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思い出のアロハ航空

2008-04-03 06:54:22 | 旅行
Local News - Aloha Airlines' last day
- THE HONOLULU ADVERTISER


ホノルルの新聞やハワイ島のメディアはまだまだアロハ
航空の倒産を話題として取り上げています。

それだけアロハ航空の存在が大きかったということですね。
経営が苦しいと言っても、それは長い間のライバルでもある
ハワイアン航空にも言えることですし、ともに何度も経営不振
に陥りなんとか乗り切ってきたのに、会社更生のメドもたたず
とうとう名門アロハ航空は倒産してしまいました。

ホノルルでこの飛行機に乗り換えると、いかにもハワイに来た
という実感があって、いつも楽しみにしていたのですけど。

アロハ航空の2007年の乗客は、2006年の12%増しの
3千9百万人、2006年に格安チケットを武器に乗り込んで
来た新規航空会社、Go!の参入後も、ハワイ・インターアイ
ランド便のシェアは3分のⅠを保ってきました。

ハワイ島にはことの他多くの乗客を乗せてきたアロハ航空。
その倒産による運行停止でハワイ島に与える影響は今後
非常に深刻なものになるであろう、と地元の新聞は伝えて
います。

何といっても島民の生活の足だったからね、地元のひとたちが
一番困るんじゃないかなあ。本土の巨大企業あたりから救いの手
でも差し伸べられると良いのですが。とっても残念です。

ハワイ各諸島を回るスーパーフェリーボートのサービスも
まだ先のことだしそれはそれ。アロハ航空がなくなるのは
悲しいです。

私事ですが、ハワイ島からホノルル経由で日本行きのANA便に
乗るため、コナで朝一番のアロハ便に乗ったことがありました。

エンジン音が上り、いざ離陸となったのにいつまでたっても
動かない。そのうち、エンジントラブルです。皆さん降りて下さい。
とのアナウンス。全員しぶしぶグラウンドへ。そのまま空港内で
待機。結局次ぎのアロハ便で無事ホノルルには行けましたが、
ANA便に間に合わないのではと、ちょっと焦った出来事でした。

航空機内の椅子の背中には、乗客への注意事項が用意されて
いますが、アロハ航空の場合はそれがすごく可笑しいのです。

英語の注意事項を日本語の解らないひとが直訳したみたいで、
意味になっていません。全く変な日本語が書いてあります。
あんまりヘンテコなので写真に撮っておきました。



ヘンな日本語! などと思いつつもいつもあの注意書きを見て
はニヤニヤして読んでいました。結構楽しみだったのかも。
そう言えば、併記してあるスペイン語も正しくなかったような。
もう、あの注意書きを読むことも出来なくなりました。


とにもかくにも、アロハ航空はいっぱい思い出をくれたのでした。


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7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
十回 ? (nnakazawa)
2008-04-08 19:57:45
はい、たしかに共に時代をシェアした
ひとが離れていくような間隔を感じます。

やはり印象に残るのは「十戒」と「ベンハー」
ですねえ。スペクタクルということがまだ
ピンと来なかった時代ですから、彼の映画は
70ミリという、うたい文句と共に強烈な印象を
残しています。

特に「ベンハー」は東京京橋のテアトル東京で
十回以上も見たので良く記憶してます。

いい役者さんでしたね。キリっとむすんだ口、
意思の強そうな顎、ガッシリとした肉体。

いかにも強いハリウッドを代表した役者さんでした。

R.ウイドマークもそうでし。たしか「アラモ」
で最後まで生き残る役ではなかったでしょうか。

そうですね、つまりそれだけ見ているほうも
陰りが出てきたってことでしょうか。

ああ、昔は良かった!

返信する
ちょっと寂しい訃報ですね (光ちゃん)
2008-04-07 08:53:11
チャールトン・ヘストンさんがお亡くなりになってましたね。
先月リチャード・ウィドマークさんもお亡くなりになってました。
ハリウッドの黄金期を支えた俳優人も少なくなって、段々かげりが出てきましたね。
返信する
昨日の記憶 (nnakazawa)
2008-04-05 11:52:56
ずいぶん前にフランス映画全盛の時期がありました。
ジャン・ギャバン、フランソワール・アルヌール、
シモール・シニョレ、パスカル・プティ、イブ・モンタン、アヌーク・エーメ(イタリアンだったか?)
そしてご存知BB。喜劇のルイ・ド・フィネス
(このオジサンは面白かった!爆笑王です。)

映画に出てくるフランス語はカッコ良かったですね。

アランドロン(フランスでの人気は低かったです)
と三船敏郎が競演した「レッドサン」をパリで
見たら、三船敏郎扮する侍がフランス語を話して
いました。当たり前といえば当たり前なのですが
何か変な感じでした。侍が ウイ!とか言うのも。

夜、アテネフランセにしばらく通ったことがあり
ました。受講生が圧倒的に女性なのと、先生が
えらいバアサンで、しょっちゅう、ホギャルデ・
ビヤン、エクテ・モアばっかり。先生の性格で
影響されるクチですので、長続きしなかったこと
は言うまでもありません。良い思いですけど。
返信する
Unknown (光ちゃん)
2008-04-05 08:55:37
“馬鹿丁寧じゃなくても良いですから、ほのぼの
とした暖かさがあると嬉しいですね”
って本当にそう感じます。
へんに表面的な美しさが求められる時代には、なおのこと実感しますね。
外国語は使わないと忘れますね。
ただでさえも忘れっぽいのに・・・
仏文専攻ですが、スペイン語は未だにわかりません。映画では頻繁に出てくるのに。
そう言えば『ラッシュアワー3』にフランス語がよくでてきます。dvdでしたので、何度か繰り返し、其の部分を見ましたがほとんど理解出来ませんでした。
語学に関しては下降あるのみです。
返信する
訂正です。 (nnakazawa)
2008-04-04 17:51:31
ABUSE は OBESE (肥満)の誤りです。
駄目ですねえ、こんなミスをしていては。
返信する
ローカル性の暖かさ (nnakazawa)
2008-04-04 17:44:10
そうです、そうです。自動翻訳の日本語と
良く似ています。理解できないこともないの
ですか、何か、日本語としては変ですよ、
という感じになります。

スペイン語の方の内容はもう忘れてしまい
ましたが、今こうして見ても、POR QU は
POR QUE、UN FILA は UNA FILA の間違いで、
いずれも文法的な誤りですね。他に可笑しな
言い回しが書いてあった記憶だけはあります。

ローカルの航空会社は、何かこう、気さくな
ところがあって家庭的な感じがありますね。

昔スペインのアリカンテあたりからローマまで
飛んだことがありました。プロペラ機でした。
機内では見るからに小太りのスチュワーデスの
オバさんが目一杯ニコニコして、機内を行ったり
来たり。それほど広くもない飛行機なのに
サービス過剰とも思えるくらいで、いかにも
ひとの良さそうなオバサンでした。

どこかの国のマニュアルに乗っ取っただけの
サービスよりは心がこもってて好印象でした。

機内のアナウンス、いっそ大阪弁にでもした
ら、気分がほぐれるかも知れませんなあ。

「ほな、ぼちぼち離陸しまひょか。」とか。

そう言えば、ホノルル空港でレンタカーの
敷地まで乗せてくれるシャトルバスに乗った
ときのことです。5分くらいしか走りません
し7,8人しか乗れません。これまでは男の
ドライバーでしたが、去年は女性のドライバー
で、それもすっごい太ったひとで、ABUSE 
とでもいうべきド迫力。そこまでは良いのですが
このひとの力の強いこと。あの重いサムソナイト
を片手でひょい、もうひとつひょい、と軽々と
上げ下ろしです。もうこれには驚くばかり。
でもニコニコしていて親切でしたね。暖かな
ホスピタリティがありました。巨体を揺らして
動く様はユーモラスでもありましたが。

馬鹿丁寧じゃなくても良いですから、ほのぼの
とした暖かさがあると嬉しいですね。
返信する
本当におかしい、翻訳 (光ちゃん)
2008-04-04 08:58:29
PCの自動翻訳がこんな風ですよね。
文面がおかしいのは解りますが、写真の上の部分のスペイン語が解りませんので、この日本語がおかしいことだけが理解出来ます。

ところでアロハ航空はハワイに行ったことがないので知りません。でも米国内の航空便の楽しさは、日本とは全然違いますよね。
これらの航空便には、エアーアテンダント(今風)の女性の魅力が、なんと言ってもたまりません。搭乗口入り口でもぎりのおばちゃん風の女性が、切符を半券くれます。搭乗してしばらくすると、こうしたおばちゃんがスチュワーデス(昔風)として、サービスを開始してくれます。あったか、優しい心ある人々でした。
デルタだったたか、かなりでかいおばちゃんがサービスをしていて、その人は飛行機が傾くくらいに親切に動き回るのです。小さな赤ちゃんを連れた女性が乗り込んできて、またその赤ちゃんがとても良くなく。
するとかのでっかいスチュワーデスさんが飛んできて、片手にひょいと赤ちゃんを抱き上げ、あやしたかと思うと、反対の空いた手で、高い棚をこじ開けて、見事に片手でベビーカーを降ろすではありませんか。当時の古いタイプでしたので、私でも片手ではもてあますような代物でしたが、その女性はいとも軽々作業してました。

こんな良い人々が勤めていたローカルな会社がなくなると寂しいですよね。
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