逍遥日記

経済・政治・哲学などに関する思索の跡や旅・グルメなどの随筆を書きます。

消費増に対する政府の現金給付の効果の比較―10万円給付と30万円給付―

2020-04-20 01:59:58 | 経済
消費増に対する政府の現金給付の効果の比較―10万円給付と30万円給付―
                                                            和洋女子大学・山下景秋

 日本政府は当初、新型コロナウイルスと経済危機の複合危機により貧困化した世帯に30万円の現金を給付する案を検討していた。私のブログでも、貧困化した世帯への経済的支援の必要性を訴えてきた。しかし、多数の国民が反対したため、政府は国民全員に10万円の現金を給付することに決めたようである。低所得者の救済に関しては、貧困化世帯に30万円を給付する方が効果が大きいので、私としては残念な結果になったと思っている。
 この10万円案を唱えた人の中には、税金を正確に納めていない人たちがいて、彼らが30万円案なら支援の対象にならないことを恐れた人もいただろう。10万円案を支持する主な意見には、早く実行できる(筈)であることや消費を促すという理由もあったと思われる。
 そこで本稿では、10万円給付と30万円給付のそれぞれが消費増に与える影響と、両者の比較を試みたい。
 以下の1では、30万円が給付される対象が低所得者層の全員それぞれである方法(方法A)を検討する。 次に2では、低所得者層の全ての各家庭に30万円が給付される方法(方法B)を検討する。また3では、そのうち給付条件に該当する家庭のみに給付される方法(方法C)を検討する。
 以下では、日本国民のうち高所得者層に属する人がX人、中所得者層に属する人がY人、低所得者層に属する人がZ人いるとする。
1.低所得者層の全ての各人に30万円が給付される場合(方法A)
(1)10万円給付と30万円給付
 政府が国民の全ての各人に10万円を給付する場合と、低所得者層の全ての各人に30万円を給付する場合とでは、消費増効果はどちらが大きいだろうか。それを以下で検討してみよう。
①財政支出
(全ての各人に10万円配布のケース)
 10万円×(X+Y+Z)人=10(X+Y+Z)
(低所得者層の各人に30万円配布のケース)
30万円×Z人=30Z

②消費増効果
 現金給付が消費を増やす効果に関しては、限界消費性向を用いて表わす。
 限界消費性向=消費増/所得増とは,所得が1単位増加したとき,それによって消費がどれだけ増えるかを表わす。たとえば、限界消費性向=0.6ならば、1兆円所得が増えた時消費が0.6兆円増えることを示す。もし所得が2兆円増えたら消費は1.2兆円(=0.6兆円+0.6兆円=0.6兆円×2=2兆円×0.6)増える。50兆円所得が増えたら消費は50兆円×0.6=30兆円増える。
(以下、収入=所得とする)
年収の金額により5つの所得階層に分けた時、最も年収の高い層は限界消費性向が約25%=2.5/10、年収が中間の層は約30%=3/10、最も年収の低い層は約40%=4/10だと言われている。(『平成22年(2010年)度 年次経済財政報告』内閣府、p202参照)
 これらの数値をそれぞれ、高所得者層、中所得者層、低所得者層に適用するものとする。
(全ての各人に10万円配布のケース)
全員に10万円ずつ配布すると、消費増加の効果は、高所得者層全体は10万円×(2.5/10)×X人、中所得者層全体は10万円×(3/10)×Y人、低所得者層全体は10万円×(4/10)×Z人となる。
したがって、消費増の合計金額=10万円×(2.5/10)×X人+10万円×(3/10)×Y人+10万円×(4/10)×Z人=2.5X+3Y+4Z
(低所得者層の各人に30万円配布のケース)
低所得者層全体に30万円ずつ配布すると、消費増加の効果は、30万円×(4/10)×Z人=12Z

(2)比較
以下で、10万円を給付する場合を(10万円)と表わし、低所得者層の各人に30万円が給付される方法(方法A)を(A・30万円)と表わすことにする。
①財政支出の比較
(1)の①を前提に、(10万円)と(A・30万円)のそれぞれの財政支出を比べてみよう。
(10万円)の財政支出=10(X+Y+Z)=10(X+Y)-20Z+30Z、一方、(A・30万円)の財政支出=30Z
したがって、10(X+Y)-20Z>0、すなわちZ<(1/2)(X+Y)なら、(10万円)の財政支出の方が(A・30万円)の財政支出よりも大きい。
逆に、10(X+Y)-20Z<0、すなわちZ>(1/2)(X+Y)なら、(A・30万円)の財政支出の方が大きい。
 以上を言葉で言えば、
低所得者層の人数が、高所得者数と中所得者数の合計の半分(つまり両者の平均)よりも少なければ、(10万円)の方が(A・30万円)の場合よりも財政支出が大きい。
しかし、低所得者層の人数が、高所得者数と中所得者数の合計の半分よりも多ければ、(A・30万円)の方が(10万円)の場合よりも財政支出が大きい。

②消費増効果の比較
(1)の②を前提に、(10万円)と(A・30万円)のそれぞれの消費増を比べてみよう。
(10万円)の消費増=2.5X+3Y+4Z=2.5X+3Y-8Z+12Z、一方、(A・30万円)の消費増=12Z
したがって、2.5X+3Y-8Z>0、すなわちZ<(1/8)(2.5X+3Y)なら、(10万円)の消費増の方が(A・30万円)の消費増よりも大きい。
逆に、2.5X+3Y-8Z<0、すなわちZ>(1/8)(2.5X+3Y)なら、(A・30万円)の消費増の方が(10万円)の消費増よりも大きい。
 以上を言葉で言えば、
低所得者層の人数が、高所得者数の2.5倍の人数と中所得者数の3倍の人数の合計の1/8よりも少なければ、(10万円)の消費増の方が(A・30万円)の消費増よりも大きい。
しかし、低所得者層の人数が、高所得者数の2.5倍の人数と中所得者数の3倍の人数の合計の1/8よりも多ければ、(A・30万円)の消費増の方が(10万円)の消費増よりも大きい。

③、消費増に対する財政支出の効果の比較(イ)
  (10万円)の方が(A・30万円)の場合に比べて、「財政支出がより少なく、なおかつ消費増効果がより大きい」(財政支出がより少ないのに消費増効果がより大きい)ことがありうるか?
  これが成り立つためには、
  10(X+Y+Z)<30Z、かつ(2.5X+3Y+4Z)>12Z
  すなわち、10X+10Y-20Z<0、かつ2.5X+3Y-8Z>0が成り立たなくてはならない。
これは、書き換えると、
  Z>(1/2)X+(1/2)Y、かつZ<(2.5/8)X+(3/8)Y      …★
が成り立たなくてはならないことになる。
 2つの不等式の2つの右辺の大小を比べるために、
{(1/2)X+(1/2)Y}-{(2.5/8)X+(3/8)Y}=(1.5X+Y)/8>0(分子はプラスだから)      
すなわち、
  {(1/2)X+(1/2)Y}>{(2.5/8)X+(3/8)Y}         …★★
となると、★★式の条件で★式を満たすZは存在しないことになる。
 すなわち、(10万円)の方が(30万円)の場合に比べて、「財政支出がより少なく、なおかつ消費増効果がより大きい」ことはない。

  一方、次の逆の場合はありうるか。
  (A・30万円)の方が(10万円)の場合に比べて、「財政支出が少なく、なおかつ消費増効果が大きい」ことがありうるか?
 上の連立不等式の不等号の向きが逆の場合を考えれば良い。
  Z<(1/2)X+(1/2)Y、かつZ>(2.5/8)X+(3/8)Y      …★★★
★★式の条件で★★★式を満たすZが存在する。
 すなわち、3つの所得階層の人数の間に、★★★より
   (2.5/8)X+(3/8)Y<Z<(1/2)X+(1/2)Y           …●
という関係あるならば、(A・30万円)の方が(10万円)の場合に比べて、「財政支出がより少ないのに消費増効果より大きい」と言える。 

④、消費増に対する財政支出の効果の比較(ロ)
  消費増/財政支出を検討する。この比率は、財政支出1単位当たりの(財政支出1単位による)消費増を表わしている。この比率が高ければ、消費増に対する財政支出の効果が大きいことを意味する。
(10万円)の場合…(2.5X+3Y+4Z)/{10(X+Y+Z)}

(A・30万円)の場合…(12Z)/(30Z)=0.4

両者の比較
  (2.5X+3Y+4Z)/{10(X+Y+Z)}-0.4=(-1.5X-Y) /{10(X+Y+Z)}<0(分子<0、分母>0だから)
したがって、(2.5X+3Y+4Z)/{10(X+Y+Z)}<0.4
 これは、(A・30万円)の場合の方が(10万円)の場合よりも、消費増/財政支出が大きいこと、すなわち消費増に対する財政支出の効果が大きいことを意味する。 
 
2.低所得者層の全ての各家庭に30万円が配布される方法(方法B)
 低所得者層の各家庭は平均4人家族であるとすると、低所得者層の家庭数(30万円の給付対象家庭数)=Z/4
 (財政支出の比較)
 【(10万円)の財政支出】 10(X+Y+Z)=10(X+Y)+2.5Z+7.5Z>7.5Z(=30万円×(Z/4))【(B・30万円)の財政支出】
  左辺が10(X+Y)+2.5Z(>0)だけ大きい。
  よって、(10万円)の方が(B・30万円)よりも財政支出が10(X+Y)+2.5Zだけ大きい。
 (消費増の比較)
 【(10万円)の消費増。1の(1)の②より】2.5X+3Y+4Z= 2.5X+3Y+Z+3Z >3Z(=30×(Z/4)×(4/10)。4/10は低所得者層の限界消費性向)【(B・30万円)の消費増】
  左辺が(2.5X+3Y+Z) (>0)だけ大きい。
  よって、(10万円)の方が(B・30万円)よりも消費増が(2.5X+3Y+Z)だけ大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (10万円)の(消費増/財政支出)-(B・30万円)の(消費増/財政支出)
  ={(2.5X+3Y+4Z)/10(X+Y+Z)}-{3Z/(7.5Z)}=(7.5X+9Y+12Z)/50(X+Y+Z)>0(分母も分子もプラスだから)
  よって、(10万円)の方が(B・30万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。

3.給付条件に該当する家庭のみに30万円が給付される方法(方法C)
 低所得者層の家庭の1/3が給付条件に該当しているとする。したがって、30万円の給付対象家庭数=(Z/4)×(1/3)=Z/12
 (財政支出の比較)
 【(10万円)の財政支出】10(X+Y+Z)=10(X+Y)+7.5Z+2.5Z>2.5Z(=30×(Z/12))【(C・30万円)の財政支出】
  左辺が10(X+Y)+7.5Z(>0)だけ大きい。
  よって、(10万円)の方が(C・30万円)よりも財政支出が10(X+Y)+7.5Zだけ大きい。
 (消費増の比較)
 【(10万円)の消費増。1の(1)の②より】2.5X+3Y+4Z=2.5X+3Y+3Z+Z >Z(=30×(Z/12)×(4/10))【(C・30万円)の消費増】
  左辺が(2.5X+3Y+3Z) (>0)だけ大きい。
  よって、(10万円)の方が(C・30万円)よりも消費増が(2.5X+3Y+3Z) だけ大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (10万円)の(消費増/財政支出)-(C・30万円)の(消費増/財政支出)
  ={(2.5X+3Y+4Z)/10(X+Y+Z)}-{Z/(2.5Z)}=(-7.5X-5Y)/50(X+Y+Z)<0(分母がプラス、分子がマイナスだから)
  したがって、(2.5X+3Y+4Z)/10(X+Y+Z)<Z/(2.5Z)
  よって、(C・30万円)の方が(10万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。

4.結論
(1)整理
(A)低所得者層の各人に30万円が給付される場合
 (財政支出の比較)
  低所得者層の人数が、高所得者数と中所得者数の合計の半分(つまり両者の平均)よりも少なければ、(10万円)の方が(A・30万円)の場合よりも財政支出が大きい。
  しかし、逆ならば、(A・30万円)の方が(10万円)の場合よりも財政支出が大きい。
 (消費増の比較)
  低所得者層の人数が、高所得者数の2.5倍の人数と中所得者数の3倍の人数の合計の1/8よりも少なければ、(10万円)の方が(A・30万円)よりも消費増が大きい。
 しかし、逆ならば、(A・30万円)の方が(10万円)よりも消費増が大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (A・30万円)の方が(10万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。 

(B)低所得者層の各家庭に30万円が給付される場合
 (財政支出の比較)
  (10万円)の方が(B・30万円)よりも財政支出が10(X+Y)+2.5Zだけ大きい。
 (消費増の比較)
  (10万円)の方が(B・30万円)よりも消費増が(2.5X+3Y+Z)だけ大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (10万円)の方が(B・30万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。

(C)給付条件に該当する家庭のみに30万円が配布される場合
 (財政支出の比較)
  (10万円)の方が(C・30万円)よりも財政支出が10(X+Y)+7.5Zだけ大きい。
 (消費増の比較)
  (10万円)の方が(C・30万円)よりも消費増が(2.5X+3Y+3Z) だけ大きい。
 (消費増に対する財政支出の効果の比較)
  (C・30万円)の方が(10万円)よりも、消費増に対する財政支出の効果が大きい。

(2)結論
①.各政策による消費増の金額は、(10万円)は2.5X+3Y+4Z、(A・30万円)は12Z、(B・30万円)は3Z、(C・30万円)はZである。

②.Z<(1/8)(2.5X+3Y)なら、(10万円)2.5X+3Y+4Z>(A・30万円)12Zである。この場合、(A・30万円)、(B・30万円)、(C・30万円)のうち、(10万円)の2.5X+3Y+4Zと比べて消費増の金額が最も少ないのは(C・30万円)のZであるので、消費増の効果の観点からは、(C・30万円)は採用が最も難しい選択肢となり、(10万円)が最も好ましい選択肢となる。

③.Z>(1/8)(2.5X+3Y)なら、(10万円)2.5X+3Y+4Z<(A・30万円)12Zである。この場合、(A・30万円)、(B・30万円)、(C・30万円)、(10万円)のうち、消費増の金額が最も多いのは(A・30万円)の12Zであるので、消費増の効果の観点からは、(C・30万円)は採用が最も難しい選択肢となり、(A・30万円)が最も好ましい選択肢となる。

④. ②、③における選択肢の決定には、Zと(1/8)(2.5X+3Y)の大小関係、すなわち、低所得者層の人数が、高所得者数の2.5倍の人数と中所得者数の3倍の人数の合計の1/8よりも多いか少ないかによる。

⑤.消費増に対する財政支出の効果に関しては、(A・30万円) や(C・30万円)は(10万円)と比べると効果が大きい。しかし、(B・30万円)は(10万円)と比べると効果が小さい。

(3)注意事項
①.本稿では、限界消費性向の数値を2010年度の数値から採用したが、最近は少し変化している可能性がある。さらに複合危機の現在もう少し大きく変化している可能性がある。

②.本稿では、(C・30万円)の給付条件を低所得者層の家庭の1/3としたが、この条件が異なると、上記の(C・30万円)に関する数値が異なってくる。

③.日本の(10万円)政策では、10万円の給付を希望する者のみに給付する自主申告制を採用する予定である。そうなると、特に高所得者層の中に給付を希望しない人がでてくる可能性があり、その場合上記の(10万円)に関する数値が異なってくる。

④.以上、本稿は、各政策の選択肢の消費増の効果を述べてきたが、もちろん貧困家庭(や貧困化した家庭)にとって最も好ましい政策は(A・30万円)で、次に(B・30万円)、さらに次に(C・30万円)、最後に(10万円)となる。
 新型コロナウイルスの問題が深刻になっている現在、最も考慮すべき政策は、このような貧困家庭(や貧困化した家庭)に対する経済的支援であることを再度強調しておきたい。












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