逍遥日記

経済・政治・哲学などに関する思索の跡や旅・グルメなどの随筆を書きます。

青と白のコートダジュール

2019-02-18 22:20:31 | 旅行
青と白のコートダジュール
                                             旅人・山下景秋

 モナコ付近で宿探しが難航した。それでもあきらめず、ニース付近まで戻って探した結果、Villefranche-sur-Merという場所の道沿いの3つ星ホテルが見つかった。
 ホテル「La Flore」。218ユーロ、朝食を入れて230ユーロだ。
 部屋は広い。しかも眺めは抜群だ。部屋の2面には大きな窓があり、地中海の入り江がゆるやかに下の方に望める。対岸の丘には別荘が点在しており、入り江には大きな白いヨットが停泊している。
 何しろこの景色は、午前中にモナコに行くとき、突然眼前に広がり、驚嘆した景色だ。
 入り江の青緑色の海には大きな白いヨットが数艘浮かんでいる。入り江を囲む緑の傾斜地には世界のブルジョワの別荘群。入り江の背後の急な崖の先端は白い岩肌だ。
 あくまでも突き抜けた青い空。そして静かな地中海。

 このVillefranche-sur-Merという場所は、コートダジュールの中でも際立つ高級別荘地だ。
 詩人・作家のジャン・コクトーや、作家のオルダス・ハックスリー、サマセット・モームの自宅があった。また、歌手のティナ・ターナーやザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャードの自宅があり、有名な富豪ロスチャイルド家の豪華な別荘もある。
 映画『めぐり逢い』のロケ地にもなった風光明媚な場所だ。(アランドロンが最も美しい姿で登場した映画『太陽がいっぱい』で、彼が白いヨットを操縦するその青い海は、地中海に面した南仏のコートダジュールだと思い込んでいたが、実際はナポリの沖合の島々だった)
 とんだブルジョワの街に紛れ込んでしまったものだ。身分不相応だが、たまにはブルジョワの住人の雰囲気を感じるのもいい経験だろう。

 夜は、くねった坂を海岸まで下り、入り江に面したカフェで食べることにした。
 路上の座席には小さなランタンが手元と顔を照らしている。
 ギャルソンにお勧めを聞いた。
 最初に出てきた魚のスープは味が濃厚でとてもおいしい。次に出てきた地元で取れた魚は弾力があって、これもおいしい。
 9個の生牡蠣を注文した。殻が厚いカキだ。これもうまかった。
 背後にはシャンソンの生演奏。路上では体操の床運動よろしく飛び跳ねるパフォーマンス。
 別荘のブルジョワと観光客がカフェのお客だ。カフェの支配人は重厚な声で問いかける、おいしいかと。もちろんトレボンだ。
 これが地中海、コートダジュール最後の夜だった。

 ホテルに戻り、白いテラスで猫とじゃれる。
 テラスの左下には、薄い青色のホテルの小さなプール。
 眼前には、入り江が闇の中に沈む。白いヨットが薄くその姿を見せている。
 対岸には別荘の明かり、入り江にはその明かりが映る。右手には灯台が夜のしじまに光を送る。
 夜の星たちは、この入り江の明かりの周りを回るだろう。
 私がいつかこの世界から消えても、この風景は続くだろう。
 白い椅子の上に体を丸めた猫は、そんなことはおかまいなしに眠るだけ。


#Côted'Azur #FRANCE #コートダジュール #フランス #旅行 #旅


シャンボール城ノ夜ニテ想フ

2019-02-14 03:09:58 | 旅行
世界で一人のシャンボール城(フランス紀行) 

 風が吹きすさぶ嵐のような夜だった。
城の目の前にあるホテルの屋根裏部屋の小さな窓から、私は深夜、漆黒の闇の中にうっすらとその姿を見せる城を眺めていた。
 葉ずれの音がかまびすしいのに、城は薄気味悪いぐらいの静寂の中に浮かんでいた。
 じっと城を眺めていると、その白黒の城の中でやがて音楽が流れ始め、さまざまな色のドレスで着飾った婦人たちや紳士たちの舞踊が見えるような気がした。
 城の地下では、汗を流しながら大きな機具を使って小麦粉をひいている者たちの姿も見えた。
 あの城の中では、多くの憎しみや愛や、策略や、栄光や歓喜があったにちがいない。
それは、子供のころ野原で催された野外映画の中のシーンのようだった。私の子供時代。何の心配もなく、虫を取り、さつまいもを掘り出し、ビー玉遊びをしたあの時代。

 しかし、それらは全て、どこかへ消えてしまったのだ。
今はあくまでひっそりとして、人の気配は全くない。
 時間は流れたのだ。 

 私はシャンボール城を独占していた。
両腕の上に顎をのせて城を眺めていると、世界でこの城を眺めているのは私一人だけに違いないと確信したのだ。
 私はただ一人、この城の中の過去の時間と向き合っていたのだ。

 翌朝、ホテルの食堂で朝食を食べているときだった。
私の背後に座っていた女性が何かつぶやいている。一人で宿泊している、30代後半ぐらいの背の高い女性だった。黄色いドレスの立ち姿が何とも優雅だった。
 その女性が、ときどきつぶやきながら、泣いているのである。
 二人連れ達の会話のささやきがある中での泣き声は、少し異様だった。

 彼女は、もしかしたら過去に思いを寄せていた男性とこの城を訪ずれたのかもしれない。
 その男性のことを思い出して泣いているのだろうか。
 この黄色いドレスの婦人は、深夜のシャンボール城の中で踊っていたにちがいない、と私は想像するのだった。