映画である。
「アルゲリッチ 私こそ、音楽」
これは見逃せないと思っていたが、上映時間と自分の生活を思うと今日しかない・・。
上映初日の今日、朝早く出かけた。
初日とあり、多分若い頃からのアルゲリッチファンや音楽関係者なのだろう。
いつもなら後ろの席からそう離れない場所に落ち着くのだが、どこかにコンサート気分がある。
後ろから4列目に腰を落ち着ける。
アルゲリッチとの出会いは、20代、楽器店のカレンダーだった。
上質な紙に印刷された著名な演奏者のモノクロの写真だった。
その美しさの衝撃は、ピアノ曲より先に飛び込んできた。
「誰?」「何をする人?」「どこの国の人?」
何度も聴いた「ラフマニノフピアノ協奏曲3番」
今日のドキュメント映画をみて、あの音の裏にある彼女の人生を感じた。
私生活については全然知ろうとしなかった昔であるが、今日の映画では全てが私生活。
娘が監督でピアニストの母を追いかけた内容である。
最初に衝撃を受けた美から急に突き落とされたような60代、漆黒の髪が白くなった辺りからカメラを回し始めている。
単に女性の美だけで捉えるとこんなつまらない感想になる。
お母さんは両性具有だわねと娘が言うと、男であったり、女であったり、またそれ以上のものであると応えていた。
嫌な質問には、気分が悪いとか不安になるとか言って答えない部分もたくさんあった。
しかし、アルゲリッチは歴史に残る偉大なピアニストである。
普通の人間ではない、普通の女ではないという感想を持たざるを得ない。
父親が3人とも違う娘を持っていてもそれはそれで素晴らしいことである。
映像から不安やコンサート前のイライラが伝わってくる。
幼い頃からいつも一緒だった娘は、そんな母親の姿に、早くコンサートが終わればいいと願い、演奏が終わった頃にはすっかり疲れていたと語る。
出場直前、ピアノなど弾く気になれないとだだを捏ねるようなアルゲリッチは演奏が終わるといつも若くなっていたと娘が語る。
見る者により印象に残る言葉は様々だと思う。
私は、70代を生きるアルゲリッチから「残りの人生を生ききることは自分にとって・・」という疑問のようなものが残るひと時であった。
最初に孫の誕生シーン、そして最後はアルゲリッチが右側に立つ孫にピアノを弾いてうたってあげている場面で終わった。
まっすぐ帰るのはもったいなく、TSUTAYAの喫茶でお茶を飲む。
帰り際、東田直樹の本が目に飛び込んできた。
24日に放映されたNHKでのドキュメント番組、涙ながらに見た東田直樹その人である。
翻訳者に興味があったので英訳本をUKに注文しておいた・・・?
「The Reason I Junp」である。
「自閉症の僕が跳びはねる理由」という本を7年前に書いた少年がいた。
それを読んだアイルランド在住の作家デイビット・ミッチェル〈息子が自閉症〉が強烈な感動を受けて英訳した。
その本がカナダやイギリスでベストセラーになる。
それからというもの日本でもTVなどで話題になり、書いた時から7年も経つ今、話題沸騰である。
私も、つい最近になり知ったばかりである。
テレビは再々放送であった。
多くの自閉症児を持つ親に、言葉で表現のできない自閉症児の内面を知る手がかりとなったことは画期的なことである。
今では講演活動もしているという東田直樹。
詩人、作家という22歳の重度の自閉症の青年である。
絵本も書いているからすごい。
仕事柄過去に自閉症児に出会ったことがある。
その時の様子を思うとパソコンというツールを使って自閉症児の心を表現できるということ事態、不思議としか言えない。
その思いが多くの自閉症児の心を代弁し、親と子どもの心を繋いでくれると思うと止めどもない涙が溢れて仕方がなかった。
外に出れば何かは飛び込んでくるという一日を送った今日である。
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