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もんく [とある南端港街の住人になった人]

家を殺すのは誰?

オークションで落としたビクタースピーカーは無事出荷され大阪からこちらへ向かっているようだ。(ヤマト)

今日は不燃ゴミを大量に出したが、なぜか細かい金属類の入ったバケツを持って行ってもらえなかった。同じようなもう一つの方だけ持って行かれた。なぜかわからない。それと家の壁を壊しているので石膏ボードの破片が出ているが、これもダメらしい。雑草対策で庭に撒くか?

活断層ハウスの今の状態は、4畳半と6畳の部屋の間の押入れの壁が全部取り除かれてお互いの部屋がよく見えるようになった。だが、筋交は残っている。これは取るわけにはいかない。壁の石膏ボードを壊しているのでその押入れであったところに瓦礫の山ができている。明日運び出す。

今、荷物がいくらかある状態でやっているのでそれらを2階に持って行ってさらに壁壊しをすべきかもしれない。


壁にハンマーを叩きつけてガンガンやっていると、それに反応してニャーニャーと音がする。死んだ母が持っていた音に反応する小さい猫の置物だ。電池がまだ切れていなかったらしい。


壁を壊していると、家というのは家主が死んでいなくなってもまだ家自体の生命は残っているのだと感じる。確かに痛んできてはいるし汚くなってもいるが、木材は未だ重さを支えていて立てられた時のまま歪んでもいない。もう疲れたから休ませてくれという感じではない。そうだろうな、

家の主がいなくなってその家をどうしようかと考えた時に、皆して「そんなもの売ってしまった方が良い」「もう価値など無くて。処分にお金がかかるだけだ」と口を揃えて言う。その大元の根拠は政府が決めている償却による価値の低減で、全てがほぼそれに従って動く。それに従うのが不動産という産業にとって良い方向へとなる。その他にとってその逆であっても。
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