ベラルーシの部屋ブログ

東欧の国ベラルーシでボランティアを行っているチロ基金の活動や、現地からの情報を日本語で紹介しています

SOS子ども村にて。「折り紙できたよ!」

2010-02-20 | チロ基金
 チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第99回」のときにゴメリ州から保養滞在していた子どもたちに折り紙をプレゼントしました。
 (もちろん完成作品ではなく、折り紙用の紙と作り方です。)

 渡してから10分後、現れたのは幼稚園に通っているという女の子。
 あ、もう3つも作っている! やってきたのはもちろん、みんなに自慢するため。
 それにしても早い! しかも上手です。もしかして折り紙の天才かも・・・。

 水頭症の男の子はうまくしゃべれないんですが、私が帰ろうとすると、コートをかけてあるところに、走っていって待っている。コートを着ると、今度は玄関のところに走っていってドアの前で待っている。
 つまり、これはコートのある場所や玄関のある場所を私に教えているのです。
 知能の発達に障害があるというのは、ひょっとして間違いで、この男の子は実はすごく頭がいいのかも・・・。それがわれわれには分からないだけでは・・・と思った一瞬でした。
 ブラックジャックの漫画で、水頭症の子どもなんだけど、実は天才だった、というような話、ありませんでしたっけ?

 

チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第99回」

2010-02-20 |   ビタペクト配布活動
 この活動、今年最初の配布となりました。
 
 2月15日にビタペクト2と「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピー無料配布運動として、SOS子ども村への第99回目の配布を実施いたしましたので、ご報告いたします。
 今回はビタペクト2を11個、そして「放射能と栄養」のコピーを10部渡しました。
 これで今までに配布したビタペクト2は合計1666個、「チェルノブイリ:放射能と栄養」のコピーは1380部となりました。
  
 今回で通算109回目のビタペクト2の配布となりました。
 のべ人数になりますが、現時点で1666人分のビタペクト2、そして1380家族分の「放射能と栄養」のコピーを配布したことになります。

(これまでのビタペクト2配布運動について、詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/index.html


(「チェルノブイリ:放射能と栄養」について詳細はこちらをご覧ください。)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/chel/index.html


(SOS子ども村についてはこちらをご覧ください。) 

http://belapakoi.s1.xrea.com/jp/no2/2001/soschild.html


(ビタペクト2を開発、製造、販売しているベルラド研究所のサイトはこちらです。)

http://www.belrad.nsys.by



 今回は2家族がSOS子ども村に来て保養滞在していました。どちらの家族も2007年にもSOS子ども村で滞在していたことがあります。
 一つ目の家族は3月に、もう一つの家族は11月に放射能値の測定も行っています。

 今回もそれぞれのお母さんにお話を伺いましたが、先に2007年11月に前回滞在していたゴメリ州ドブルシ市(チェルノブイリ原発から約140キロ)から来た家族についてご報告します。

(家族A)

 前回の滞在時、妊娠していたお母さん。その後無事に男の子の赤ちゃんが生まれていました。
 前回の滞在の様子はこちらの過去ログをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第68回」(家族B)

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/8e0659625ebc56a74669fe75a7e88c9d


 今回はお母さんが3人の子どもと、親戚の子ども3人を連れてきていました。親戚の子どものうち2人は前回も保養滞在したことがあり、1人は今回初めて来た子どもです。
 この家族には5個のビタペクト2を渡しました。
 2007年と2010年のそれぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時14歳)13ベクレル ○ → 18ベクレル
17歳長男 20ベクレル ○ → 30ベクレル ○
 7歳長女 22ベクレル ○ → 57ベクレル ○ 
 2歳次男            54ベクレル 
13歳姪  18ベクレル ○ → 23ベクレル ○
11歳甥  27ベクレル ○ → 25ベクレル ○
16歳女子            20ベクレル ○ 

 こうして結果を見ると11歳の甥を除けば、全員体内放射能値が上がっています。
 ビタペクト2を約2年前に飲んだときは放射能値は減ったとは思うんですが、その後また上がってしまっています。
 今回に限らず、ゴメリ州かた保養に来た人は大概、測定結果がよくないです。
 2歳の次男はまだ3歳以下と言うことで、今回は飲まないことになりましたが、残念です。
 お母さんは自分が高血圧ということをのぞけば、子どもたちは比較的元気だと話していましたが、少々心配です。 


(家族B)

 ゴメリ州ルドニヤ・マリモノワ村(チェルノブイリ原発から約100キロ)から来た6人の子どもとお母さんの家族。この家族には6個のビタペクト2を渡しました。
 前回の滞在の様子はこちらの過去ログをご覧ください。
チロ基金の活動「ビタペクト2&『放射能と栄養』無料配布・SOS子ども村 第57回」(家族B)

http://belapakoi.s1.xrea.com/chiro/katudou/bitapekt/2007/no57.html


 2007年と2010年のそれぞれの体内放射能測定結果はこのとおりです。○印の子どもにビタペクト2を渡しました。

母親(事故発生時14歳)28ベクレル ○ → 34ベクレル ○
14歳長男 42ベクレル ○ → 59ベクレル ○
11歳次男 33ベクレル ○ → 49ベクレル ○
 8歳三男 32ベクレル ○ → 30ベクレル ○
 5歳長女 51ベクレル ○ → 40ベクレル ○
 3歳四男            49ベクレル ○
 1歳次女            32ベクレル

 この家族もまた1人子どもが増えていました。
 そして体内放射能値が減っている子どももいれば、逆に増えている子どももいます。やはり3年も経過するとビタペクト2の効果も薄れてしまうと言わざるをえません。
 それにしても、チェルノブイリ原発事故が発生してから、20年以上も経過しているのに、これだけベラルーシ国民の体内に放射能が蓄積しているのは、恐ろしいことです。

 この5人目の子どもは生まれつき水頭症です。前に会ったときは生後7ヶ月でしたが、今は3歳になり、ずいぶんよくなっているようでした。
 水頭症の状態はどうなったかというと、手術はせずにいろいろ治療した結果、水(脳脊髄液)が頭の中に溜まるのは現在は止まったそうです。
 その後、急激に体が成長して、3歳の子どものレベルに近づいたと、お母さんは喜んでいました。しかし、知能のほうは発達が遅れています。
 現在は普通の子どもが通う幼稚園に通いながら、知能を伸ばす専門施設センターに通っています。そのセンターには知能障害を持つ子どもが集まり、専門家の指導の下、遊びを取り入れたプレイセラピーを受けています。
 そこで特別に作られたおもちゃを使いながら遊び、知能の発達を促しているそうです。 
 
 昨年お母さんが通院している病院へ行くと、知能発達のため、投薬治療を何回かに分けて行うことを言われました。
 そしてこの1月から半年間、薬を飲むことになり、1ヶ月を過ぎたころ、この男子は初めて「ママ。」「チョーチャ(おばさん)。」と意味のある言葉を話し始めたそうです。
 
 何だか奇跡のような薬ですね。この薬の名前はパントガム。ロシアの製薬会社ピーク・ファルマが作っている薬です。この水頭症の児童への支援活動についてはまた改めて報告をいたします。

 画像は記念撮影のようすです。年長の子どもたちは地元の学校に通っているため、不在だったのが、少々残念でした。しかし大きくなった子どもたち、新しく生まれた子どもたちの姿を見るのは、うれしいものですね。
 
 今回もいつものように子ども達に折り紙、絵葉書、鉛筆、ペンなどをプレゼントしました。
 絵葉書の裏に日本語で名前を書いてあげたら、とても喜んでいました。
 どちらかと言うと年長の子どもたちに
「前来たときにあげた折り紙の作り方、どうだった? つるは作れた?」
と尋ねたら、「できなかった」という返事が・・・。
 しかし幼稚園の女の子が
「幼稚園で折り紙をしたことがある。コップが作れる。」
と得意そうに話していました。
 みんなからは
「日本の学校には、国語とか算数といった科目のほかに、『折り紙』という科目があるんでしょ?」
ときかれました。(ないです・・・。でもあったら楽しいかも。)
 
 最後になりましたが、ビタペクト2の購入費、そして「放射能と栄養」をコピーするために必要な経費を寄付してくださった方々、折り紙など子どもたちへのプレゼントを寄贈してくださった方、また日本ユーラシア協会大阪府連主催のバザーなどでSOS子ども村への交通費を捻出してくださった多くの日本人の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。

 多くの方々に支えられて、この活動が続いています。
 ベラルーシの子どもたちもお母さんたちも、SOS子ども村の職員の方々も皆様に大変感謝しております。本当にありがとうございました。