続き。お墓は宗教的なものではなく、あくまでもお骨の置き場というか行き場としての意味が強い。両親が無宗教だったため自分を含め5人の子供はその影響を受けていてそれに違和感を感じていない。だから、お墓を前にしてもいわゆる宗教的な儀礼はなく『また来たよ』ってな感じで済んでしまう。でも、その後3時間半休みになしに草取りに専念するから長い滞在に。
22-8-1
朝6時少し過ぎに外から大音量が聞こえてきて何事かと驚いた。人と人が話すような音だったのでラジオだとわかった。最初は誰かの嫌がらせなのかとの疑いもした。それが6時半になるとラジオ体操になったのだ。主催者や参加者はいいことをしているつもりだろうが迷惑に感じる人もいるはず。せめて大音量は体操だけにすべき。都会には様々な生活の人がいるのだから。
22-8-2
これもありだなと思ったロッカーの使い方。月末のため持ち帰るモチーフがかなり重い上に蒸し暑い日だったので街の中心地のロッカーに荷物を入れてから市民ギャラリーの公募展を観に行くことにした。おかげで汗をかかずに行けたしゆっくり観て回れた。これまで旅先でロッカーを使うときはあったが地元で使ったのは初めて。100円で3時間なのでその値は十分ある。
22-8-3
夕方のニュースで興味深い統計が出ていた。重大事故を起こした高齢者の90%近くがゴールド免許で最近は無事故無違反だったという。ひき逃げ後逆走し多重事故を起こした今回の79歳の女性もそうだった。無事故はいいことだが事故の怖さとあり得る教訓を体験してない人ほどパニックになりやすいらしい。どっちにせよ他人事とせず運転するときには気を付けたい。
22-8-4
我が家のトマトが熱中症。朝は元気だったのに夕方帰ってくると葉っぱはぐったり垂れ下がり内側に巻き込んでいて、もう再帰不能かと覚悟せざる得ないほど弱々しくなっていた。ようやく40㎝近くまで育ったというのに・・・。鉢の土はカラカラに乾いていて水気はない。朝の水やりを忘れてしまったようだ。もしかしての願いを込めて急いでたっぷり水を注いであげた。続く。
22-8-5
トマトの復活。いつもは『水のやり過ぎに注意』との説明文が頭にあって加減に悩んでいたが、これまでの倍以上の水をやった。それでも水は溜まらなかったからよほど乾いていたのだろう。すると、1時間後辺りから垂れ下がっていた葉が徐々に持ち上がり、くるまっていた葉も広がり始めたのだ。それを見て植物の復元力の強さに感動させられた。さらに水の力にも驚く。
22-8-6
トマトの成長のみならずパキラとアジアンタムもどんどん大きくなり居間の緑が随分増えた。パキラは昨年7月に絵画教室のモチーフとして使ったもので、当時は30㎝ほどだったのが今は倍になっているし、アジアンタムは今年6月のモチーフでこちらは1.5倍近く膨らんだ。決して上手に育てられる方ではないのになぜか元気に育ってくれる。でも、大きくなるのも少し心配。
22-8-7
安倍元首相の国葬に強く反対。そもそも国葬にしようとする理由からしておかしい。これまでの最長の政権だったからだと言うがそれより中身が重要だ。その間の世の中にいったいどんないいことがあったのだろう。そこがわからない。悪い方ならいくつもあげられる。その代表は嘘を蔓延させ公文書の改ざんを行ったこと。これは国の方向性に重大な悪影響を与えた。続く。
22-8-8
それだけ罪深いことをした人をどうして国葬という形で弔うことができるだろう。本当に哀しみ敬う人達のもとで送られてこそ誠意のある葬儀になると思う。国民の半数近くが疑問を持ち反対しているにも関わらずやろうとする意図は何なのか。どうしても政治的な判断に見えてしまうのも反対する理由のひとつ。もしも、それに値する人であるならば自然に湧いてくるはず。
22-8-9
今朝5時半に起きると曇り空のせいもあるけれど薄暗さを感じた。猛暑続きならいざ知らず予想外の過ごしやすい夏だけにふと寂しさが湧いてきた。朝の明るさにこだわるのは朝刊を太陽の光で読みたいからで清々しさがまったく違う。この変わり目のときが一番つらい。でも、間もなく灯で読むのが当たり前になるのだろう。公園の木には赤い葉がちらほら見え始めている。
22-8-10