女として大阪で暮らす。(朝鮮婆ではないよ)

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そして動物を愛する人です。
植物も大好きです。
ニコ生すき、日本の糞ばばですよ。

屠場の仕事

2010-11-14 | 日記
「場」とは、牛や豚などの家畜を、食肉用に解体するために、首を切り落し血を抜き皮をはぎ、「うしさん」を「ぎゅうにく」へ、「豚さん」を「ぶたにく」へと変えてしまう、我々の食生活の中では欠かせない、とてもありがたい惨殺家畜処理場だ。
場見学

業は従来からの人々の専売特許であり、巨大産業である皮屋の川上産業としても有名だ。

これは最近知ったのだが、どうやらこの「場」という言葉は差別用語であるらしい。
この言葉の使われ方が「手足がもげ、首が飛びさながら場のように…」など、残酷なシーンの形容で用いられることが多く、この表現は職業蔑視につながる響き。
彼等は「場」ではなく、「と場」と言って欲しいという要望があるそうだ。

「殺」という字を使うなということなのであろうが、なるほど一理ある
板さんが目の前で魚をさばいて、寿司や刺身をだしてくれる店を、
「鮮魚料理」と名付けられたら、食うのを躊躇ってしまう

(TOSATSU)という言葉、確かにその業界の当事者からすると、企業の存続を
左右する重要な問題かもしれない。企業の広報部からすると、絶対に止めさせたい言葉である。

「僕は将来業に就職したいです!」という少年が、今の時代どれだけいるのだろうか?
私の感覚が正常であれば、皆無のはずである。モチベーションとスキルの高い優秀な従業員の確保が極めて難しい業界なんだろうと察する。

先日、吉野家に牛丼がないだけであばれる馬鹿が表れ、人々を笑わせてくれた。
それほど、みんなお肉は大好きなのである。

しかし、そのお肉を食べるためには、うしさんの首を切り落とし、血を抜き取り、皮を剥ぎ落とさなければならないのである。みんながやりたくないこの仕事を、誰かがやらなければ、お肉は食べられないのである。

本来ビジネスとは、自分で作れないものを、第三者から提供される事に価値があるので、そういう観点に立てば、業ほど付加価値の高い産業はないかもしれない。
その上規制に守られているため、既存の大手は競争力が高いはずだ。
また、BSE等の問題があるため、近年の市場の反応は国産肉へのリスペクトが強い
もし株式公開している業者がいたら、是非とも投資したいと思った。

「と場」と言わせないという活動もいいが、そんなことより、ビジネスとしての業界のIRをもっとしてほしい。

それが結果、差別を無くすアプローチになれば、一石二鳥ではないだろうか



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