎない。

 彼はいきなりジムに来て、ブラックと3時間も打ち合ったあと、「リングの中ならこいつ(ブラック)の勝ちだな」と言いリングロープを利用したとはいえ10メートルも跳び、通りの向こうへ姿を消してしまった。次にサムが見たときは、シルバーはぼろぼろになったジムのメンバーを錬金術で治療していた。さっきまで呻いていたけが人が、青い光に包まれたかと思うと傷跡すらなく完治している。それはサムが始めてみる錬金治癒の風景だった。後で聞くとシルバーはジムのオーナーに実戦用に鍛えなおしたいといい、交換条件として怪我人は全部治すといった。実際、まったく容赦のない彼は怪我人を量産した。そして帰る前に傷あと一つ残さずきれいに治していった。



「シルバー!助けてくれ!ブラックがミンチの機械で腕をつぶされた。出血がひどい。あのままだと死んじまう!」リング内にいた彼は振り向くと同時に走り出した。

サムとシルバーが工場についたのは、事故から15分後であった。

精肉工場はいつも血と腐敗のにおいがしていた。そのにおいの中、床に転がされたままのブラックは、人いうより食肉蓄と同じ扱いを受けていた。

(まずいな、ショック状態を起こしかけてる)

「おい、ブラック聞こえるか、すぐ痛むのは止めてやる。次の試合に出たいなら絶対動くな。」

(チッ、まだ完成していない技だが止むを得ないな。共鳴を使うか)

どこに隠し持っていたのか小型のナイフを出す。シルバーと呼ばれていたラッセルは左手首を薄く切った。滴り落ちる血でブラックの周りに血の錬成陣を描く。青い錬成光が血の陣の内側に満たされる。それは奇妙な光景だった。通常なら数秒で消えるはずの錬成光がラッセルとブラックを包み込むようにいつまでも残っている。水のように見える濃い光である。その光の中、苦痛に気を失っていたはずのブラックの目に強い光が戻る。

「シルバー、俺の腕はだめみたいだな」

「あきらめるな、俺が直す。次の試合に出してやる。」

「骨もぐちゃぐちゃだぜ。できるのかよ」

「うるさいやつだな。錬金術の可能性に限界はない。痛くなくなったんなら黙って見てろ」

「そうだな、お前に任す」

「いくぞ」

ラッセルはミンチ状になった腕に手をついた。青い錬成光が連続して放たれた。

サムや行員達の見ている前で1度青い光が放たれるごとにミンチ状につぶれ骨片となった腕が修復されていく。1回打つごとにラッセルは青ざめていく。

「すげぇな。錬金術師はみんなあんなことができるのかよ。」

「いや、俺田舎で流しの治癒師にかかったけどあんなことできなかった。」

「あの金髪凄腕なのか。」

「多分、いや絶対そうだ。」

ざわめく行員達の声はラッセルには聞こえない。彼は血に染まった手でわずらわしげに前髪をかきあげた。

(後一度、打ち込めばこいつの腕は治る。あとたった一度でいい)

だが、疲れきった彼にはその一度が打ち込めない。

荒くなった息を無理やり整える。

(たった、1度でいいんだ、ここまで来てあきらめられるものか。あいつなら、絶対あきらめない。   絶対直してやる)

「おい、シルバー、お前真っ青だぜ。大丈夫かよ」

治療を受けているブラックは、まったく苦痛を感じていない。平気な顔で問いかけた。

「あまり、大丈夫とはいえないな。悪いが、共鳴を切る。痛むのは我慢しろ。」

ラッセルは視線を集まって見ている工員達に向けた。

「おいそこの若いの。こいつを押さえつけとけ。治療済みのところまでは触ってもいいから腕も押さえろ。」

工員達は突然現れたこの錬金術師がなぜ自分たちに命令するのかまるっきり理解できなかった。しかし、彼の天性のカリスマともいうべきオーラと堂々たる態度にしたがっていた。



「よし、共鳴を切る、暴れるからしっかり抑えろ」

血で描かれた練成陣が音もなく、消えた。同時に余裕の表情でいたブラックが、苦悶する。押さえつけていた若者達が慌てて力を加える。ブラックの口から悲鳴が漏れた。

「後、一度だ。我慢しろ。  いくぞ」

ラッセルはすでに熱くなっている左肩の練成陣に集中する。幾度もの打ち合いで感じたブラックの腕を完全な形でイメージする。

(よし)

青い光が、薄暗い食肉工場を輝かした。





ラッセルが次に見たのは、見慣れたジムの2階の天井だった。左肩が熱い。全身が異常に重い。息をするたびに胸が痛む。

(どうやら、患者の前で倒れたのか。情けないな。あの程度の治癒で、気を失ったとは。  原因は、<共鳴>か。あれは、体力を食いつぶすということだな。治癒と共鳴同時にするのは無理があるか。俺は共鳴だけにして、治癒はフレッチャーにさせるとするか。)

「シルバー、起きたのか、よかった。お前冷たくなっていたんだ。あのまま死んじまうかと思った。」

ブラックが、直してやったばかりの腕を差し出した。

(筋肉、血管、神経、血圧、毛細管、比重、水分圧、骨密度、蛋白、カルシウム組成率。よし、合格)

差し出された手を握り、ラッセルは手早く修復率を計算する。

「打ち合えるな?」

いきなり尋ねた。

「あぁ、さっきサムと軽く打ち合った。完全だ」

「まだ、許可を出した覚えはない。」

「お前の治癒に失敗があったことなんかなかっただろ」

「いい加減な患者だな」

「第一お前をここまで抱いてきたの俺だぜ。おっそろしく軽いな。まともに飯食っているのか。」

「人事だろ。ほっといてくれ。」

倒れたこともだが、抱かれていたということに、彼のプライドがより強く反発する。

「ま、お前が自分のことに口出しされるのが大嫌いなことぐらい知っているけどな。」

そこまで言ったところでラッセルはブラックの腕を利用してようやく起き上がった。

ブラックは知っていた。うかつに助け起こしたりしたら、このプライドの高い青年はおそらくもう2度と姿すら見せなくなる。

ラッセルはもうブラックのほうを見もせずに言った。

「用は済んだ。帰る。」

言い終えると、幾分ふらつきながら立ち上がる。サムが精一杯の感謝の念を込めて差し出した濡れタオルで手にこびりついた血糊をぬぐうと夜明け近い街に溶けるように去った。









10年後、3体重別クラスと無差別クラスで4本のベルトを最高8年所有したブラックは、現役引退パーティに招待するため旧い友人を探した。行き着いた相手がスポーツ界が最も嫌う軍人でそれもアメストリスで一番若い英雄と呼ばれるラッセル・トリンガムであったことは、どちらにとってより不本意であったのか。その後の記録はない。

                                                                                                                                                                                                                           

⑥ ゼノタイムの奇跡へ

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4 夜遊び

2006-12-25 20:16:05 | 鋼の錬金術師
④ 夜遊び

ゼランドール市は特に大きな街ではない。それでも繁華街はあるし夜しか活動しない人も多く生きている。

酒場やそれに付随する夜の女、怪しげな情報屋、表では取引できないさまざまな物資。それもまたこの国の一部である。表の市場では入手しにくい薬品の購入のため、裏通りの酒場にいたラッセルは懐かしい名を耳にした。

あの鋼の錬金術師がキメラと手を組んだ。空っぽのよろいが走りまわっている。もうすぐまた戦争らしい。南部のデビルズネストとその一味が軍につぶされた。

裏社会の噂は真実とは限らない。それでも、ラッセルはエドに関する噂を本能的に追った。そして、追っているはずの自分が追われていることに気づいた。

(あいかわらず、エルリック兄弟は無茶をしてるんだな。あいつらの情報を知ろうとしただけで、この始末だ)

追ってくる人数は10人は超しているだろう。負ける気はしなかったが、温厚、冷静の評価を得ているトリンガムのおっきいせんせいが、街中で喧嘩騒ぎをおこしたとばれるのはまずかった。

(逃げるか?それともよけいなことを話せない程度まで痛めつけるか?)

 自問したが、ラッセルの中で答えは決まっていた。もう彼の足は人通りの無いほうへ向かっている。このところの苛立ちも鬱屈たる思いももううんざりだった。

(まぁ、殺さない程度に遊んでやるさ)

2時間後、コートのほこりを掃い落とした彼は酒場で名も知らぬ男と飲んでいた。思ったより時間がかかったことに彼のプライドは満足していなかった。

「銀目のあんちゃん。いい腕しているんだな」

喧嘩の現場を見ていた男から言われてもラッセルの表情は苦いままだ。

「あんたなら、あのブラックとさしでやれるかもな。」

ラッセルの手が隣で飲んでいる男の胸倉をつかんだ。

(俺はあのエドと一度は対等に戦った男だ。この辺の三流の誰かと比べられてたまるか!)

口にすることのできない思いは、ラッセルから表情を奪った。

「銀目殿は、気が短いねぇ。」

男は慣れているらしい。酒場の者も誰も騒がない。ここではよくあることなのだ。

「けど、ブラックも結構強いんだぜ。じきにチャンプになるやつさ。興味があるんならブルーリバーのジムに行ってみなよ。銀・・シルバーのあんちゃん」

シルバー、このとき何気なくつけられた名はラッセルの裏の世界での通り名となる。





(兄さん?タバコのにおい?お酒の匂い?)

朝、いつもと同じ穏やかな微笑を見せる兄から、弟はいつもは感じないにおいを感じた。

「兄さん」たずねかけたフレッチャーをタイミングよくベルシオが呼んだ。角を曲がった場所まで連れて行かれた。

「ほっといてやれ。あいつにもストレス解消は必要だ」

「だって、このごろ兄さん毎晩いなくなっているんですよ」

「まぁな、怪我でもしてきたら怒るつもりだったが今のところ無事のようだしな。」

「何しているか知ってるんですね。僕には何も言ってくれないのに」

「聞いたわけじゃないさ。俺にもそれなりの情報網があってな。ま、若いうちの喧嘩はあいつみたいな目をしているやつならあるほうが当然だからな。」

「喧嘩って、兄さんそんな危ないことを」

「やれやれ、心配しなくてもあいつは強いだろ。この辺のやつなら10人がかりでもあいつに勝てんさ。お前がそうやって心配するからあいつも余計に言わなくなるんだ。」

「だって、僕が見てないと兄さんすぐむちゃくちゃするんですよ。」

「そのうち落ち着くだろ。」

「それでは、遅いときもあるんです」





数週間後、兄はいつもよりさらに遅く夜明け近くになってようやく帰ってきた。弟はベッドの中で眠った振りをしながら、なぜかひどくつらそうに響く兄の足音を聞いた。だいたいあの兄がこっそり出かけたというのに気配を立てて帰るなど初めてである。

「痛っ」

つぶやく声が聞こえる。

(血の臭い。兄さん、どこか怪我でもしたの?)

「兄さん」

弟はいきなり起き上がった。

「うわっ、起きていたのか」

「どこ行っていたの」

暗いせいだろうか、兄の顔色はひどく青ざめて見える。

「・・・・・散歩だ」

「毎晩、僕に隠れてなの」

「気づいたか」

「気づいていたよ」

「そうか、そろそろベッドは別のほうがいいかもな。起こす気はなかったんだが」

「どこ行っているの?毎晩ずっと、帰ってくるまでどれだけ心配しているか、兄さんちっともわかってないんだ」

「・・・少し、休んでから話す。長い話になるからな。とにかく今日は疲れたから1時間ぐらい眠らせろ」

言いながら兄は上着だけ脱ぐともうベッドに倒れるように横になった。そのまま弟を両手で抱く。

「お前ももう少し寝ていろ」

言いおえるともう寝息を立てている。

(僕は抱き枕じゃないんだけど。これがベッドは別になんて言ってた人の態度。一人で寝むれないのは兄さんじゃないの)



⑤ シルバーへ

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3 苛立ち

2006-12-23 10:31:27 | 鋼の錬金術師
③苛立ち

ゼランドール市に移ってからも治癒師としての兄弟の生活に大きな変化はなかった。ただ、対象数が増加したため患者数が増え診療時間が長くなったこと。子供たちの勉強を教える時間が無くなったこと。農場をやっていたベルシオが急には職が見つからないため、治療所の雑務を見るようになったこと。そのぐらいの変化はあった。そのベルシオの目にはゼランドールに移ってからのラッセルの食欲不振が気になっていた。もともと特に食べるほうではなかった。それでも170㎝を越しているのだからよほどエネルギー効率がいいのだろう。ゼノタイムで数日泊まっていった豆国錬を思い出すと、彼の非効率ぶりが分ろうと言う物だ。ふとした折に、ベルシオがエドの名を口にし、「おまえももう少し食べないと身体がもたないぞ」と言ってみた。しかしラッセルは意識的に、論点をずらしてしまった。

「エドはあの行動にエネルギーを使いきっているんですよ。あいつの戦闘力は天井知らずで、今頃はもっと強くなっているでしょうね。」

それをきっかけにエド達の話題がよく出るようになった。そのたびにラッセルはエドの戦闘力、頭脳、発想力、錬金術師としての才能をこれ以上ないほど絶賛した。そして最後はいつも 「あいつは今ごろ、もっと先を走っているだろう」と締めくくった。そんな時の彼の瞳はどこまでも無色透明に見えた。

(兄さん、さみしそうだ。エドさんに会いたい?違うな。

このごろ患者が増えて疲れているのもあるみたいだけど。兄さん絶対僕には夜は治癒させないのに、自分は夜中の呼び出しにだって応じているし。睡眠不足もあるかな。でもそれだけじゃない、そういえば、僕はこのごろ研究まで回りついてないけど、兄さんはいつも夜中にやっているみたいだし・・・兄さん、いつ寝ているんだろ?)







弟が夜中に目を覚ましたとき兄のベッドは空っぽだった。探してみると兄は治療室で医療書を読んでいた。医療系が得意といっても、専門的に学んだことはない。覚えることは多かった。

「兄さん、まだ起きていたの」

「起きたのか、子供はちゃんと寝ないと大きくならないぞ。」

「あのね、僕と兄さん2歳しか違わないんだよ。兄さんもまだ成長期だよ。このごろほとんど寝てないでしょ。食欲もないみたいだし」

「なんだ、俺の心配か。気にするな。おまえの心配することは何もないよ」

兄は弟を安心させようと微笑む。しかし、その瞳に銀の輝きは無い。

「一緒に寝てよ。一人では眠れないよ。」昔のように兄の袖を引いた。

「やれやれ、いつまでも甘えん坊だな。ま、いいか」

立ち上がった兄は急によろめいた。両手を机につき息を整える。

「痛ぅ」

「兄さん、どうしたの」

「何でもない」

「だって、今ふらついていたでしょ。うそついたってだめだよ」

「何でも・・・ちょっと背中が痛ん、ひきっつただけだ。このごろ、運動不足だからな」

「それなら僕に体術教えてよ。強くなりたいんだ。兄さんみたいに」

「お前は余計な心配しなくてもいい。俺が守ってやる」

「でも兄さんがいないときに襲われたら、うちってもぐり診療でしょ。けっこうまずいはずだね」

「それは・・・そうだが・・」

医療法という法律がある。医師以外には診断治療を禁ずる法である。厳密に言うと治癒師はこの法に反している。しかし、高額の医療費を払えない一般市民以下の人々。裏社会に属す人々にとって違法であろうと治癒師は必要不可欠であった。なお、多くの治癒師は流し、つまり固定した居場所を持たない。トリンガム兄弟のように、町お抱えの治癒師という例はほかに無い。





兄は弟に引っ張られるようにしてベッドに入った。やはり疲れていたのだろう。弟が話しかける暇もないうちに兄はもう寝息を立てている。このところ、屋内ばかりにいるせいだろう。兄は以前より色が白くなっている。

兄の金のまつげを見ながら弟はあくびともため息ともつかぬ息を吐く。

(僕を守るって言うのはうれしいのだけど、兄さんはすぐ無理するからね。一人で煮つまっちゃうし。

最近、何か苛立っているみたいだし、疲れているのもあるみたいだけど。エドさんの話題が出たころから特に。

兄さん、何かあせっている。そんなに急がなくてもいいのに)

弟は眠る兄にささやいた。

「兄さんは強いよ。兄さんの強さは僕が一番知っているよ。エドさんの強さは確かに天井知らずだけど、兄さんの強さは底が知れないんだ。だから急ぎすぎないで。僕と歩こうよ。僕はずっと兄さんと一緒だから一人で走って行かないで。僕兄さんが一番好きだよ」



④ 夜遊び

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2 新しい街へ

2006-12-22 21:19:59 | 鋼の錬金術師
②ゼランドール市 

トリンガム兄弟がゼノタイムで錬金治癒師として、生活しだしてから半年が過ぎた。ようやく、金庫の中身の処分も決まりマグワールの裁判の判決も出た。罪状は多かった。未成年者の誘拐監禁、強制わいせつ、詐欺、脱税、不当融資、利息制限法違反、騒乱罪、銃刀法違反。そしてようやく立証された殺人罪。ナッシュトリンガムの遺体は警察の捜査では発見されなかった。それでも殺人が立件されたのは、最年少国家錬金術師エドワードエルリックの証言文書のおかげであった。

 ベルシオ・アースは長い判決文書を読んだ。そして、読み終えると同時に文書を暖炉に放り込んだ。(これだけはあいつらには見せられない) 判決文の中でマグワールは自白していた。―ナッシュ・トリンガムの遺体は薬品で溶かされ、赤い石の材料にされたー。そして、ベルシオは知っていた。あの豆術師エドと戦ったとき、ラッセルが何を持っていたか。ゼノタイムの赤い石それはナッシュ・トリンガムの遺体から作りだされていた。

 

「おっきいせんせい、ちっちゃいせんせい」

子供たちの呼ぶこれがトリンガム兄弟の新しい呼び名であった。治癒師の傍ら兄弟は外で遊べない子供たちに基礎的な勉強を教えていた。

ゼノタイムの町は今、大変な難問を抱え決断を迫られていた。100年前の記録にある風土病の再流行である。まず子供に気管支炎が増えた。最初は土ぼこりが原因と思われていたが、やがて若い世代を中心に不可解な皮膚病が蔓延した。トリンガム兄弟は、風が運ぶ何かの原因物資へのアレルギーのようなものと診断した。こういうものは原因を除かない限り根治は難しい。対処療法に追われるラッセルは、患者の人数の多さに過労になりかけていた。やがて、全世代を問わず潰瘍に悩む人が増えた。ペルシオの植えていた作物もオレンジの木も枯れ、生命力の強いはずの竹科の植物すら枯れた。このころ、前町長と現町長との間で、言い争いがあった。現町長の持つ町の記録簿に今回の流行病とそっくりの記述があったのだ。そこには、町をあげて移住し5年後おさまったので町を再建したと書かれていた。現町長はその記録を隠していた。前町長は、それを問題にした。この言い争いをきっかけに町を離れる決意をする人が増えた。

やがて、前町長の主張する移転が正式に決まった。

「ゼランドール市なら、親戚や知り合いも多い。みんなでいけば助け合える。全滅しないうちに移転しよう。」



移転しようといっても簡単にはいかない。まずは先方の許可がいる。ゼランドール市の移転許可は当初下りなかった。ゼノタイムはエドの言葉を借りれば「お疲れっぽい町」であった。ようやく、過去の栄光の記憶を断ち切って再建しようという矢先の風土病の再流行であった。大して、財産のあるものもいない。ゼランドール市では下層民になるよりほかない。受け入れは不可能、というのが市の正式回答であった。2度目の交渉でゼノタイムはある条件を加えた。その結果、受け入れ許可が下りた。

 加えられた条件を後になって聞いたべルシオ・アースはなき友に代わって町長達を怒鳴りつけた。

「いい加減にしてくれ。贖罪はこの1年で十分しただろ。あいつらはまだ子供だぞ。」

町長は、町のお抱えの治癒師をゼランドール市民に開放することを条件に加えていた。

「それで移民許可が下りたのですね。それなら、かまいませんよ。」

「おお、そういってもらえると助かるよ。」町長の表情が一変する。

いつ降りてきたのか、2階で眠っていたはずのラッセルが階段の手すりにもたれていた。

「ラッセル、子供が口をはさむな」

「いや、べルシオ子供といってももう15歳だ。自分たちのことは自分で決めさせてもいいではないか」

ざる男とあだ名される町長が、ここぞとばかりに言う。

(何が、決めさせてもいいだ、 こいつらが抵抗できないのをいいことに押し付けているだけじゃないか。だいたいマグワールのときだってあの状況でラッセルにほかに何ができたって言うんだ。俺のナッシュの子供達がどうしてこんな苦労をしなくてはならないんだ。)

カツン

階段の上から小さい足音がした。

「にいさん、」

「フレッチャーお前は寝ていろ。」

「ひとりはいやだ。」

「寝ぼけているな。すぐ行くから部屋に戻っていろ」

「うん」

 フレッチャーの小さな足音が遠ざかった。

「ラッセル、お前も寝ろ。子供が起きている時間じゃない」

時計の針は、夜11時を指していた。

「今夜のうちにお話を伺っておきたいのですが、よろしいですね町長。」

「おお、それはもう、話が早くて助かるよ」



(このうそつきめ、晩飯も食えないぐらいストレス溜め込んでいるくせに、見た目だけとりつくりやがって   大体15歳の子供のする表情じゃないだろ。)

エドワードが明るい太陽の下で『だったら、まっすぐ進むしかないだろ。』と力強く語っているとき、ラッセルは月の光もとどかぬ場所で大人ばかりを相手に『その、ご判断で間違いはないと考えます。』と愛想笑いを浮かべるのだった。





 ゼノタイムの町は空っぽになった。町の入り口のゲートは閉鎖された。これからどうなるのか、不安な表情を隠せない町の人々にラッセルは天性のカリスマとしかいえない笑みを見せる。子供たちがおっきい先生のまわりに集まっている。それを囲むようにして大人もラッセルの周りに集まっている。

「大丈夫、ここを離れても、みんな一緒だからね」

泣き出しそうなエリサを抱き上げてラッセルは力を込めて言った。

「せんせいもいっしょなの」

「そうだよ」

「また、トマトつくれる?」

「いつかね、ここでエリサのトマトを作れるようにしてあげるよ。」

「やくそく?」

「約束だよ」

後の話になるが、この約束は12年後に果たされる。16歳のエリサが一人の赤い瞳の青年と婚姻することによって。

③ 苛立ち

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1 裁き

2006-12-22 21:17:49 | 鋼の錬金術師
1 裁き

エドワード達が旅立った後、ラッセルは町の会合で全てを告白した。どんな批判の言葉も殴られるのも覚悟の上であった。しかし、大事な弟を背中に隠すように立つラッセルにかけられた声は、いささか肩透かしであった。

「それじゃあ、こないだ来た、暴れん坊のちびが本物?」

「ふ―ん、国家錬金術師ってあんなのでも成れるの」

 町の人間の反応はわからないでもないが、「あんなの」扱いされてしまったエドのためラッセルは言った。

 「エドワードは本物の天才です。彼なら、錬金術の永遠の望み、真理を究めるかもしれません」

エドを絶賛したラッセルの言葉にも町の人の反応は鈍かった。

 「あんなチビがねぇ。それより石ができないってのは本当なの?」

「はい・・・」

できないと言い切るのは、錬金術師のプライドが許さないが、今はおかしな返答はできない。

あれはできないというより、造ってはいけないものだ。

町の人々はざわざわと話し合った。それで自分の罪状が決まると思ったラッセルだったが、次にかけられた言葉は予測の外だった。

「治療ができるって言ったな」

「はい、元々、そっちのほうが得意でしたし」

「よし、みんなまずは俺が借りていくぞ」

「お前のとこが終わったら、こっちだ」

「うちにもまわしてよ。」

「おいおい、うちもだ」

「今日中はとても無理だろ。おい、ベルシオ、当分お前のとこで預かるって言ったな」

「そのつもりだ。みんなが納得するなら」

「よし、連絡先はベルシオのところだ。じゃあ来い」

男は有無をいさせぬ勢いで、トリンガム兄弟を引っ張りだした。

「あの??」

車の中でフレッチャーが遠慮がちに口を開く。

「お前らがやったことは、身分詐称とか詐欺になるかもしれんが、俺にはそんなことどうでもいい。それより、娘のほうが大事だ」

連れて行かれたのは、ゼノタイム有数の富豪の家。ドアの名を見ると前の町長である。





「娘を治せるか。」

前町長は尋ねる。ラッセルは無言で上着を脱いだ。いつ書いたのか、ラッセルの手にはすでに基礎となる練成陣がある。フレッチャーも兄に習う。その行動がそのまま答えになる。

人の気配に女の子が目を覚ました。

「おじちゃん だれ」

兄の顔がわずかにひきったのを弟だけが気づいた。

「まりあ、このおにいちゃん達はお医者さんだよ。」

父親の前町長が微妙に修正した。

「あした、おそとであそべる?」

「うーん、明日すぐは無理だけど、10日ぐらい毎日治せば遊べるよ。でも、外は埃が多いからね、長くはだめだよ。」

まだ、固まっている兄に代わって弟が返事をする。

練成治癒が始まると子供の目が輝いた。

「きれい。それなーに。」

トリンガム兄弟の手から、あふれるように見えるやわらかな青い光。

「練成光っていうんだよ」

「パパ、みて、まりあのてあったかいよ」

「まりあ、 大きな声をだして・・・・大丈夫なのか?」

言葉の後半は、トリンガム兄弟に向けられた。

「話すくらいなら大丈夫です。ただ当分治癒を続ける必要がありますが」

答える兄の声が以前と違うことに弟は気づいた。エドワードの名を騙っていたときの兄は、天才エリート国家錬金術師として相応しいであろうと計算されつくした声で語っていた。

(よかった。やっと、兄さんの声が聞けた。兄さんの本当の声が)



帰りの車の中、前町長は話した。

「マリアの手が、あんなに暖かくなったのは1年ぶりだ。」

「毎日治癒と補充を続ければ、3日もすれば家の中でなら自由に遊べますよ」

「明日もベルシオのとこへ迎えに行く。マリアを治してくれ。」

「はい。あ、でも俺たちをどうするのか、町の人たちがどう決めたのかわからないのですが。」

「それは、俺が皆に言おう。それに俺と同じ考えの者も多い。元々お前たち2人もマグワ―ルに利用されただけのようだしな。マグワールの屋敷跡からあちこちの債権や宝石の詰まった金庫が見つかった。町の者の損害は多分取り返せる。」

「そうですか」

「心配か」

「覚悟してます。俺は何をされても、ただフレッチャーは俺が引きずっていただけです」

「兄さん、僕も同罪だよ。兄さんを止められてたのに止めなかったんだから。僕もこの町を

ベルシオさんの望む昔の姿に早く戻したかったんだ。」

「フレッチャーお前は黙ってろ」

「またそれ。もう僕は黙らないよ。僕が黙っていたらまた兄さんは1人で走って1人で鎖にかかるんだから」

「今回のことは、俺の罪だ。お前は巻き込まれただけだ」

「兄さんたら、また」

兄弟は車の止まったのにも気づかないで、話し込んでいる。

「ほら、着いたぞ」

車はすでにベルシオの家の前に止まっている。

「あっ、すいません。降ります。」



車を降りて風を感じたとたん、フレッチャーはラッセルにしがみついた。

「兄さん、何かおかしいよ。空が、風が  なんだか怖いよ」

「あぁ、妙な気が近づいている。通り過ぎればいいが、風しだいだな」

ドアが内側から開いた。

「帰ったらベルぐらい鳴らせ。車の音がなければ分からなかったぞ。」

「ただいま。べルシオさん」

何気ない弟の声が、これからの二人の生活を決めた。



ここは昔ナッシュが、いた部屋だ。そういいながらべルシオがドアを開ける。マグワ―ル

の所でなくした荷物がおいてあった。たいした品物ではないが、兄弟にとって過去の思い出につながる数少ない物であった。



「兄さん、風が止まったよ。」

「通り過ぎるかと思ったが、どうやらここにきたらしいな。  ん、こら、フレッチャー自分のベッドで寝ろ」弟は兄のベッドにもぐりこんできた。

「エー、だって一人はいやだ。」

「今までは、一人で寝ていただろ」

「だって、今までは兄さんを見ているのがつらかったから。それにマグワールの研究所にいたときは兄さん研究ばっかりでベッドで寝たこと、ほとんどなかったじゃない」

「そうだったか?」

「そうだよ。だから今日から一緒に寝ようね」

にっこりと下から見上げる弟に兄は弱かった。

「・・・・・今日だけだからな」



翌日、寝過ごした兄弟を起こしに来たベルシオは、ひとつのベッドに寄り添う兄弟の姿にもう一度ドアを閉じた。

(昔を思い出していいか。ナッシュ。お前は嫌がるかもな)



8時半になって、ようやく二人が降りてきた。「何かお手伝いします」と言う二人にべルシオがいった。

「お前らはお前らにしかできないことをやれ。もう迎えが来ているぞ」

「むかえ?」

「昨日聞いただろ。患者がお前らを待っている。さっさと飯食って出ろ」



こうして錬金治癒師としてのトリンガム兄弟の生活が始まった。



② ゼランドール市ゼノタイム地区へ続く

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