映画館にて。
車いす対応のチケットカウンターで待ってたら「こちらにどうぞ」と一般のカウンターに誘導され、
並んではったお客さんと譲り合うことに。めっちゃ気まずかった。
いつもならスタッフさんが車いす対応のカウンターの方に移動してくれるのに。
あのお客さんにも申し訳なかったな…。
しかもそのスタッフさん、私が答えてるのに母にしか話かけないってどういうこと?
障害がある人ならに幾度となく体験する「あるあるネタ」ですねー。
スタッフさん、気を付けてくださいな。
映画館にて。
車いす対応のチケットカウンターで待ってたら「こちらにどうぞ」と一般のカウンターに誘導され、
並んではったお客さんと譲り合うことに。めっちゃ気まずかった。
いつもならスタッフさんが車いす対応のカウンターの方に移動してくれるのに。
あのお客さんにも申し訳なかったな…。
しかもそのスタッフさん、私が答えてるのに母にしか話かけないってどういうこと?
障害がある人ならに幾度となく体験する「あるあるネタ」ですねー。
スタッフさん、気を付けてくださいな。
北欧で最も感じたのは、「障害者に優しくない」ということ。町を歩いていても、交通機関に乗っていても、「お手伝いしましょうか?」と声をかけられたり、特別な対応をされることがほとんどなかった。きっと、とりわけ親切にしたり、同情したりせずとも、障害者が自由に生きていける社会なのだろう。
これは、じつに新鮮で、心地の良い世界だった。こうした社会が実現するには、段差をなくすなどの物理的なバリアを排除することや、就労や保障によって障害者の生活基盤を安定させることなどが前提条件となる。ハードも、ソフトも整えることで、障害者をあらゆるバリアから解放したのだろうと思う。
翻って、日本はどうか。東京などの大都市にかぎって言えば、ハード面は世界的に見てもトップクラスだと感じる。あとは、ソフト面。まずは、「隔離」から「共生」へと障害者に対する意識を転換させることが必要だろうし、障害者を取り巻く様々な制度にも多くの欠陥が指摘されている。
先日、名古屋に友達と遊びに行ったのですが、その時改めて思ったこと。駅のエレベーターがどこにあるのかが非常にわかりにくい!
名古屋駅は初めてだったので、帰りの新幹線のホームに辿りつくのに迷いましたが、それプラス、エレベーターを探すのに一苦労!
エレベーターこちらっていう表示のとおりに進んでも、なかなか見つからない。新幹線の時間には余裕を持ってたはずなのに、だんだん時間迫ってくるし焦りましたー(汗)
慣れてる場所ならエレベーターの位置を把握してるのでスッと行けますが、初めて行く駅やお店(特に大型店)ではなかなか辿りつけないことが多くて、それだけで疲れます。
たいていエレベーターがあるのは駅にしてもお店にしても端っこの方で(ほんとはもっと真ん中に作ってほしいけど)、それならそれでもっと大きくするとか、みんなが目についてわかりやすい表示方法を考えるべきだとつくづく思いました。
「ココロがあればバリアフリーにできるかもしれない。もしかしたらバリアフリーすら超えることもできる」
この精神が浸透することがバリアフリーをより一層進めていくカギだと思います。
↓ わかりやすい記事です。ぜひ読んでみてください。
【SYNODOS】ココロのバリアフリーで誰もが生きやすい世の中に