ちかさんの元気日記

辛いことを乗り越えて元気に生きている私“ちかさん”の
涙と怒りと笑いの介護記録。

ケイコ日記ーその20

2018-11-25 22:49:22 | 日記
夫・ハルオを亡くしてますます混乱しているケイコ。
気分の浮き沈みが激しく
部屋に一人でいると「死にたい」と泣いてばかりいる。

ケイコを少しでも楽しい気分にさせてあげたい。
子どもや動物が好きだから
そのDVDでも見せてあげたらどうか。

そんな話になった。

さっそく録画した幼児番組を見せる。
最初はふっくらとしたいい笑顔で見入っていた。
しかしあるとき部屋を覗いてみると
画面に向かって怒りまくっている。

テレビの中でお兄さんが
「キツネ君の耳はここについてるよ~。
さあ、キミの耳はどこについてるかな?」
そう問いかけてくるのに対して、ケイコは激怒。
「私の耳はここです! それがどうしたって言うんですか!?」

この録画を見せるのは中止となった。残念!!

ある日、録画しておいた吉本新喜劇を見せてみた。
意外なことに、ケイコ、大爆笑。
くだらないシーンでも、お腹を抱えて笑い転げている。

へぇ~、こういうのが好きだったんだ。
ならばと、今度はやはり録画したバカ殿を見せることにした。

排泄介助で訪問した職員が
バカ殿視聴中のケイコの様子を教えてくれた。

「もう大変だったわ。
バカ殿の中で、志村けんがお姫様役の女優に向かって
こっちへ来いと誘うシーンだったんだけど
それを見たケイコさん
椅子から立ち上がり、バカ殿を指差しながら
この男は私をバカにしてるんです!
こっちへ来いなんて私を誘うんです!
ホントにひどい男です!!!
って物凄く興奮しちゃって、手がつけられなかったわ」

ああ、バカ殿はケイコに笑いをもたらさなかったか。
残念!

大晦日は「笑ってはいけない!」を見せようかと
イタズラ好きな職員は言ったが
ジョーダンじゃない!
今年の大晦日も、私は夜勤。
ケイコには大人しく寝てもらわないと困るのである。



86歳のビリー・ミリガン

2018-11-20 23:12:31 | 日記
若い頃、ダニエル・キイスの本にはまった。
「アルジャーノンに花束を」は名作で
もちろん面白かったけれど
多重人格を描いた「24人のビリー・ミリガン」を読んだときの衝撃は
今でも忘れられない。

多重人格(解離性同一障害)。

そんなことがホントにあるのか?
一人の人間の中にいくつもの人格が存在するなんて
そんなことありえるのか?

あれからウン十年。
すっかり忘れていたが
認知症が悪化するユキエを見ていて、久しぶりに思い出した。

通常のユキエは人懐こく世話好きなオバアチャンだが
ふいに人格の変化を見せる。

あるときは悲しい表情を浮かべ
「お母さんが怖くて帰りたくないの」と
夜中に建物内を徘徊し
あるときは険しい表情で
「あの野郎、頭にくるんだよ」と
蓮っ葉な言葉を繰り返し
あるときは晴れやかな顔で
「これから卒業式なの」と
一張羅の黒いブレザーを着て部屋から出てくる。

この間は私がヘアスタイルを変えたのを見て
「お姉さんキレイ!
私も大きくなったら美容院に行くんだ」と
弾むような声で言っていたっけ。

そしてきのう…
なかなか朝食を食べにこないので迎えに行くと
胃がムカムカするという。

普段は痛みや不調を訴えることがないので
本気で心配した。
吐き気はある? お通じは?

しかしそんな心配をヨソに
彼女はとんでもないことを言った。
「ほら、私、妊娠してるじゃない?
つわりだから、仕方ないのよね」

おおい、お前はもう90に近いんだぞーーー!

認知症が進んでいるのだと思っていた。
が、もしかしたら、もしかしたら
ユキエは日本のビリー・ミリガンなのかもしれない。


聴こえてますよ、心の声。

2018-11-17 22:35:33 | 日記
素っ頓狂を絵に描いたような認知症老婆・サワコ。

迎えに行かなくても車椅子自走で食堂までやってくる
頑張り屋の彼女ではあるが
異常なまでの心配性で
部屋から出てきて玄関の鍵を掛けても
窓は閉めたか、水は止めたか、トイレは行ったか
が心配で、何度も何度も部屋に戻る。

しかも大きな声で、その心配を自分にぶつける。

「ねえ、窓は閉めたの?」
「閉めたわ、そうよ、大丈夫よ」
「ねえ、トイレに行ったんだっけ?」
「行ったじゃない。ホント? 行った方がいいんじゃない?」
「うんもぅ、イヤになっちゃうわ
私、なんでこんなに心配性なのよ!?」

廊下の端までその声が轟いてくるから
見守っている私たちは笑いを抑えられない。

さらにおかしいことに
彼女は、自分で声を発していることに
どうやら気づいていないのである。

きのうのこと。

部屋への出入りをしつこく繰り返したサワコは
ようやく食堂に向かって廊下を自走し始めた。

よし、もう大丈夫だろう。
後ろで見守っていた私は
サワコさ~ん、食堂で待ってますねと声を掛けながら
彼女の脇をすり抜けて一人、エレベーターに向かった。

そのときだ。
背後から、サワコの声が聴こえてきた。

「冷たいわよね。
行くなら私の車椅子を押してくれたっていいじゃない?
なんで一人でスタスタ行っちゃうのかしらね」

エレベーターホールの壁から顔を出し
私は大声で彼女に言った。

サワコさ~ん、人を頼っちゃダメよ。
アナタは一人でも行けるんだからね~。
(実際、彼女の移動介助をしないのは
それだけの能力が残っているし
手足を使う自走がトレーニングになると考えてのことである)

すると彼女はびっくり顔でこう言った。

「え? なんで?
なんでアナタは私の考えてることがわかったの?」

聴こえてるも~ん!

「うそよ、私、喋ってないもの」

心の声を大声で発し
それが人の耳に届いていないと思っているサワコ。

彼女は実に面白い。





性悪老婆キワの、罪と罰

2018-11-07 00:45:26 | 日記
キワのことは、これまで何度かここに書いてきた。

認知症を嘲笑う性悪女…
そんなタイトルで
彼女の悪行を紹介してきたと思う。

書くだけで腹が立つのでここ最近は登場させなかったが
彼女の性格の悪さは、もはや手がつけられない状態になっていた。

食堂で同じテーブルに座っている認知症の女性に向かって
「あなた、バカよね? ねえ、バカなんでしょ?」
「足が痛いの? ははは、仮病よね?」
「レントゲン検査受けるんだって?
 きっとアナタの心臓に毛が生えてるかどうか診るのね?」
「バーカ、バーカ! ねえ、こう言われたら傷つく?」
「アナタ、朝鮮人?
 だって、日本語わからないんだもんねえ。あはは」

ざっと思いつくだけでも、この通り。
キワの暴言によって泣いてしまった人
部屋に閉じこもってしまうようになった人は
一人、二人ではない。

腹に据えかねた管理者が直接注意をしたが
「あれくらいで泣くなんて、おかしいんじゃないの?」
「バカにバカと言って、何が悪いの?」
挙句の果て
自分に注意した管理者をクビにしてやる!
名誉毀損で訴えてやる!
今すぐ弁護士を呼んでちょうだい!
と、とんでもない逆ギレである。

家族が希望しないので検査こそ受けていないが
彼女こそ明らかに精神か脳のどちらかに
損傷を受けていると思われるのだが。

というわけで、利用者からも職員からも嫌われているキワ。
原因不明のヨチヨチ歩行でも
誰も手を貸そうとしないキワ。

そんな彼女が、今日、足の骨を折った。

本来なら、心配するところである。
しかし職員の誰もが思った。

神はいた、と。

救急搬送を見送るケアマネに、キワが言ったという。
「いろんな人にイジワル言ったから、バチが当たったのかしら」

おお、わかってたのかい。
だったら病院で更正して戻って来いよ~!
更正しないなら、戻ってくるなよ~!