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忘れないように ときどき書きとめます

長崎原爆資料館 2019

2019年05月24日 | 日記

長崎の街は 整った素敵な街なのに

でも それは 今のこと

かつて

ここに 原爆が落とされました

 

 

詳しくはここに

昭和20年8月9日早朝 B29は 小倉の上に着きました

でも 天候不良のため 視界がきかず 第2目標の長崎へと変わりました

運悪く雲の切れ目に 三菱長崎兵器製作所の巨大な工場群を 発見しました

高度9000mから落とされた原子爆弾は

午前11時2分 長崎市の北 松山町の上 500

天を裂くような閃光を伴って 爆発しました

現在(平成30年8月9日) 

原爆死没者名 奉安数

179,226人

 

 

ここに

左は 原子爆弾が落とされる 2日前

右は 原子爆弾が落とされた 1が月後

  なにもない広さが 目に沁みます

  なにも 残っていないのです

これは 落とした国が作った資料です

 

 

森のような美しい場所に この銅像

70年 何も生えないと言われたところに

この青々とした森

銅像が見えます

 

 

近寄ってみましょう

この日 この時間

たくさんの赤ちゃんも 亡くなったということです

 

 

 

 

ここにも残った 建築の残骸

 

 

写真の浦上天主堂の →↓の部分です

爆心地から 500mだったそうな

のち 新しい天主堂建設のため ここに移設したそうです

 

 

 

原爆資料館は このあたり

修学旅行の学生さんが たくさんみえます

 

中に こんな白壁が

 

オランダのナマ・オリさんの鶴

幅15cm・長さ150mの 1枚の紙で 折られています

 

 

綺麗な色の 折鶴

 

 

 

この写真の前で 止まってしまいました

敬礼した 凛とした はだしの男の子

背負った後ろの弟が 

亡くなっていることを知っていた とか

弟を 焼き弔う時を 待っていたんでしょうか

(なぜって 題名が「焼き場に立つ少年」です)

 

 

男性が 長いこと立っておられました

原子爆弾の 内部分解模型です

 

名前は 

長崎型原爆:ファットマン

 

このような原子爆弾が

アメリカ  6450 個

ロシア   6850 個

使えば 世の終わり

6000個も どう使うのでしょう

 

 

丁寧に折られた たくさんの折鶴

奉納した人は どんな人でしょう

 

 

懐かしい3輪車

ミゼット って言ってたかも

乗っていた人はみんな 亡くなってしまったかも

 

 

 

学生さんや 外国の人を たくさん見かけます

ここに立ってみたら

いろいろ 考えますね

 

目の前のものは みんな本当にあったもの

 

 

瞬間に止まった 壊れた掛け時計

爆心地から800m だった

 

 

 

堤郷子さんの お弁当

爆心地から700m

 

 

 

生後8か月の 赤ちゃんの服

爆心地から 1100m離れていたのに

 

 

瓦が 溶けて泡立つ

溶けるはわかるけど 泡立つは理解できない

 

 

 

溶けた6本のビン

爆心地から400m

 

 

 

 

載せたくなかった この写真

でも 載せなくちゃ

この人に 申し訳ない気がする

本当のことよ と言われている気がする

 

 

 

 

少し離れたところに

平和公園 

足が不自由でも エスカレーターで上がれます

 

 

上がり切ったところに

二つに分かれた噴水

だれの ことばでしょう

向こうに 大きな像が見えます

 

 

見たことある青年の像

天をさす右手は 原爆を

水平の左手は 平和を!

 

 

台座は 流れる水で 清められているようです

あの少女も 

こんなきれいな水が 

飲みたかったのでしょう

 

 

今 日本には 戦争はないけれど

ニュースでは あちこちで戦争

 

天変地異は しかたないけど

爆弾で死ぬのは いや!

生きたかった人が たくさん住んでことを

忘れないようにしなくちゃ

 

生きているうちに 広島・長崎に行ってくださいね <(_ _)>

 

※可愛い●ポチをつくり

くるくる動かしてみました

 

 


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