Evidence-based エビデンスに基づく

2012-03-17 17:42:46 | 医療用語(看護、医学)
 10年ぐらい前だろうか。「この頃、医学の世界ではevidence-based medicineという言葉をよく聞くけど、医学ってもともと科学的根拠があってやってきてたのではなかったのですか?どうして今になってそんなことを言い出したのですか?」と通訳関係者から尋ねられたことがある。今ではいろんなところでこの言葉が出てくるので、もうそんなことは聞かれなくなった。

 私がEvidence-Based Medicineという言葉を初めて聞いたのは1990年代の後半だった。「根拠に基づく医療」と訳され、そのうち「科学的」を足して「科学的根拠に基づく医療」というようになった。現在は、「エビデンスに基づく医療」と、そのままカタカナを使い、略してEBMといわれる。ただ、medicineは「医学」のことになるので、根拠に基づいて診療実践を行う部分ではEBMだが、もっと広い意味での医療全般の政策面の話になると、Evidence-based Healthcare (EBHC)が使われる。

 このように医療の分野から始まった言葉ではあるけれど、今では、「エビデンスに基づく実践」などという表現で、教育、社会学などの分野でも使われ、昨日の震災関連のシンポジウムの仕事でも「アメリカでは『エビデンスに基づく』ことを強調するが、日本ではその部分がまだ弱い」という発言を聞いたところだ。

 現在、「エビデンスに基づく医療/看護/実践/ケア」といった言葉を含めた題名の本も出ているし、ネットでも説明されている。エビデンスの強さはランダム化比較対照試験(RCT)が一番で(信頼性が高く)、階層化されている。

 アメリカで発達したという言葉だといわれるが、実は最初はイギリスである。言葉自体は1960年ぐらいからあったらしいが、「どこが始まりだ」と尋ねられると必ず出てくるのが、1972年初版のイギリスのArchiebald Cochrane(アーチボルト・コクラン)のEffectiveness and Efficiency(治療効果と経済効率): random reflections on health servicesである。コクランは、医療実践のほとんどが科学的根拠なく個人の経験や裁量で行われていると批判した。今でいう質と安全性を保障できないのだ。信頼性の高いエビデンスであるRCT(無作為比較対照試験)による評価の蓄積が必要だとした。これがのちの臨床研究の世界的レビューであるコクラン共同計画の設立につながる。

 エビデンスに基づく実践によって質と安全を保障するために、ガイドラインやスタンダード、プロトコールの整備になる。1990年代に入り、アメリカを中心にevidence-based medicineは発展することになり、医学、薬学だけでなく看護学、そして先述のように他分野にも広がっていく。

 (最初は、ガイドラインに基づいて均質なことをするのは医師の裁量権の侵害だという抵抗はあったが、医学の進歩とともにベストな科学的根拠を蓄積する必要性は必至で進んでいった)

 一つ忘れてはいけないことがある。この言葉には、政治経済的な意味合いがあることだ。
 
 コクランがそうした提唱を行った当時のイギリスは、経済成長が鈍化し、労働党が選挙に負け、保守党のサッチャー政権になる時代であった。ケインズ政策とは決別して公共部門の改革、民営化が進んでいた。医療についても、必要な治療にはその根拠になる証拠を持って説明する必要があった。国民保健サービス(NHS)のケアの質を費用対効果/効率で評価しなければならない。だから、医療はevidence-basedでなければならないのだ。

 イギリスではその後、ブレア政権(労働党)になり、費用対効果の高いNHSをさらに推し進め、政府自体でエビデンスを蓄積するためにNICE(医療技術評価機構:National Institute of Clinical Excellence)が作られる。治療ガイドラインの話の時にはNICEはよく出てくる。

 ざっと説明するとそういうことになる。evidence-basedという言葉が出てきたとき、そういう背景があることをちょっと頭の隅に置いておくといいと思う。

 

 
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