
爺婆三題目
先に投稿した「爺婆二題」の続編・三題目。
三宅坂の国立劇場・演芸場(寄席)にて、某月某日(木)の午後。
65歳以上は、¥2000の入場料が約半額の¥1100になるためか、はたまた平日の午後に演芸など聴いていられるのは老人しかいないのか、開演時には客席は爺婆爺婆でほぼ満席となった。爺婆の佃煮状態だ。
それはまあ良い。問題は、「自宅でテレビを見ている」のと同じ状況=自宅居間状況に陥る爺婆が増えていることだ。彼らは、自分の周囲が消え、忘我の境地に入ってしまうのだ。それは、今自分の置かれている状況が全く理解ないしは把握できない状態、すなわち、そこには自分しか残っていないことを示す。
このような社会性の欠如は幼児の特性だが、歳をとると逆行現象とやらで社会性を喪失して幼児性を帯びてくるのだろう。
私の直ぐ後ろに爺さん、右手後ろに婆さん。二人は絶えず会話をしながら何かを食べている。
婆さんが主導権を握り、話は弾む。中味は婆さんによる「出演芸人や落語の解説」だ。話の合間には、婆さんが持参したズダ袋らしきものから、紙袋・ポリ袋を出し入れする。ペチャクチャ、ペチャクチャ、ガサガサ、ゴソゴソ…ボリボリ、ムシャムシャ、クチャクチャ…ペチャクチャ、ペチャクチャ、ボソボソ…ガサガサ、ゴソゴソ…ペチャクチャ…
数回、「ウルサイぞ」という牽制の身振りを示したが、自宅居間状況に陥った二人には通じない。
物売りの「売り声」の真似をする宮田章司が舞台に出るに及んで、婆さんの恍惚状態は極限に達した。
婆「私、この人知ってるワ。お爺さん知らない?」
爺「△◆○▽…」
婆「私は知ってるモン! 上手ヨオ!この人! キンギョゥ~エエ キンギョゥ!」
とうとう芸人との共演まで始めた。般若心経じゃあるめえし、唱和するなッ! 入場料と高ぇ交通費を払って、わざわざ婆さんの“芸と解説”を聞きに来たわけじゃねえッ!!!
そこで敢然と後ろを振り返った。婆さんは、まさに法悦の極致にいる顔をして唱和している。彼女は既に周りを喪失している。私は周りを憚り、声を押し殺して小声で注意した。当然声はドスのきいた声にならざるを得ない。
私「ウルセエ! 静かにしてクレェ!」
転瞬、婆さんの顔が一時停止した。キンギョゥ~と言ってパクッと開けた口が、開いたままでフリーズした。
その後の、爺婆二人の静かだったこと。呼吸をしているのかな?と思うくらい静かだった。なにもクラシックの音楽会ほど静かにしろとは言わない。所詮、寄席だ。楽しんだらよい。だが自宅居間状況に陥って貰っては困る。
06.11.30