第5話-29

　「レナちゃん、大きな波がきても、俺がいるから恐くないよ」と大竹に肩を抱かれた山崎は、ゾッとしながら巨大な男の顔を見た。レナというのは今売り出し中の女性４人ユニットの、ちょっと太めで人気の女の子の名前だ。口の回りに玉葱とご飯粒を張り付けた大竹は、夢を見ているように幸せそうな顔をしている。
　山崎は昨年生まれた姉の子供のことを思い出した。赤ちゃんはミルクを飲んで満足すると、抱いているうちに手足が温かくなって眠ってしまう。肩を抱いている男の手も温かい。
　この男は人気アイドルと海に来ている妄想で無力化している。「やった！５連チャンだ。フィーバー！」と叫んでいる痩せぎすの男もさっきまでの凶悪な表情は消えて、ちょっと病的だけど遊びに夢中な子供のように笑っている。
　ライフルを持った男もテレビの画面を見つめて、ウットリしている。眼鏡の細い男は回りを眺めて不思議そうな顔をしてから、ピストルをポケットにしまって、おばあさんの隣りに座り込んだ。おばあさんはお尻をペタンと床につけて少女のように座って、パンフレットで山を作っている。

　「皆さんは今日まで一生懸命働いてきました。目の前に広がる青い海は、そのご褒美です」

　スピーカーから声が聞こえた。太った男があくびをした。