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大黒摩季が語るZARD・坂井泉水の「小悪魔のささやき」
永遠の歌姫 ZARDの真実 第7回
2017/6/11 07:00
「Good-bye My Loneliness」「揺れる想い」などデビュー当時からZARDのヴォーカルとしてミリオンセラーを連発した坂井泉水さんだが、交友関係など私生活はほとんど明らかになっていない。しかし、デビュー前から親しい仲間がいた。2歳年下でバックコーラスとしてレコーディングに参加した同じビーイング所属のアーティストの大黒摩季さんだ。
「ねえ、摩季ちゃん~」
坂井泉水さんがいたずらっぽい笑みで近づいてくると、大黒摩季さんはいつもビクッと緊張する。
<何かいけないことをしようとしているに違いない!>
大黒さんの心の中で危険信号が点滅する。
「泉水ちゃん……、な……、なに?」
「私、ちょっと、行ってみたいレストランがあるんだけど」
坂井さんは微笑みのままだ。
「えっ……、今、行くの……?」
「摩季ちゃんも一緒に、ね!」
大黒さんと坂井さんは、マネージメントオフィスも所属レコード会社も同じビーイング。坂井さんは大黒さんより2歳年上だった。
「私も?」
「うん。ちょっと、スタジオ、抜け出してさあ」
“悪魔のささやき”だ。
坂井さんに誘われるのは、ほとんどの場合、大黒さんがクルマを運転してスタジオに来ているときだった。坂井さんはペーパードライバーで、普段は電車で通っていた。
「大ヒットしてからの泉水ちゃんは、相当厳しいスケジュール下にあったので、プライベートは皆無だったと思います。それで、スタジオ作業のすきを見つけて、小悪魔顔で私を誘ってきました。スタッフの目を盗んで、2人で食事に行ったり、カフェに行ったり。後で会社の人に怒鳴られるのは私でしたけど(笑)。それでも、泉水ちゃんの誘いは断れなかった。あのキュートで悪い目は、憎めませんでした。楽しかったなあー」
2人の出会いは、ZARDのデビュー曲「Good-bye My Loneliness」のレコーディング。大黒さんはコーラスで参加した。CDジャケットになった黒の革ジャン姿の坂井さんがソファに座るその元の写真には、デビュー前の10代だった大黒さんも写っている。
「この曲のデモテープの仮歌を私が歌うことになりました。その後仮コーラスをレコーディングしたころかな。長戸大幸プロデューサーに連れられて、泉水ちゃんがスタジオに現れました」
大黒さんはコーラスとして、すでに数々のレコーディングに参加していた。
「厳しく、荒々しいミュージシャンの中でもまれていた私の目には、とても瑞々しく映りました。泉水ちゃんは礼儀正しく挨拶をして、丁寧に言葉を選びながら話してくれました。品の良さを感じたことを覚えています。眩しかった」
以来、大黒さんにとって「Good-bye My Loneliness」は特別な曲になった。その後、「愛は暗闇の中で」「IN MY ARMS TONIGHT」「汗の中でCRY」「負けないで」「君がいない」(シングルバージョンのみ。アルバムバージョンは坂井泉水)「揺れる想い」など多くのZARDの曲に大黒さんはコーラスで参加している。
「ZARDのナンバーの中で、泉水ちゃんとの出会いの曲である『Good-bye My Loneliness』は私がもっとも好きな曲の1つになりました。それと、『揺れる想い』も私にとって大切な曲です。泉水ちゃんが指名してくれて、スタジオでコーラスラインを考えるときには2人で一緒に歌いました。この曲を聴くと、今も涙が溢れます」
そんな大黒さんが思う、シンガーとしての坂井さんの魅力とは――。
「“心に届く歌”を歌ってきたこと、そして、“ナチュラルに言葉を伝えられる”力です。シンガーというのは、キャリアを重ね、レベルアップすると、どうしてももっとうまく歌いたいと思ってしまいます。すると、知らず知らずのうちに、言葉や想いを伝えることが後回しになってしまう。でも、泉水ちゃんは違う。シンガーにとって何が大切かを常に意識して、大切にして歌っていました。だからこそ、泉水ちゃんの歌は、年月を経てもファンの皆さんの心に寄り添い続けているのだと思います」
一方、作詞家としての坂井さんの魅力は――。
「素直さ、かな。泉水ちゃんの歌詞からは、華美なデコレーション、自尊心、虚栄心をいっさい感じません。彼女の心の語るままに紡がれた純度の高い言葉がつづられています。作品を装飾しがちなエンタテインメントの世界で、貴重な存在です。世の中には、エヴァーグリーンとして聴き継がれる曲、歌い継がれる音楽があります。大ヒットしても、一時の流行で懐メロ化する音楽もあります。どんな音楽がエヴァーグリーンになり得るのか――。それは、歌詞にも、メロディにも、サウンドにも無駄がない作品だと、私は思っています。それを考えると、泉水ちゃんは、時代が変わろうとも揺るがない、そのままリスナーのハートに寄り添ってくれる絶対的、普遍的な存在でした。等身大でぶれることのない泉水ちゃんが今生きていたら、どんな言葉を作り、歌っているのか。願いがかなうならば聴いてみたい」
坂井さんが音楽と向き合う姿勢は、デビューから最後までまったく変わらなかった。
「ふだんは柔軟性のある女性です。でも、自分の音楽には完璧主義者でした。常に理想を追い求め、絶対に妥協しない。周囲がなんと言おうと、核がぶれることはない。芯の強い性質です。クリエイティヴなことにいっさい手を抜かないところは、僭越ながら私にも似たようなところがあり、共感を覚えました」
大黒さんは、d-projectにゲスト・ヴォーカルとして参加した。d-projectとは、長戸プロデューサーが大阪を拠点に活動するビーイング・グループのGIZA studioの作家や若手ミュージシャンを集めたプロジェクトで、その第1弾として、2016年に『d-project with ZARD』をリリースした。このアルバムは、ZARDの曲を坂井さんのヴォーカルを生かしてリアレンジし、レコーディングしている。
その全14曲中11曲で大黒さんがゲスト・ヴォーカルとして歌う。
「いつか坂井と大黒を並べて歌わせたい」
長戸氏のこの思いがCDで実現した。
「私にとっても大切な曲、『揺れる想い』も歌いました。ヴォーカル・ブースの中で泉水ちゃんの声が響き、一緒に歌えた時は、胸が震えた。傍らに彼女がいて、私に微笑みかけてくれているように感じました」
(文/神舘和典)
大黒摩季が語るZARD・坂井泉水の「小悪魔のささやき」
永遠の歌姫 ZARDの真実 第7回
2017/6/11 07:00
「Good-bye My Loneliness」「揺れる想い」などデビュー当時からZARDのヴォーカルとしてミリオンセラーを連発した坂井泉水さんだが、交友関係など私生活はほとんど明らかになっていない。しかし、デビュー前から親しい仲間がいた。2歳年下でバックコーラスとしてレコーディングに参加した同じビーイング所属のアーティストの大黒摩季さんだ。
「ねえ、摩季ちゃん~」
坂井泉水さんがいたずらっぽい笑みで近づいてくると、大黒摩季さんはいつもビクッと緊張する。
<何かいけないことをしようとしているに違いない!>
大黒さんの心の中で危険信号が点滅する。
「泉水ちゃん……、な……、なに?」
「私、ちょっと、行ってみたいレストランがあるんだけど」
坂井さんは微笑みのままだ。
「えっ……、今、行くの……?」
「摩季ちゃんも一緒に、ね!」
大黒さんと坂井さんは、マネージメントオフィスも所属レコード会社も同じビーイング。坂井さんは大黒さんより2歳年上だった。
「私も?」
「うん。ちょっと、スタジオ、抜け出してさあ」
“悪魔のささやき”だ。
坂井さんに誘われるのは、ほとんどの場合、大黒さんがクルマを運転してスタジオに来ているときだった。坂井さんはペーパードライバーで、普段は電車で通っていた。
「大ヒットしてからの泉水ちゃんは、相当厳しいスケジュール下にあったので、プライベートは皆無だったと思います。それで、スタジオ作業のすきを見つけて、小悪魔顔で私を誘ってきました。スタッフの目を盗んで、2人で食事に行ったり、カフェに行ったり。後で会社の人に怒鳴られるのは私でしたけど(笑)。それでも、泉水ちゃんの誘いは断れなかった。あのキュートで悪い目は、憎めませんでした。楽しかったなあー」
2人の出会いは、ZARDのデビュー曲「Good-bye My Loneliness」のレコーディング。大黒さんはコーラスで参加した。CDジャケットになった黒の革ジャン姿の坂井さんがソファに座るその元の写真には、デビュー前の10代だった大黒さんも写っている。
「この曲のデモテープの仮歌を私が歌うことになりました。その後仮コーラスをレコーディングしたころかな。長戸大幸プロデューサーに連れられて、泉水ちゃんがスタジオに現れました」
大黒さんはコーラスとして、すでに数々のレコーディングに参加していた。
「厳しく、荒々しいミュージシャンの中でもまれていた私の目には、とても瑞々しく映りました。泉水ちゃんは礼儀正しく挨拶をして、丁寧に言葉を選びながら話してくれました。品の良さを感じたことを覚えています。眩しかった」
以来、大黒さんにとって「Good-bye My Loneliness」は特別な曲になった。その後、「愛は暗闇の中で」「IN MY ARMS TONIGHT」「汗の中でCRY」「負けないで」「君がいない」(シングルバージョンのみ。アルバムバージョンは坂井泉水)「揺れる想い」など多くのZARDの曲に大黒さんはコーラスで参加している。
「ZARDのナンバーの中で、泉水ちゃんとの出会いの曲である『Good-bye My Loneliness』は私がもっとも好きな曲の1つになりました。それと、『揺れる想い』も私にとって大切な曲です。泉水ちゃんが指名してくれて、スタジオでコーラスラインを考えるときには2人で一緒に歌いました。この曲を聴くと、今も涙が溢れます」
そんな大黒さんが思う、シンガーとしての坂井さんの魅力とは――。
「“心に届く歌”を歌ってきたこと、そして、“ナチュラルに言葉を伝えられる”力です。シンガーというのは、キャリアを重ね、レベルアップすると、どうしてももっとうまく歌いたいと思ってしまいます。すると、知らず知らずのうちに、言葉や想いを伝えることが後回しになってしまう。でも、泉水ちゃんは違う。シンガーにとって何が大切かを常に意識して、大切にして歌っていました。だからこそ、泉水ちゃんの歌は、年月を経てもファンの皆さんの心に寄り添い続けているのだと思います」
一方、作詞家としての坂井さんの魅力は――。
「素直さ、かな。泉水ちゃんの歌詞からは、華美なデコレーション、自尊心、虚栄心をいっさい感じません。彼女の心の語るままに紡がれた純度の高い言葉がつづられています。作品を装飾しがちなエンタテインメントの世界で、貴重な存在です。世の中には、エヴァーグリーンとして聴き継がれる曲、歌い継がれる音楽があります。大ヒットしても、一時の流行で懐メロ化する音楽もあります。どんな音楽がエヴァーグリーンになり得るのか――。それは、歌詞にも、メロディにも、サウンドにも無駄がない作品だと、私は思っています。それを考えると、泉水ちゃんは、時代が変わろうとも揺るがない、そのままリスナーのハートに寄り添ってくれる絶対的、普遍的な存在でした。等身大でぶれることのない泉水ちゃんが今生きていたら、どんな言葉を作り、歌っているのか。願いがかなうならば聴いてみたい」
坂井さんが音楽と向き合う姿勢は、デビューから最後までまったく変わらなかった。
「ふだんは柔軟性のある女性です。でも、自分の音楽には完璧主義者でした。常に理想を追い求め、絶対に妥協しない。周囲がなんと言おうと、核がぶれることはない。芯の強い性質です。クリエイティヴなことにいっさい手を抜かないところは、僭越ながら私にも似たようなところがあり、共感を覚えました」
大黒さんは、d-projectにゲスト・ヴォーカルとして参加した。d-projectとは、長戸プロデューサーが大阪を拠点に活動するビーイング・グループのGIZA studioの作家や若手ミュージシャンを集めたプロジェクトで、その第1弾として、2016年に『d-project with ZARD』をリリースした。このアルバムは、ZARDの曲を坂井さんのヴォーカルを生かしてリアレンジし、レコーディングしている。
その全14曲中11曲で大黒さんがゲスト・ヴォーカルとして歌う。
「いつか坂井と大黒を並べて歌わせたい」
長戸氏のこの思いがCDで実現した。
「私にとっても大切な曲、『揺れる想い』も歌いました。ヴォーカル・ブースの中で泉水ちゃんの声が響き、一緒に歌えた時は、胸が震えた。傍らに彼女がいて、私に微笑みかけてくれているように感じました」
(文/神舘和典)