金属中毒

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98 いたずら坊やのおりこうな留守番

2007-01-03 23:36:08 | 鋼の錬金術師
98 いたずら坊やのおりこうな留守番(ラッセルのやり方)

軍服組みが出かけた後、ラッセルは1階に降りていった。
宿の客達はごく普通の中年親父に見える。しかし、この宿は貸切だから客はみんな国家錬金術師である。
幾人かが談笑している。一般人から見れば暗号にしか聞こえない会話。
鉄原子の第3形態にシリコン加工して・・・いやそれより銅を2価イオンにしてから吹き付け加工を・・・そもそも土台に鉄を使わなくても・・・
談笑する声を聞くとも無く聞きながら、ラッセルは彼らを金属系の術師なのかと思った。こういう点もラッセルの常識の無いところである。錬金術というぐらいだから金属系が練成の主体になる者がほとんどなのだが。
ラッセルのように有機系、まして加えて医療系、さらに付け加えて美容系の練成が主体というのはきわめてまれである。
このときラッセルはアームストロングが着せ掛けた上着をそのまま着ていた。特に寒いと思ったわけではないが脱ぎたくなかった。
ラッセルの若さとこの上着が他の術師の勘違いを招いた。
彼らはラッセルを自分達の世話係としてマスタングが置いていった部下と見た。
(田舎のことで不自由も多い。世話係を置いていくとはマスタングも気が利くことだ)
階級章をしっかり見ればラッセルが中佐(待遇)なのは分かるはずだが、あまりに若すぎるため誰も確認しなかった。かくしてラッセルはおっさんばかり30人の小間使いにされた。買い物・電話(この町には無いので伝言を持って走らなければならない)・酒の追加・さらにひどいやつもいて女の手配まであらゆることを言いつけてくる。それらをこなせたのはひとえに裏時代の人脈のおかげである。
「マスタング殿は良い部下をお持ちだ」
好みの女(胸がでかくて色が白く髪が長い)を手配してもらい、機嫌の良い老術師はもともとしまりの悪い口をさらにへらへらと開く。
部屋に待たしている女のところに急ごうとしたとき老術師の足元がふらついた。

砂漠熱と俗称される病気がある。実際にはひとつの病気ではなくて砂漠の気候に慣れない者がかかる病気の総称である。〈軍服組みは普段から鍛えているので全員無事だった。〉しかし、研究のためとかく生活が不規則になりがちな私服組みは・・・・。
ラッセルに女の手配までさせた老術師が高熱で倒れたのをスイッチにしたかのように、私服組み全員が程度の差はあれ発熱や嘔吐下痢を併発して寝込んでしまった。
ラッセルは大きなため息をついた。
(使い走りの次は治癒師か)
ため息のひとつもつきたくなる。美しさに欠けるおっさん30人の面倒を見なくてはならないのだ。
どうしようかともかく練成治癒をかけようかと考えているときレモンの香りを感じた。
宿の女将がふちの欠けたカップにお茶を持ってきた。
そこから漂う懐かしい、なぜか懐かしい香り。
(レモンかな?)
「どうぞ」
コトンと受け皿も無しのカップがラッセルの前に置かれた。
カップの中身を見るとレモンは入っていない。
「ハーブティかな」
「メリッサですよ。前にうちに来たお客さんがおいていったものだけど」
女将はいちいち言わなかった。置いていったお客がこの近くの砂漠で変死体になっていたことを。
老眼の進んだ彼女は気づかない。今目の前にいる青年が殺された男と一緒にこの宿に泊まっていたことを。
・・・メリッサの葉には、痛みを癒す力があり、人を救う力がある。
レモンバームのほうがわかりがいいな。俺はメリッサの響きが好きでね。俺の女の呼び名だからな。男の声。低い声、安心してよりかかれる大柄な男。
(・・・誰・・・?)
思い出せなかった。頭が痛む。思い出せないことを無理に考えているといつも痛みに邪魔される。
それが精神科医の掛けた安全装置であることをラッセルは知らない。
名前の変わりにまた声を思い出す。
・・・ジンジャーパウダーは、血液を浄化、免疫力を強くする。
黄色い痰や鼻汁にはタイムがいい。
エキナセアは、風邪、ヘルペスなど、多くの感染症に対して有効な“抗菌ハーブ”だ。
エキナセアは北方に分布するキク科の植物。紫色の花をつける
エキナセアの有効成分やメカニズムは、まだわからない。カンジダ菌による全身性感染症の予防も報告されているな。
しかし結核、白血病、自己免疫疾患のような進行性の全身性疾患、キク科の植物に対してアレルギーのある人は避けるべきだ。
相手の体質がはっきりしないときには使えないということだな。

(ハーブか。うん、いいな。少なくとも害は無いだろう。おっさんの肌に練成は・・・触りたくないな)
ラッセルは一人でうなずいた。いつの間にか誰かの名前のことは意識から消えている。
それから数日間、宿は臨時の病院と化した。
なにしろ田舎のことなので医者は2日がかりでしかたどり着けない。しかも秘密訓練中であることを考えるとうかつに医者を呼ぶわけにもいかない。
つい昨日まで使い走りにしていた青年が治療すると聞いたとき30人の私服国家錬金術師は不安と不満を訴えた。しかし、青年が優れた治癒の腕前を示すと今までのあごで使う状態から、同等の相手に、さらにはその専門性に尊敬の意さえも持ち始めた。そうなるとラッセルの気分も変わる。むさいおっさんの肌に手を当てて治癒練成するのはいやだというわがままがひっこみ、患者の苦しみを取り除くのが治癒師の商売だよなとプロ意識が出てきた。
練成で関節の痛みを抑え、ハーブ療法で安眠を誘い、点滴さえも錬成でつくり脱水症を防止し、通常なら10日は発熱や痛みに苦しむところを4日目には早いものは回復の兆しを見せていた。
(一息ついた)
ようやくほっとしてお茶の時間を楽しんでいるところに、遅れていた術師がやって来た。
「お医者の坊や。予定してたお客さんが来たよ」
治癒練成を始めてから宿の女将はラッセルをお医者の坊やと呼んでいる。
医者と治癒師は違うと何回か説明したが田舎者の彼女には理解できなかった。説明が面倒になったラッセルは適当に返事をしている。
「はじめまして。私は・・・」
半白の髪の術師は名を言ったがあまりにも聞きなれない音の塊であったため、ラッセルには聞き取れなかった。
「遠いところをようこそ」
遅く来たのだから遠いところから来たのだろうと、ラッセルは推測した。実際には彼が一番近いところから来ていたのだが。
「白水とお呼びください」
どうやら名前を聞き取ってもらえないのはいつものことらしく、50代前半と思しい術師は二つ名を付け加えた。
「緑陰です」
ラッセルもとっさに二つ名で対応した。
白水の表情に多少の驚きが表れる。
応対した青年が、いやまだ少年と呼んだほうがいいような気もする、銀時計の持ち主とは思っていなかった。
若すぎる。噂では最年少の鋼のは本来の年齢よりさらに幼く見えるそうだが、この若者はいくつなのだろう。
その表情をすばやくリサーチしてラッセルは付け加えた。
「現時点での最年少です」
宿の女将に指示して、いつの間にかすっかりラッセルが仕切っていた、部屋の用意をさせる。
その間に白水は顔なじみの術師の部屋を訪ね、さっきの細身の坊やがあのマルコーさながらの治癒を行っていると聞かされた。
(マルコー並みとはずいぶん大げさなことだ)
あんな若すぎる坊やがそんな腕を持っているとはとても信じられない。
(しかし、もし話半分でも事実なら、頼めないだろうか?)
白水はずっと(自分はついていない男)だと思っていた。
せっかく連れてきた医師は脱線事故で負傷し病院送りになった。
そもそも不運は若いころからだ。住んでいた町は砂嵐に襲われ全滅したし、何とか身を立てようと国家錬金術師になったのはいいが、軍医の誤診で盲腸炎を悪化させられ半年も入院した。そのために更新もできずに銀時計を返上する羽目になった。
これを別の観点で見れば入院したおかげでイシュヴァールに行かずにすんだのだ。その後再び銀時計を手にし研究生活を送っている。
少し前になる。若いころ住んでいた町の隣の町、エリスの町の町長から手紙が来た。砂塵嵐と流行病で町は全滅しかけているという。何とか軍に救援を求めてもらえないだろうかと書いてある。
たかだか少佐待遇の軍属の身では何もできないが、そんな自分にさえ手を貸してくれというほどエリスの町は追い詰められている。何とかしてやりたいと有り金をはたいて薬と食料を用意し医者を雇って汽車に乗ったら脱線事故である。
(俺は疫病神か死神にでもとりつかれているのか)
さぞかし自分はくたびれ果てた中年に見えるだろうなぁと大きな荷物を2階に持ってあがりながら白水は一人つぶやいた。


99 すでに滅びた町 エリス

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